見出し画像

十日間の関係 第3話 2日目と3日目 晴れの日の湿度(非定型恋愛 前半17話)前半連載中

一話目のリンク。

第3話 2日目と3日目 晴れの日の湿度

 翌日は綺麗に晴れ、けれど遅刻の瀬戸際で、必死に自転車を漕いでいた。いつもはもっと余裕をもって出る。けれど今朝はいつもと随分勝手が違い、思いのほか時間を浪費した。
 今朝。
 そう、目を開ければなぜだか樺島に腕枕をされていた。というより抱きしめられていた。気持ちの悪さに驚いて後ずさればすでに起きていたのか、わりに真剣そうな表情の樺島の目が合った。
「あんた、何を」
「おはよう、樹」
 慌てて起き上がって自分の胸元を見下ろしても、服は寝る前のままだ。乱れてはいない。何か変なことをされたわけでもないようだ。それに何かあれば俺は起きるだろうし。はっと、肩の力が抜ける。
「……おはようございます」
 ……一体何を心配してるんだろう。そんなこと、あるはずがないのに。
 樺島と俺はそんな関係じゃない。スキンシップは激しいけれど、そんな素振りはこれまでなかった。だからきっとなにか、何か理由があるはずだ。昨日からのたくさんの違和感が積みあがって、変なことを考えたのかもしれない。そう、樺島も動揺している。自殺しようとしたことの……それは、口には出せなかった。仕事にいかなきゃいけない。それでまた、帰ってきていなかったら困るから。

「体調は? 大丈夫ですか?」
「ああ、元気だよ」
 そういって微笑む樺島の表情は、昨夜より随分明るかった。ここ何日かよりも。だから調子はいいのかもしれない。これなら……一人で家に置いていっても平気だろうか。そもそも樺島はいつも日中、一人で家にいる。
「俺は仕事行きますけど、今日はゆっくりしてください。体調悪かったらすぐ病院に行って」
「わかったよ」
 神妙に頷く樺島にほっとした。何かを思い詰めたりもしていなさそうだ。
「あれ。朝食を作るんだった。ごめん、まだ時間ある?」
 時計を見れば、いつも起きる時間。いつも起きる時間で、樺島は既に朝食を作っている時間。だから今から朝食をつくるなら、間に合わない。
「いえ、今日はもう出かけます。代わりに帰ってきたとき、ちゃんと家にいてください。必ず」
「わかった」
「今日は一緒に晩飯食べましょう」
「わかったってば。いってらっしゃい」
 少しだけ鬱陶しそうにそう呟いて樺島も起き上がり、俺の頬にキスをした。
「あの、先生?」
「どうした?」
 樺島の表情を見れば、自らの行動に疑問は感じていないようにみえる。
「……ゆっくりしててくださいね」
 これまで樺島にキスをされたことはなくはない。というかちょっとしたパーティの時には樺島は割と誰とでもハグをして、頬に挨拶代わりのキスをしていた。けれどもベッドでされたことはない。それを言えば、そもそも樺島と同じベッドで寝たことはない。
 だから樺島にとって同じベッドで寝れば朝はキスをするもの……なのだろうか。いや、樺島も昨日混乱していると言っていた。そんな様々なことを考えていると思いの外時間が過ぎていたらしい。その結果就業時間ギリギリに会社の駐輪場に自転車を放り込む。

 うちの職場は朝礼なんかはないしわりとフレックスだけど、それでも慌ただしい。
「めずらしいな、浅井が遅刻ギリギリなんてさ」
 隣の席の同僚がそう茶化す。確かに俺はもともと、時間に余裕を持って行動する方だなとは思う。
「遅刻じゃない。今日は10時に佐久間さくま先生のアトリエに取材にいけばいいからまだ平気なんだよ」
 俺が働くアモルファス文芸は出版社で、文化芸術に関連する雑誌や本を出版している。俺の担当はFuturesというカルチャー誌で、今日は新進気鋭の現代画家、佐久間先生に取材に行く予定だった。

 そういえば俺が樺島と最初に会ったのも取材だった。
 あのころFuturesでは現代の印象派の画家を毎月特集していて、樺島の担当に入った。俺は芸術といえば映画の方がすきで、美術はさほど詳しくはない。けれど樺島の絵はミシェル・ゴンドリーの映画のようにふわふわとした地に足のつかない現実感があって、なんとなく好みだった。だから担当に立候補した。
 そうして会ってみて、樺島のキャラクター性に驚いた。外国の血が入っていることがひと目で分かるハリウッドスターのような深い彫りと大柄な体格に、パリピ感溢れるフレンドリーさ。一つ一つの行動がとても映える。住んでる世界が違うなと思わせる何かがあった。
 妙に人懐っこい樺島は俺にも気安く、何度かの打ち合わせと写真撮影を重ねるうちに、なぜだか妙に気に入られた。スマホの番号を交換し、美術に関連する取材でわからないことを尋ねる程度の仲になった時、一緒に住まないかと言われた。
 これまで一緒に住みたいと言う人間とはろくな関係になったことはない。だから警戒すれば、当時一緒に住んでいた人間が出ていったという。よく行くバーで知り合った人間とルームシェアをしていたけれど、県外に転勤になったそうだ。
 何度か訪れていた樺島の家には確かに誰かが住んでいるような気配があった。そして提示された家賃は、当時俺が住んでいたマンションの半額だった。

「何で俺なんですか?」
「浅井君はなんていうか、一緒に居て嫌な気分にならないからかな。一人で住んでるのもつまらないし」
 樺島は薄っすらと微笑んだ。大げさな表情をするのに、いまいち考えがよめない。
 その頃には誰にでも気安いと思っていた樺島が存外繊細なことに気がついていた。誰にでも一定までは親しい。けれどもそこから先のプライベートに至るには高い壁がある。端から見ていると、そんな様子が見て取れた。
 けれどその距離感の取り方が、俺にとっては絶妙に居心地がよかった。樺島は決して俺のプライベートに踏み込もうとはしなかった。この話を断っても樺島との関係は変わらないだろう。断らなくてもきっと変わらない。そんな不変さがある。
 けど。
「駄目かな? 浅井君は僕を好きになったりはしないだろう?」
 そのさらりと耳に入る自信過剰にも思える言葉は、その美しい顔立ちを見れば当然とも思えた。おそらくこれまで、そう扱われてきたのだろう。けれどその嫌味な言葉はさして嫌な感じはしなかった。
 樺島は俺の事情を知って聞いているんだろうか。俺が樺島を好きにならないことは間違いない。
「僕はただ、同居人が欲しいだけなんだ。多少なりとも家賃で収入になるし、部屋がもったいない。下手な人と住むと面倒でさ」
 それも本心に思えた。
 俺はといえば就職してから始めた一人暮らしのマンションは、まさに寝るためだけの部屋になっていた。だから別に、今のマンションじゃなくてもいい。
 少し不安げに俺を見る樺島の瞳は、なぜだか大型犬のように思えた。なんだか暖かそうだ。暖かさ。俺にとってたいていは忌むべきもの。けれどこの樺島との距離感なら、平穏に暮らせるんじゃないか。
 俺より15は年上のはずなのに、そんな壁も感じなかった。

次話のリンク

長編のマガジン

#BL #BL小説 #現代BL #連載小説 #非定型恋愛 #創作記録 #画家×若手編集者 #妄想 #アセクシャル


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集