あけぬ夜はなし 第18話 toi et moi(明治ファ全19話50000字)連載中
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18.toi et moi
「白河陽二郎はこの夕霧を一生の妻として添い遂げることを誓いますか」
「誓います」
「夕霧はこの白河陽二郎を夫として添い遂げることを誓いますか」
「誓います」
「……これで良いのでしょうか。私は教会式どころか、通常の結婚式というのも疎くございまして」
「いえ、幽凪様が私どもの結婚を認めていただいただけで十分です」
「お父様、ありがとうございます」
結婚式は予定通り、幽凪屋の二階の奥まった部屋で執り行われた。新郎の陽二郎と新婦の夕霧以外は立会人の幽凪晴夜しかいなかった。いずれも洋装で、夕霧はふわりと大きく広がる造花がたくさんついた白い帽子を被っている。そして宇吉の作った白いウェディングドレスも美しかった。ハイネックの首周りはシンプルで裾になる程広がりを見せ、そして帽子と同じくたくさんの造花のあしらわれていた。
「では」
「ありがとうございます、幽凪様」
幽凪が部屋を出ると、急にあたりはしんと静かになった。部屋の隅で油を吸った紙燭がジジジと燃える音がするばかりだ。
陽二郎が僅かに雨戸を開ければ、未だ闇が満ちていた。これでよいのかという迷いは既になかった。陽二郎の夕霧と添い遂げたいという思いは変わらなかった。そのために結婚して区切りをつけることにした。
「座敷で洋帽洋装というのも妙な感じだ」
「ええ。けれども陽二郎様、本当に宜しいのでしょうか」
「ああ。今も腕が震える」
夕霧は自らを抱きしめてその首筋に顔を埋める陽二郎が、僅かに痙攣しているのに気づいた。夕霧が僅かに抱き返せば、その背筋が一度びくりと震えた。陽二郎は艶やかな髪に手を触れる。
「この美しい髪、美しい肌。それでも俺はお前が怖くて仕方がない」
「陽二郎様……」
「けれどもお前がいない人生など最早考えられない。俺はお前と一生を添い遂げたい」
陽二郎が抱きしめた夕霧の首もとのボタンを外せば、白い項が現れた。
「やはりこの白いドレスもお前に合う。きらきらと日の光の下にいるようだ」
「陽二郎様のお召しも」
「やはり山辺殿の腕は相当なものなのだな」
陽二郎はくらりと目眩を感じ、夕霧はその様子を心配そうに眺めた。
陽二郎の体調は好転するどころかますます悪化の一途をたどり痩せ細り、もはやなんとか歩くのがやっとの状態だった。
「本当によろしいのでしょうか」
「何度も聞くな。そもそも人の俺の寿命はお前より遥かに短い。お前にとってそれこそ誤差だろう? けれども俺は片時も離れたくない。俺の心をよく探ってみると、一番の望みはお前とずっと一緒にいることだった」
すでに陽二郎の声はざらざらと掠れていた。ここ数日はまともに水も通らなかった。やはり恐怖というものはなまなかに乗り越えられるものではない。
「わたくしもでございます」
「これでちょうどいいんだよ、夕霧。それにお前に飽きられるのは嫌だからな」
「そんなことがあるはずがございません」
「お前は以前の男が身請けできぬとわかったときに去ったというではないか。その悲しみというのは大きいのだろうな」
「陽二郎様は違います」
「同じだよ俺はこのままではいずれお前より先に死んでお前から去る。だからもう何もいうな」
陽二郎は既に医者にこのままでは長くないとも言われていた。夕霧に会わなければその体調は回復するのかもしれない。けれどもその回復は、既に陽二郎の中で既に価値を失っていた。その恋は羽虫が燈火に飛び込むようなもので、その明かりを知ってしまった以上、最早どうにもならない。
陽二郎は夕霧の口を塞ぎ、そのまま押し倒す。夕霧の帽子がハラリと落ちた。陽二郎は夕霧の肩からドレスをするりと剥がし、その柔らかい肌に触れる。
「朝のお前は恐ろしい。けれどもそれでも夜のお前と変わらないことがある。お前はとても美しく、愛しい。それは恐ろしさとは無関係だ。夕霧、お前は俺の運命だ」
「陽二郎様。わたくしもです」
その部屋には誰も入れぬことになっている。艶やかな声が流れるうち、やがて遊女屋全体が朝の訪れにざわめきはじめるころ、夕霧の腕は二つに分かれ、その肌は固くなっていた。
「夕霧、夜明けが惜しい。いずれ夜が明けるのならば、お前の血肉となり、ずっと一緒にいることを選ぶ」
「ええ、わたくしもずっと一緒におりましょう」
陽二郎は目を閉じ、次の瞬間頭骨が砕ける音を途切れる意識の中で聞いた。
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