十日間の関係 第2話 1日目 綻びた日常(非定型恋愛 前半17話)連載中
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第2話 1日目 綻びた日常
「え? はい」
何故、余所余所しい。ふと感じたその違和感は、自死というより大きい異常にすぐに霞んだ。
丁度湧いたお湯をカップの1つに注ぎ、樺島の前に差し出す。その額にふれる。特に熱はなさそうだ。その様子をやはり、樺島はぼんやりと眺めていた。すぐに自殺をする様子も、なさそうだ。けど、それ以前の問題な気はする。何故だか酷く落ち着かない。居心地が悪い。目の前のその存在がとても不安定に思えた。
急いでシャワーを浴びてリビングに戻れば甘い香りがした。樺島がキッチンに立って、手慣れた様子でフレンチトーストを焼いている。
「あの? 何を?」
「ご飯を作っています」
「なんでフレンチトースト?」
「朝ご飯ですが、おかしいでしょうか?」
朝?
鼻に漂う香りに、そういえば樺島がジンジャーティーを飲むのは大抵は朝だと思い出す。
「今は夜ですよ」
困ったようにわずかに顰められる眉も、酷く奇妙な気がした。いつもなら、どうだっただろう。少なくとも樺島は、こんな微妙な表情をすることはない。
「そう……ですか。作ってしまいました」
「えっと、じゃあ食べましょう。俺も晩飯はまだなんで」
いつもは樺島が夕飯を用意する。今日は作れないとも言われていなかったからそのつもりで帰ってきて、そのままだ。気が付けば腹が小さく鳴る。
「そう。よかったです」
やはり頭が混乱で占められる。何故、丁寧語? でもその微笑みは、先程よりいつもの樺島に近づいた。
皿を出せばその上に少し焦げ目のついた甘ったるいトーストが乗せられ、その脇にカットされたトマトが加わる。包丁を隠していなかったことを思い出し、けれども今更だと頭から振り払って慌ただしく皿をテーブルに運んだ。一体何をやっているんだろう。いつもと似たような行動、時間帯が違うことを除けば。
「頂きます」
慌てて俺も同じように呟き、フォークとナイフを手に取る。食事前に頂きますと言うのはいつもの樺島と変わらない。食べる姿も。そして甘ったるいはちみつたっぷりのこの味も。じゃあ何が、違う。
「あの、なんで丁寧語なんですか?」
「丁寧語? ……ああ、まだ少し混乱して」
急に晦い冬の海と冷たさが思い浮かび、温まったはずなのに少し身震いをする。そうして嫌な想像が沸く。自殺をしようとしたあとなら、例えばあの海で溺れたら、寒さや酸欠とかで脳をやられてしまったりするんだろうか。
「先生、病院にいきましょう。今からでも」
「病院?」
「ええ。なんか変です。先生に何かあったら困りますから」
「変……」
樺島はそっと目を閉じる。そうして数秒経過する。
「……ごめん、ちょっとぼーっとしてただけだ」
「先生?」
「心配かけたかな、大丈夫だよ」
急に、目の前の樺島が記憶と一致する。話し方はいつもと同じ。けれども表情はまだ少しぎこちない。
「先生って病院嫌いな人でしたっけ?」
「……そういうわけじゃないけど、大丈夫。多分ちょっと疲れてるだけ」
「そう……ですか」
疲れている。樺島はあの冷たい海にどのくらい浸かっていたのだろう。
「じゃあ今日は早く寝ましょう。明日の朝、どこか変だったら病院にいきましょう」
「わかった」
食べ終わった食器をいつも通りシンクでさっと洗って食洗機にかけていると、樺島に背後から抱きしめられて硬直した。
「あの、先生?」
「樹」
なぜ、名前? そうして首筋に息がかかり、ぞわりとした感覚に肩が震えた。気持ち悪い。慌てて振り返れば額にキスをされ、酷く動揺する。
「先生、いったい何を?」
「え? あ……ごめん、なんだかまだ頭が働かないな。寝よっか」
その表情が上手く読み取れない。
これまでこの人はやたら距離が近いと思うことはあった。でも額にキスをされたことなんてなかった。彫りが深い顔を眺めれば、そういえばこの人はクオーターなんだなと思い出す。生まれつきの大げさなスキンシップの一貫、なんだろうか。ふと眺めた時計の時刻は午前3時8分。寝ないと明日の仕事に差し支える。
「そうですね、もう遅いですし」
そう思って部屋に戻ろうと思った時、また呼び止められた。
「一緒に寝ないの?」
「え、一緒に、ですか?」
妙に読めない表情と先ほどの行動に異常を感じる。けれども何よりふと、下手に断ればまた死のうとしないだろうかという思いがよぎる。別々の部屋で寝るよりは? そうして左手首が握られた。無意識に手を振りほどこうとしたけれど、今はあまり刺激したくない。
スキンシップが過剰じゃないか?
でも樺島が珍しく酔っ払ったときはこんな感じだった気も、する。様子がおかしいのは自殺しようとしたからかもしれない。
「あの、何もしません?」
「何も? ……ああ。一緒に寝るだけ」
樺島はそう呟いて自室に入りお香のスティックに火をつけて、まるでいつもどおりのように振り返る。
「駄目?」
白檀の香りが広がる。部屋に入った後の行動はいつもどおりに見える。大きめのベッドに向かう樺島の姿を目で負う。一緒に、寝る? なんで?
ベッドのサイズ的には2人で寝ても問題ない広さ。
「本当に変なことしません?」
「しないよ。一緒にいたいだけ」
一緒に……。樺島は寂しがり屋といえば寂しがり屋なのだろう。だから俺たちは一緒に住むことにした。けれど、その時につけた条件を樺島は忘れてしまったんだろうか。一時的に。海の冷たさのショックで。
あの約束は樺島の真意のはずだ。振り返っても、そうとしか考えられない。むしろこういったことを忌避していたんじゃないのか。
けれど。混乱する頭で生活を振り返る。
……一緒にいたがるのはわりにいつものことで、いつも一緒にテレビ見る。食事もなるべく、というか朝と夜は樺島が作るから、用事がない限り一緒に食べている。樺島はあまり干渉はされたくはないけれど、誰かと一緒にいたい。そんな矛盾を抱えた人だ。だからきっと、そんな一貫なだけ、だと思う。
もし何かされそうになったら蹴飛ばしてでも逃げようと覚悟して恐る恐る隣に寝転がる。ふわりと布団がかけられれば、樺島の匂いがした。つまりいつも部屋で焚いている香の残り香だ。
「おやすみ、樹」
「……おやすみなさい」
一旦目を閉じれば体はぐったりと重い。よく考えれば大変な夜だった。海に飛び込んだりして。そんなことを思い浮かべれば、いつのまにか微睡みに落ちていた。
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