ミステリー小説『誤認逮捕状』第三章 十七
十七
「面会だ」
その声に布団から飛び起きると、寄居ははやる気持ちを抑え、警官に付いていった。
面会室の前で、再びペンとメモ帳を渡される。
「先生。私は、さらに十日間もここにいなきゃならないそうです」
挨拶などかなぐり捨てて、元哉はいきなり本題をぶつけた。
冷静さを保ったまま、池守が説明を求める。
「今朝のことです。検察庁へ連れていかれました」
検察の取り調べ、裁判所での面談、そして延長の決定。
今日一日で起こったことを順序だてて、丁寧に説明した。
「先生。私は、一体どうなってしまうのでしょうか?」
池守のことを、自然と先生と呼んでいる自分に気が付く。。
「寄居さんの勾留状については、私から警察に請求して入手することが可能ですので、取り寄せて内容を確認します。それよりも……」
池守の表情が曇る。
「裁判官に告げられた勾留理由を、もう少し詳しく教えてください」
記憶にある限り、正確に池守に伝えた。
「なるほど。オワダセイジさんの証言まで否認していたのは、なぜですか?」
「なんとかばれずに、貫き通せないかって思ったんです」
元哉の顔をじっと見つめ、弁護士が口を開く。
「取り調べにおいて、寄居さんが警察または検察に『覚えていない』と答えた部分はありませんでしたか?」
「……」
「どうですか?」
「……あります」
「具体的に教えてください」
「それは……」
元哉がためらっていると、池守がさらに聞く。
「検察が、寄居さんの証言で疑問を感じるところがあったからこその勾留請求であり、その正当性が認められたからこそ、裁判官も延長を認めたはずなんです。それは、どんな点だと思いますか?」
「それは……。その、散歩のときの所持品です」
「所持品?」
佐岡の追及や、検察が書類を読み上げていた声を思い浮かべながら、池守に伝える。
「遠山が死んだ夜、私はトートバッグに窒素の缶を入れて、散歩に出ました。でも、その他にもバッグに入れていたものがあっただろうと、刑事に追及されました」
「それで?」
「バッグには財布を入れて、スマホはポケットに入れて外出したと答えました。ただ、それ以外は覚えていないので、正直にそう答えました」
「そうですか……。窒素の缶は、家に持って帰ったのですね?」
「はい。刑事は家宅捜索で探し出して、指紋を取るみたいなこと言っていました」
「トートバッグも、同じですか?」
「はい。あ、そういえば刑事に、あの日以降、同じバッグを使ったのかと聞かれました」
「なんと答えましたか?」
「使っていないと」
「実際、そうなのですね?」
「そうです」
しばし、池守が考え込む。
「警察が問題視しているのは、缶そのものよりも、それを入れたバッグや、その他に何を入れていたのかという点である、ということのようですね」
「でも、本当に覚えてないんですよ。というか、いちいち外出するときに、何がバッグに入っているかを、事細かに覚えますか?」
元哉は、必死にアピールした。
「再確認ですが、警察は遠山さんの遺体に低酸素症が見られたことに違和感を持って、窒素吸引にたどり着いたんですよね?」
「ええ」
「昨日の警察の取り調べでは、窒素の窃盗や吸引以外のことについて聞かれたり、追及されたりしましたか?」
「……それは、特になかったです。強いて言えば、佐岡っていう刑事が、窒素吸引を遠山に勧めただろう、みたいな聞き方はしてきましたけど」
「どう答えましたか?」
「勧めたわけではなく、遠山の方から興味を示したから、分けてやったと」
「警察は、納得している感じでしたか?」
「わかりません。表情がまったく変わらないんですよ、あの中年刑事は」
「つまり、窒素缶と財布以外に持ち物があったはずだと、強く疑っている様子なんですね?」
「はい。でも、本当に覚えていないんです」
目線を落とすと、池守は再び考え込んだ。
沈黙を嫌って、元哉が口を開く。
「先生、私は釈放されないんでしょうか?」
「不起訴もしくは略式起訴、そして早期の身柄釈放。この方針に、ぶれはありません」
顔をあげた弁護士が、真剣な眼差しで答えた。
「一方で勾留が認められたということは、警察はまだ捜査を継続する正当な理由がある、ということです。それが何なのかが、はっきりしない今の段階では、釈放については明言できません」
そんなことはわかっている。
だからこそ、何とかしてほしいんじゃないか。
池守に向かって湧き上がる攻撃的な感情を、元哉は必死に押さえつけた。
「では、私はどうすればいいんでしょうか?」
丁寧な言葉遣いを意識する。
「警察の捜査が進めば、再び取り調べが行われるはずです。そこで、どんなことを聞いてくるのか、まずはそれを待つしかありません」
「……わかりました」
「他に何か、聞いておきたいことはありますか?」
「今は、特にありません。引き続き、よろしくお願いいたします」
しっかりと頭を下げてから、元哉は面会室を後にした。
