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「120歳現役」の旅立ちの宴 ―― 14皿に込めた過去、現在、そして未来

71歳、120歳現役を目指すエッセイスト。利き手中心のアンバランスなテニスの概念を覆し、世界に類を見ない左右対称の「二刀流壁打ちテニス」によって身体の調和を追求。主夫として自立し、村のアイドルとして生きる。900本超の積み上げから生まれた、「魂の三部作」ついに完成。



序文:矢車草の招待状


生涯現役で畑を守り抜く、
90歳のあなたへ

71歳の二刀流壁打ちテニスのエッセイストhideです。

この村に越してきて16年、私はずっと、畑仕事に精を出すあなたの背中を見つめてきました。

菜の花畑の中で黙々と働くあなた。
神様もきっと、その姿を空から微笑んでご覧になっているに違いありません。

あなたは、いつも笑顔です。
怒った顔など、一度たりとも見たことがありません。
犬の散歩の人々と楽しそうに語らい、小さな犬を抱き上げるあなたの慈愛。
その眩しい光景を、私は一生忘れないでしょう。

「お金を忘れたら、ツケでいいからね」

「好きなだけ持って行きなさい」

損得などどこ吹く風。
分け隔てなく愛を配るあなたが、この令和の世に実在することに、私はただ驚き、魂が震えるのを感じていました。

今、畑を彩る矢車草……。
それは、あなたの「愛の結晶」そのものです。
皆が喜んで持ち帰るその愛を、私もまた、大切に頂戴しました。

4月、この矢車草を食卓に飾り、私は妻と楽しんでいます。

自然の自生する野菜と、あなたが育てた安心な野菜。
これさえあれば、「120歳現役」は夢ではなく、確かな現実になります。

本日、私は自ら厨房に立ち、「14の皿」を用意しました。
120歳現役という、果てなき旅立ちのための宴(うたげ)です。

生けた矢車草が、料理を静かに見守っています。
一皿一皿に、私の思い、私の人生、私の祈りを込めました。

さあ、しっかり味わって、心ゆくまで楽しみましょう。
これは、新しい「いのち」の門出を祝う儀式なのです。

私の人生を詰め込んだ、この宴。
どうかご一緒に、心ゆくまでご賞味ください。


第1幕:覚悟と土台(日常の風景)

第一皿:夜明けのどんぶり味噌汁

私が主夫となって一番悩んだのは、これからどうやって食事を作っていこうか、ということでした。

どこかで料理の勉強をしたというわけではありません。
妻に料理の仕方を習ったというわけでもありません。

さあ困った、どうしようか。

何気なく、ふっと思いつきました。
「味噌汁とご飯があれば、それだけでいいんじゃないか?」

「なんだそういうわけか、わけないなあ」と、自分で納得です。
あっけなく、肩の荷がおりました。

その味噌汁も、器が小さなお椀では物足りません。
幸い、手に入れたこげ茶色の、大きなどんぶりがあります。
これだと、南部鉄鍋で作った味噌汁も余裕で入れられそうです。

味噌汁を毎日作る、ということが決まると、あとは余裕です。
具材は、季節季節の野菜になります。

本日の具材は、民家園でいただいた白菜を使いました。
昨日、民家園に顔を出したら、ちょうど畑の白菜の掘り返しを行っているところだったのです。
廃棄するというので、食べられる部分をいただいてきました。

無農薬野菜がこうしていただけるのは、本当にありがたいことです。
シャキシャキしていて、実に美味しいものですね。

朝起きての味噌汁作りは、慣れてくると、何ともいいものです。
自ずと、ファイトが湧いてきます。

それにしても、こんな大きな器で味噌汁を毎日平らげるシニアは、そんなに多くはないでしょう。
この具だくさんの味噌汁あっての、私の「120歳現役」なのです。

第二皿:胚芽押麦入り玄米ご飯

大きな器の味噌汁と並んだ、この玄米ご飯を見るだけで、私の心は喜び踊ります。
すごいボリューム!
友人に見せたら、心底呆れられました。

「本当にこれだけ食べるの!?」
(そうでしょうとも、そうでしょうとも)

心の中でそっとほくそ笑む私です。

あの宮沢賢治の有名な言葉を思い出します。
「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベ」
(雨ニモマケズより)

この玄米ご飯こそは、私の「120歳現役」を実現するための、まさに切り札なのです。
妻も最近ではこの玄米ご飯が美味しいと、お弁当にも持って行きます。

この玄米ご飯に何を乗せるのか、もうお気づきですよね。
生卵、削り節(おかか)、黒ごま、味噌、梅干し、刻みネギ、煮干しなどなど……。
もちろんこれ以外にも、色々考えられます。

そうそう、忘れてはいけません。
ご飯が残り少なくなった頃に、納豆を加えます。
この納豆にはちょっとした仕掛けがあります。
妻のやり方を拝借しました。
納豆に黒酢をかけるのです。
黒酢は体に良いですし、その美味しさと言ったら……。こうして食べる 玄米ご飯は、私のこの上ない喜びなのです。

白米ではこうはいきません。
白米だと、天ぷらとか、とんかつとか、脂っこい主菜を要求してくるのです。
玄米ご飯と違って、それ自体が主役になり得ない。
玄米ご飯にこそ、こうした昔懐かしい素朴なおかずがぴったりなのです。

ということは、私はこの玄米ご飯と共に、これから先も「120歳現役」を生きていくということになります。

しばし 私は、目を細めて思ったのです。

「この玄米と共に、私は何を書き、何を語り、妻とはどんな笑みを交わしていくのであろうか。」

それにしても、あの炊きたての玄米ご飯!
炊飯器のボタンを押すと、さっと蓋が上がり、中の湯気が一斉に立ちのぼり、一瞬にして水滴が炊飯器の溝にこぼれ落ちる。
この一瞬こそは、私の幸せの絶頂!

大きなご飯茶碗に、この玄米ご飯をこんもりと盛ると、その幸せは不動のものとなります。
「主夫になった幸せ」とは、まさにこのことを言うのです。

第三皿:鶏胸肉とわかめの常備スープ

このスープは、妻のお気に入りの18番(おはこ)です。

「120歳現役」を実践していくためには、タンパク質を補給するこのスープは欠かせません。
強靭な筋肉と骨、そして柔軟な血管が、このスープによって養われていきます。

玄米ご飯と味噌汁の組み合わせが、音楽でいう「主旋律」なら、玄米ご飯とこのスープの組み合わせは、「副旋律」です。

わかめの入ったこのスープは、ことのほか、私の舌を喜ばせてくれます。
舌が喜んで、スキップしている感じです。
今回はきのこも入っているので、ますます心躍ります。

これも鍋でたっぷり作り、冷蔵庫の「指定席」に入れておきます。
すると、時々妻から声がかかったりします。
「わかめが残り少なくなったので、あなた食べないでね!」
「お肉は食べてもいいから、わかめは味噌汁で食べるようにして!」

私は「分かりました」とばかり、にっこり頷きます。

こんな具合で、このスープは、夫婦それぞれの食事の強力な助っ人になっているのです。
鶏から染み出した透明な出汁が、食欲を増進させ、心を潤してくれます。

第四皿:大黒柱の黒豆 

この黒豆、ドロっとしてるんです。

元々、妻が大好きでこれをやり始めたんです。
我が家で一番大きな鍋を使って、一気に3袋分。
これが、面白いんですよ。

最初は一晩、水につけておいたんです。
その方が煮る時間が少なくて済む、と思ったんですね。
ところが、だんだんやっているうちに気づいたんです。
つけすぎるとふやけて、煮るのがかえって面倒になってくる。

今は、2時間くらい。
煮る時間は1時間半から2時間。
大鍋いっぱいに出来上がった黒豆は、それはそれは見事です。
黒黒と、照り輝いています。

食べる時は、大きなスプーンですくって器に入れます。
注意しなければならないのは、濡れたスプーンはご法度です。
雑菌が入ったら、大鍋の黒豆は台無しになります。

最初、知らずにそれをやって、妻にこっぴどく叱られました。
トホホの私でした。

大鍋は、そのまま冷蔵庫に入れて保存します。
二人とも大好きで、すぐになくなるので、煮直しはほとんどしません。
夕食の時、特にお腹が空いてなければ、この黒豆がご飯の代用になります。

我が家では、大黒柱の黒豆なのです。
口に入れる黒豆の、ドローンとした感触はたまりません。

私の「120歳現役」の女房役が、この黒豆です。

第2幕:自然と記憶(深まる物語)

第五皿:野川の「マナ」・ふき

何年も通い続けてきた野川ですが、ふきを見つけたのは今回が初めてです。
野川にも、ふきが自生するのですね。
野川といえば、ハマダイコンの葉。半年間は毎日いただけました。
そういう意味では、このハマダイコンの葉は、聖書で言うところの「マナ」なのです。

菜の花やのらぼう菜も、野川ではたくさんいただけます。
これからはふきもメニューに入れましょう。
野川の土壌の豊かさには、圧倒されてしまいます。
ふきといえば、去年は別のところで自生するふきをたくさんいただきました。

日頃お世話になっている90歳の農家の女性に、ふきを何度かおすそ分けしたことがあります。
今年も、この自生するふきをたくさんいただくことができます。
あの繊維質豊富なふきの持つ、独特なシャキシャキ感はたまりません。

ふきの皮をしっかり剥いていましたが、むしろ少し残した方がいいかもしれませんね。
野生を丸ごといただくに越したことはありません。
このふきを口に入れるたびに、ああ、私は自然の恵みによって生かされているなと、つくづく思い知らされます。

そういう意味では、ふきは自然の恵みという原点に立ち返らせてくれる食べ物なのです。
幼い頃、おばあちゃんがせっせとふきの皮を剥いていた時のことが、懐かしく思い返されます。
これからも毎年、たくさんのふきを食べることにしましょう。
もちろん、90歳の彼女にもおすそ分けして……。

第六皿:次世代のエース・さつまいも

このさつまいも、妻も私も大好きです。
ふっくらと湯気を上げるのを一口頬張れば、それだけで心がほどけていくようです。
おやつにしてもよし、料理に使ってもよし。実に重宝しています。

今日は門出を祝して14皿も並びましたが、この一皿には私のストーリーが詰まっています。
皆さんが召し上がるさつまいもは、どんな種類のものでしょうか?

さつまいもが大好きな我が家は、最近は箱買いをするようになりました。
贔屓にしている八百屋さんが、なんと1箱1,000円で売り出していたんです。
いろいろ買いましたよ。
紅あずま、シルクスイート、そして最後に出会ったのが「栗かぐや」でした。

栗のような風味と、ホクホクとした食感。
さつまいもといえば「紅あずま」辺倒だった妻も、これには参ったようです。
初めて知ったのですが、2023年デビューの、まさにホクホク系・次世代のエースなのだとか。

今の時代、さつまいもといえば、ねっとり甘ったるいものが好まれていますよね。
でも我が家では、これからは紅あずまと栗かぐやを食べる機会が増えていきそうです。

ところで、我が家のさつまいも料理に欠かせないのが、「グローブ(GLOBE)」のタジン鍋です。
一見、モロッコの伝統的な形をしていますが、実は日本独自の知恵が詰まった優れもの。
中に穴の空いた敷板があり、下に溜めた水の蒸気で一気に蒸し上げる仕組みになっています。
この「蒸し」の力が、日本の食材を最高に輝かせてくれるのです。

今回は、この鍋でさつまいもと一緒に生卵も並べてみました。
20分ほどで、黄金色に輝くホクホクのさつまいもと、絶妙に火の通った「蒸し卵」が同時に出来上がります。
ゆで卵よりも殻がむきやすく、栄養もぎゅっと詰まって、皆さんにも本当におすすめです。

「蒸し卵」が「ゆで卵」に取って代わる日を、私たちは本気で夢見ています。

門出の14皿の中で、この一皿は、食卓全体にどっしりとした重厚感を与えてくれています。

第七皿:90歳の婦人の明日葉と菜の花

明日葉、なんと素晴らしい食べ物なのでしょう。

独特の苦味と香りに、私の魂は一瞬にして持っていかれてしまうのです。
妻も多分、私と同じでしょう。

それに、その唯一無二とも言うべき、何とも柔らかなシャキシャキ感。
この食感は絶品です。
「この世にこんな食べ物があったのか」と、心から言いたくなるのです。

これは決して大げさではありません。

それに、口を大にして言わなければならないのは、その栄養の絶大さです。
ケールという野菜をご存知ですか?
ビタミンC、E、カルシウム、食物繊維が豊富なアブラナ科のスーパーフードです。
明日葉は、そのケールを凌ぐ食べ物とされているのです。

「今日葉を摘んでも、明日には新芽を出す」。
その凄まじい生命力から「明日葉」と名付けられ、
古くから「不老長寿の妙薬」として親しまれてきた歴史をもっています。

そのような明日葉を快く分けてくださるのは、私の人生のお手本のような、農家の90歳の婦人です。

「いつでも、好きなだけ持っていってね」

彼女はそう言って、畑の隅に青々と茂る明日葉を私に分けてくれます。
今の時代、畑に放り出された人参さえ「どうぞどうぞ」と言ってくれるのです。
私の銭湯仲間は、「今どきそんな人がいるのか」と目を丸くします。

この明日葉は、彼女の次男が伊豆大島から持ち帰り、畑の片隅に植えたもの。
彼女からいただくのは今年で2年目。
5月まで、まだまだ楽しめそうです。

そしてもう一つが、野川のほとりで摘んできた菜の花。
野川の豊かな土壌が育んだだけあって、味は濃厚で程よい苦味があります。

私がこうして野川に自生する野菜を食べるようになったのには、あるきっかけがあったのです。
話はほんの数年前に遡ります。

ある日の夕方のこと。
お父さんが幼い娘さんと息子さんと一緒に、野川で野菜を摘んでいました。
自転車で通りかかった私は、口に手を当てて大きな声でたずねます。
「今、何を摘んでいるんですか?!」

奥さんに頼まれて、夕食に使うハマダイコンの葉を摘んでいるとのことでした。

自転車を止めて、彼らのところに走って降りて行きます。

すると、その上の女の子が、私のところに駆け出してきて、小さな手で摘みたての葉っぱを、「はい、どうぞ」と差し出してくれたのです。

その無垢な掌(てのひら)から伝わるあたたかな ぬくもりに、私の胸は熱くなりました。
今思い返せば、この出会いは本当に奇跡的な出会いでした。

なぜ って、それ以来、我が家の食卓は、自然に自生する野菜で満たされるようになったのですから。
特筆すべきは、そのハマダイコンの葉は半年以上もの間、毎日食べられるということ。
それ以外にも、のらぼう菜や菜の花。

自然の恵みは何と豊かなのでしょう。

私たち夫婦の人生観は、それ以来すっかり変わりました。
私たち一人ひとりの人間は、本来、自然によって生かされている存在なのです。

今の時代、私たちはそのような大切なことを忘れ去って生きています。

私はこの皿に盛られた2つの野菜を、そのことを思いつつ、しみじみと、かみしめるのです。

第八皿:71歳の初挑戦・白菜の浅漬け

71歳にして初めて、白菜の浅漬けに挑戦してみることにしました。

もちろん選んだのは、私が最も信頼する農家が育てた、身の締まった白菜です。

そこに、香りの良い柚子を丸ごと一つ刻んで入れ、妻のアドバイスどおり、昆布をたっぷりと添えてみました。

とどめは、味の決め手となる「酒粕」。
これも私の先生である妻の推薦によるものです。
食べてみて、はっきり分かりました。
妻に対しては、なかなか頭が上がりません。
やはり妻は、私の人生における最大のパートナーなのです。

さて、こうしてできたものを、ジップロックの中でじっくりと寝かせます。

さすが発酵食品です。
酒粕が白菜の甘みを引き出し、そこに昆布の深い旨味と柚子の香りが溶け合って、えも言われぬ芳醇な香りを醸し出します。

一口噛めば、シャキシャキとしたみずみずしい音と共に、白菜の甘い味わいが私の貪欲な食欲をなお一層盛り立ててくれます。

この白菜の浅漬けは私の思いつきによるものですが、妻も喜んで、毎食これを食べてくれます。

これに味をしめて、来年もまた作ることにしましょう。

今年のこの白菜の浅漬けは、「挑戦することの大切さ」を、私にしみじみと教えてくれたのでした。

第3幕:生と死、そして狂気(エネルギーの爆発)

第九皿:1000個の梅干しと、16人の友の死

この梅干し、大きい梅干しでしょう。
去年作った梅干しです。
一昨年、去年と連続で作ってみたんです。
一昨年は300個、去年はなんと1000個です。


65歳になって専業主夫を始めましたが、まさか自分が梅干し作りをするとは思いもよりませんでした。

近所のお年寄りに聞いても、最近は手間がかかるから作らないと言います。
なんだか寂しくなりますよね。
自分で作らなくても、体に良いからと購入して食べる人は多いようです。
無添加のものを調べると、なんと1個100円はします。
毎日2個食べる私としては尻込みしてしまいます。
もうこれは、自分で作るしかありません。

近くの公園を散策すれば、梅の木がいっぱいあります。
風が吹けば地面にたくさん落ちるじゃないですか。
それをせっせっせと集めるだけでいいんです。
夫婦二人が毎日食べるには、1000個は必要です。
大変なようで意外と簡単なんですよ。
あっちこっちにある梅の木から、とにかくせっせと集めるのです。
地面に落ちているのを拾うのは、誰でもできることです。

去年は大きな梅干し用の瓶で九つも作りました。
大きな鍋にお湯を沸騰させ、1分間、熱湯にくぐらせるんです。
一瞬にして殺菌し、熟成させる。
昔の主婦は伝統的なやり方でやりました。
今だからこそできる私流のやり方です。
これを大きな瓶に入れ、ベランダに並べてそのまま天日干しにします。
蓋は閉まったままなので 雑菌は入りません。

梅干しといえば、昔を思い出します。
私の子供の頃はコンビニなんてありませんでした。
お金を出せば何でも買えるという、今のような時代じゃなかったんです。
工事現場で働く人たちのアルマイトの大きな弁当。
目いっぱい詰め込んだご飯の真ん中に、梅干しが一つ。
いわゆる「日の丸弁当」です。
体を整えてくれる、とっておきの魔法のような食べ物でした。
その梅干しは、どこの家庭でもだいたい作っていました。
作らない家庭なんて珍しいくらいだったんです。
学校でいっぱい遊んで帰ってくると、おひつからご飯を取り出し、この梅干しで食べる。
「お腹が空いたら、梅干しご飯」。
それが、我が家の日常でした。

農家でしたので、お米と野菜には不自由しませんでした。
夏なんかは毎日、なすの油炒め。お肉は贅沢品でした。
お魚も、稼ぎ頭の父は食べていましたが、子供の私たちは週に1回のご馳走。
そんな時代だったんです。
「懐かしいなあ」
私がなぜ1000個も漬けたのか、お分かりいただけますよね。
この一粒一粒には、私の過去の思い出がいっぱい詰まっているんです。

この梅干しの皿だけではありません。他の皿もすべて素朴ですが、すべて手作りです。
便利な時代にあって、この並んだ皿の食事は、私にとっての宝物であり贅沢です。
心ゆくまで味わうのが当然ですよね。
一食一食を心を込めて作り、心を込めて味わう。
それが私の生きるスタンスです。
この皿の酸っぱい梅干しを食べながら、こうして昔を思い出しました。

実はこの原稿を書く直前、中学の同級生から連絡が入ったんです。
卒業生140名のうち、16名はすでに亡くなっているとのことでした。

昨日、本当にショックでした。
卒業アルバムを取り出して、一人ひとりの顔を眺め、鉛筆でチェックを入れました。

3年1組35名、亡くなったのは2名の男性

3年2組35名、亡くなったのは8名、うち女性2名

3年3組39名、亡くなったのは3名の男性

3年4組35名、亡くなったのは3名の男性

亡くなった一人ひとりの顔を見つめます。
病気だったのか、事故だったのか。
彼はあの時、あの運動クラブに入っていたなあ。
彼は柔道部の主将で、郡の大会でも優勝したのではなかったか。
女性2名を含む16名もの仲間が、もういない。
私のようにやっと子育てを終え、これからという人もいたことでしょう。

『ルバイヤート』の一節を思い出します。
「この瞬間を幸せに過ごしなさい。この瞬間こそがあなたの人生です」
人生の一瞬一瞬を、しっかり噛み締めて生きていかなければ。
そうしてこその、120歳現役なのです。

この皿の大きな梅干し。
ある意味では、このお皿は今日の主役と言ってもいいでしょう。
心して味わわなければなりません。
これからも毎日、一粒か二粒を食べ続けて。
120歳現役のはるかな道を、地に足をつけて歩んでまいりましょう。

第十皿:身体を補強する煮干し

今の日本で、煮干しをそのまま「おかず」としてバリバリと食べる人は、2割にも満たないと言われています。

しかし私にとって、これはなくてはならない食卓の主役なのです。

我が家では、味噌汁の出汁は昆布と決めています。
その分、煮干しの命は丸ごといただくのが流儀。

大きな袋に入った煮干しは、あっという間に消えていきます。
妻もスムージーの材料として頻繁に使うため、買い置きは常に二袋。
それほどまでに、この小さな煮干しは、私たちの「命の源」として信頼されているのです。

鮮魚店の立派なイワシも、もちろん美味しい。
けれど、この凝縮された旨みこそが、日々の私の身体を造り替えてくれる。
それは何ものにも代えがたい存在です。

一匹を口に放り込み、奥歯で噛みしめる。
左の奥歯で噛んだり、右の奥歯で噛んだり……。

そのエネルギーに、私は圧倒されます。

「あー、舌が喜んでいる」

舌が痺れて、食事の間、その「痺れ」はずっと続きます。
その実感とともに、私の骨も筋肉も、刻一刻と強固に補強されていくのでしょう。

日本人の8割以上の人は、煮干しの一見グロテスクに見える姿に、恐れをなしているのでしょうか。
そうだとすれば、あまりにももったいない話です。

はっきり言いましょう。
この煮干しは、鮮魚店のとれたてのイワシさえも、はるかに凌駕しているのです。

第十一皿:友の病と、金柑のほろ苦さ

さて、本日の記念すべき門出にふさわしい金柑。
黄金色(こがねいろ)に輝いていますよね。
120歳現役を、祝福しているかのようです。

これからの航海に思いを馳せ、じっくり味わわせていただきます。

実はこの金柑、冷凍保存したものです。
今のところに住んで、もうかれこれ15年以上になります。
初めは気づかなかったのですが、あちこちに金柑がなっているんですね。

親しくなった農家の方から、ずいぶんいただくようになりました。
市場に出回っているものよりも、ずっと安心して食べられます。

「金柑って食べたことなかったけど、こんなに美味しいものなんだね」
妻と、そんな風に語り合ったものです。

妻よりも胃が丈夫な私は、むしゃむしゃ食べてしまいます。
彼女も金柑は好きなのですが、生でそのまま食べるのは少し苦手なようです。
そこで相談して、こうして冷凍保存しておくことにしました。

食べてみると、生で食べていた時よりも、思いのほか柔らかくなった感じ……。
この方がずっと食べやすいし、しかも、生の時よりも美味しくなった気がします。
冷凍保存って、ばかになりませんね。
「冷凍するといいみたいよ」と教えてくれた、妻のおかげです。

金柑には、ちょっとした思い出があります。

かつて私に、「うちの庭の金柑、好きなだけ持っていきなさい」と、気前よく脚立まで貸してくれた男性がいました。
私より少し若く、まだ60代。
穏やかで、本当に親切な方でした。

彼は仕事を引退したあと、娘さんの始めた事業を一生懸命に手伝っておられました。
しかし、商売というものは時に残酷です。
なかなか思うように伸びない事業を支えようと、父親として奔走するうちに……。
彼はその重すぎるストレスから、認知症を患ってしまったのです。

「もっと早く、事業から撤退していれば。そうすれば、彼は今も元気に庭の木を眺めていたかもしれない」
奥様と顔を合わせるたび、私はそんな悔しさを抱かずにはいられません。

あの時、気前よくハサミを貸してくれた彼の笑顔を思い出すと、やるせない気持ちが込み上げてくるのです。

金柑を口に含めば、冷たい感触のあとに、独特の甘みと苦味が広がります。
それは、優しかった彼との思い出と、人生のままならなさ、そのものの味。

私はこのほろ苦さを噛み締めながら、こうして元気に食事に向き合える「今」という時間の尊さを、あらためて自分に言い聞かせるのです。

この金柑をしっかり味わって、120歳現役というこれからの航海の無事を祈るとともに、彼の健康のご回復をお祈りする次第です。

第4幕:出帆のファンファーレ(輝ける未来)

第十二皿:天から届いたゆず皮

私と妻は、これが大好きです。
誰だって、これを食べれば大好きになるはずです。

初めてこれを口にした時のその驚きを、想像してもらえるでしょうか。

「えー何これ!?」

二人とも、まるで狐につままれたような……。

口に含んだ瞬間、爽やかな香りの後に、独特の苦味と濃厚な甘みが追いかけてきます。
あまりの美味しさに、舌が喜び勇んで思わず踊り出します。

砂糖の甘さでは決して到達できない、自然だけが造り得る複雑で気高い味わい。

家事のすべてを担う私は、夫婦1年分の4つの野草茶も、自分の手で天日干しして作ります。

同じように太陽の下で干し上げたこのゆずこそ、空高く輝く太陽の、それはまさに、天から届けられた奇跡の贈り物です。

ジップロックに詰められた黄金色の皮を、私たちはまるで極上のお菓子のように、いつも大切につまみます。

私は時々、味噌汁の上にこれを浮かばせることがあります。
今日の「120歳現役」のお祝い、門出の食事でも、味噌汁にこれを浮かばせることにしました。

味噌汁の野菜の仲間たちも、ことのほか喜んで歓迎してくれているようです。

この味を知ったからには、毎年これを作っていくことにしましょう。

この黄金の色こそは、120歳現役を祝福する、天から降り注ぐトランペットの高らかな音楽なのです。

第十三皿:3本のラケットとスムージーの乾杯

今日のスムージーは、ことのほか大切な役目を持っています。

今日の食事は、「120歳現役」のための門出の食事ですから、それを祝してスムージーで乾杯です。

このスムージーを使い始めたのも、妻なんです。
いい女房を持ったもんです。

スムージーは今や、必須の道具と言ってもよいでしょう。
妻も私も、競って使っています。
洗うのがとにかく簡単で、面倒がありません。

ガーガーという唸り声を聞くと、心がウキウキしてきます。
「今日もバッチリ、栄養を注ぎ込むぞ!」

中身はなんと、人参、ゆず、にんにく、生姜、ウコン、それと黒糖。
門出にふさわしい豪華メンバーです。

私の妻は、にんにくと生姜を毎日食べています。
免疫力アップと抗菌効果、それに冷え性の改善と代謝促進。
健康を維持する上でこの二つは欠かせないからです。
これを毎日励行するには、スムージーが最適でした。

今日使ったウコンは、近所の農家から購入して冷凍保存していたものです。
農家のご主人のお話だと、肝機能向上のため、カプセルにして30年もの間、毎日飲んでいるとのこと。
それにあやかって、今日の門出にふさわしく、わざわざ入れたのです。
まさに、最高の助っ人です。

それから、黒糖。
これにはちょっとした嬉しい出会いがありました。

私が運動場で例によって二刀流壁打ちテニスをやっていると、孫のような小学生の女の子と出会ったのです。
彼女は異様なほどテニスに関心を示し、一緒に壁打ちテニスを楽しみました。

あまりにも熱心なものでしたから、いっそのことラケットをプレゼントしようかと思い立ち、ご両親に確認を取るように言いました。
翌日、了解を得られたということで、正式にプレゼントすることになったのです。

しかも3本です。
彼女には二人の弟がいて、彼らにもと……。
3人はそれぞれ、お気に入りのラケットを持つことになりました。

すると思いもかけない嬉しいことが起こったのです。
彼女は運動場にやってくる同級生たちにも、そのラケットを貸してあげるようになったのです。

小さな子供たちが一緒になって壁打ちテニスをして遊ぶ。
その姿を眺めるほど、嬉しいことはありません。

実は私は以前、手持ちのラケットを5本ほどこの運動場に持ってきて、子供たちに遊ばせてあげたことがありました。
彼女に3本贈ったことで、今度は私の代わりに彼女が子供たちを遊ばせてあげる番になったのです。

こうした経緯で彼女のご両親とも繋がりができ、お礼にと、沖縄の黒糖が届いたのでした。
それは単なる物々交換ではなく、温かな信頼のやり取りです。
今ではご両親ともLINEを交換し、何でも話し合える間柄になっています。

沖縄の黒糖は、スムージーに最適です。
食事の前にこのスムージーを一気に飲み干します。

あの独特の匂いのにんにくと、いずれ劣らぬ脇役たちが、見事にマッチしています。
口に運ぶと、たちまち喉を通って行きます。
胃が爽やかに、掃除された感じです。

第十四皿:小豆のデザートとヤマモモの日記——大海原への船出

120歳現役の門出を祝福する、今日の料理の最終コース。
それが、このデザートです。

主役は何と言っても「小豆」。
脇を固めるのは、バナナ、りんご、そして夏みかんの果実たち。

小豆は、黒豆と並ぶ我が家の2大看板です。
小鍋で40分ほど時間をかけて、芯まで柔らかく煮上げます。
もちろん、砂糖は一切使いません。

使う水にもこだわります。
水道水ではなく、備長炭で半日かけてこした水を使います。

出来上がると、鍋のまま冷蔵庫で半日寝かせます。
取り出した時、表面にとろっとした膜がかかっている。
これは、でんぷんが溶け出した証です。

この膜を確認した瞬間、「やったー」と私の心は浮き立つのです。

今日の果物の脇役であるバナナ、りんご、夏みかん。
みんな美味しく、小豆にマッチしていました。

特に夏みかんは、近所に自生するものを幸いいただけたので、昔ながらの酸味豊かな味わいを満喫することができました。

思い返せば、小豆にマッチする果物を求めて、私はよく外に探しに出かけたものでした。

最初に見つけた時には驚いたのですが、野川にはたくさんの桑の木があり、桑の実(どどめ)が食べられます。
5月中旬から6月中旬頃が狙い目です。

その少し後に、ヤマモモの季節がやってきます。

去年の6月、公園でヤマモモを拾っていた時に、不思議な出会いがあったのです。

あの時も、私は子供のようになって夢中で拾っていました。

公園の管理事務所は、来園者に「好きなだけお持ち帰りください」と言ってくださる。
実にありがたいことです。

71歳のシニアの私が、どうして120歳現役の旅立ちを思い立ったのか。
私の人となりを知っていただくためにも、その時のことを是非ともお話しさせていただきたいと思います。

私が書き留めた日記の昨年の6月に、ご一緒にタイムスリップしていただけますでしょうか。


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【:木登りしてヤマモモを取ってくれたネパールの青年】

遊具の隣にあるヤマモモの木にやってきたのは、今日で4回目であろうか。
6月20日の今日は日曜日。
午後になって風は一層強くなってきたが、隣の遊具は、小さな子供を連れた外国人の家族などもいて、大変な賑わいだ。

私は例によって、地面に落ちているヤマモモをせっせと拾い集める。
日本人は落ちているヤマモモを見ても、あまり関心を向けようとしない。
しばらく拾い集めていると、聞き慣れない言葉が耳元に聞こえてくる。

外国語の主たちは、ヤマモモの木の下にまで入り込んできているようだ。
私が立ち上がるのと同時に、拙い片言の日本語で話しかけてきた。
「この木の実を拾ってるのですか?」
3人の若者たちだ。

私はこっくりと頷きながら、
「Where are you come from?」
3人はきょとんとしている。
もう一度、「Where are you come from?」
やっとわかったというように、彼らはにっこりした。
「ネパールから来ました」

ここからは2人の若者と、日本語での楽しい会話が続く。
日本に来てまだ間もないようで、近くに住んでいるという。
日本語学校に通いながら、物流企業のアルバイトで夜通し汗を流しているようだ。
最近の日本の物価の高さには、辟易している様子がうかがえる。

いつのまにか、1人がサンダルを脱いで裸足になり、するするっと木に登り、ヤマモモを食べ始めた。
まるで猿があっという間に木に登るような身のこなし。

見上げると、ヤマモモはまだ鈴なりに残っている。
「袋をください」と、私に声をかけてくれた。
ヤマモモを取ってくれるようだ。
ヤマモモをついばみに来るのは野鳥だけでなく、この若者たちもそうだったのだ。

1週間前の6月13日くらいから、毎日通っているとのこと。
涼しくなる夕方の6時くらいに木に登り、実をついばむ。
故郷ネパールのヤマモモは日本のものと比べると むしろ 小さく、それはそれは美味しく絶大な人気を誇っているという。

猿のように、素足でふるさとのヤマモモの木に登って食べる彼らの姿を、私はまざまざと想像した。

それほどまでに美味しいのであれば、食いしん坊の私は、ヤマモモを食べにネパールまで行ってもよいと思う。

若者に将来の人生設計を尋ねると、片言の日本語で答えてくれた。
もっと日本語が上手くなって自動車の勉強をして、日本の会社に就職したい。
35歳くらいまで日本で働いて、あとは故郷へ戻り、農業をするのだという。

結婚は?との質問に、25歳までにはしたいという。
ネパールでは皆早めに結婚し、両親と一緒に暮らし、日本ではもう失われてしまった大家族主義が残っているようだ。
私の相手をしてくれた2人は、それぞれきょうだいが9人と3人。
村には信頼される長がいて、若者の結婚相手についても知恵を授けてくれるという。

スポーツ談義にもなった。
ネパールでの人気は、1位クリケット、2位バレーボール、3位サッカー。
出会った3人はいずれも体ががっちりしていて、日頃から鍛えているのであろう。

ヤマモモの実をネパール語で何と言うのか聞いてみた。
「बेबेरी फल(ベベリ ハール)」
ネパール語はなかなか手強い。

彼らはこんなことも話してくれた。
「日本人はみんなスマホを持って、いつもそればかりいじっている」
「人とはあまり会話をしないようだ」
もっと楽しく話をしたらいいのにと、私に訴えかける。

日本語学校の先生にヤマモモの話をしたら、知らないし食べたこともないと言われたらしい。
ヤマモモはラズベリーのように酸味があり、美味しくて栄養満点なのに。
日本人も、もっと自然の恩恵に預かるべきなのだ。

「ジャムにして食べるかい?」と尋ねたら、彼は首を振った。
ネパールではみんな、生のまま食べながら、自然の恵みに感謝して生きている。
この若者たちは、これからもこの木に通い続けるのだろう。

1袋取ってくれた若者が、木の上から「もう1袋いりますか?」と声をかけてくれる。
私は「この1袋で十分だから」と答えた。
木の上で実を食べる青年があまりに可愛くて、記念に写真を撮らせてほしいとお願いした。

顔は絶対撮らない、足だけだからと。
「not FACE only LEG」

この木の上に登ったら、ネパールの国はどのように見えるのであろうか。
一度私もこの木に登って、親友で恩人でもあるネパール人のRさんの故郷に思いを馳せてみたい。

そして私自身、生まれ故郷の柿の木に、子供の頃よく登っていたことを、懐かしく思い返してみることとしよう。

71歳ではあるが、毎日壁打ちテニスを2時間続けているのだ。
木登りができないこともあるまい。

2025年(令和7年)6月22日 日曜日晴れ
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皆さん、いかがでしたでしょうか。

私がいかに子供のような人間であるかが、よくお分かりいただけたのではないかと思います。

それにしても、小豆と一緒に食べるヤマモモのような自然に自生する果物は、最高のデザートと言ってよいでしょう。

ヤマモモの季節の6月が、また楽しみです。

結び:一皿の先に広がる景色

こうして14皿を平らげた今、私の心は穏やかな光に満たされています。

食卓の花瓶の、あの90歳の彼女からいただいた矢車草。
彼女が守り抜いた土の匂い、そしてこれから生まれる農業公園の光景。

それらはすべて、この14皿の料理と同じように、私の人生というタペストリーを彩る、「120歳現役」を支える欠かせない鼓動なのです。

二刀流壁打ちテニスで駆け抜ける、「公園の壁打ち運動場」。
そこで交わす、子供たちや大人たちとの、言葉のいらない心の通い合い。
そして、この「note」という場所で出会う皆様との交流。

食べることは、生きること。
そして書くことは、自らの命の足跡を、誰かへと繋いでいくこと。

私は「エッセイ」を、120歳まで書き続けていきます。
お手本となる先達がいて、共に笑う妻がいて、読んでくださる仲間がいる。
これほど幸せな「現役」が、他にあるでしょうか。

さあ、風が吹いてきました。
120歳という、まだ誰も見たことのない水平線を目指して、私は大海原へ漕ぎ出します。

(2026年4月28日 火曜日 晴れのち曇り)

【魂の三部作】
人生というタペストリーを編み込んだ、三つの物語。
ついに全編が揃いました。どうぞ、続けてご賞味ください。

【最新の「問わず語り」】
『打ち上げ花火のボールを、いっそのこと「この素手」で掴みたかった』
900本の裾野を越え、たどり着いた渾身の到達点。今、この瞬間の「生」を刻んだ一作です。


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