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120歳現役!人生の本番はこれからだ ― 二刀流テニスとnoteで築く「心の資産」

71歳、120歳現役を目指すエッセイスト。利き手中心のアンバランスなテニスの概念を覆し、世界に類を見ない左右対称の「二刀流壁打ちテニス」によって身体の調和を追求。主夫として自立し、村のアイドルとして生きる。900本超の積み上げから生まれた、「魂の三部作」ついに完成。



「『私の人生のピークは、これから先にある。』

そう断言する71歳の私を、世間は笑うだろうか。いや、かつての私なら、私自身を笑っていただろう。

転機は66歳、前立腺がんの精密検査。MRIの狭い台に仰向けになり、無機質な天井を見つめていた時のことだ。

腕に針を刺そうとした看護師が、私の剥き出しの腕を見た瞬間、ハッと息を呑んで動きを止めたのだ。熟練の彼女が目にしたのは、66歳という年齢を裏切る、透き通るような肌と青く力強く拍動する血管だった。それはまるで、みずみずしい若者のそれのように、生命のエネルギーに満ちあふれていた。

彼女は私の腕を慈しむように見つめ、予言者のような静謐さでこう告げたのだ。

『……あなた、自分の体を大切にしなさい。分かりますか? この若さを、これから先、ずっと大切にするんですよ』

それは単なる慰めではなかった。数多(あまた)の生と死、そして肉体を見つめてきたプロフェッショナルが、私の血管の奥底に潜む「生命の可能性」を透視し、私の魂に深く刻み込んだ厳かな宣告だった。

あの日、死の影に怯えていたはずの私の時計は、その予言によって、逆方向に力強く動き出した。

『癌すらも、120歳まで現役で生き抜くための通過点に過ぎない』

そう確信した時、私は『おじいさん』という世間が決めた指定席をかなぐり捨てた。子育てを終え、病を克服し、組織のしがらみを脱ぎ捨てた今、私の人生はようやく『本番』の幕を上げたところだ。

私がいま積み立てているのは、通帳の数字ではない。自分らしく人生を全うするための『心の資産』なのだ。

71歳の私は、「おじいさん」という指定席から立ち上がることに決めました。

世間が描く老後とは、現役という舞台を降り、人生の「観客席」へと退くこと。趣味を諦め、老いを受け入れ、病院の待合室で静かに時を待つ……。

そんな「枯れていくのが当たり前」とされる風潮に、私は真っ向から抗いたいのです。

知り合いの男性は70歳でテニスをやめたと言いますし、女性はコロナ禍を契機にテニスをやめたと言います。私から言わせれば 、2人ともまだまだ元気でコートを走り回れるのに……。

肉体は、意識的に鍛えさえすれば、何歳からでも応えてくれます。

120歳まで現役で、人生の表舞台に立ち続ける。そんな私の決意の象徴が、両手に握る2本のテニスラケット。

実はこのラケット、少し変わっています。グリップには荷造り用のテープがぐるぐると巻き付けられています。この不恰好なラケットこそが、私の「現役」を支える秘密兵器なのです。

テニス愛好者ならお分かりでしょうが、市販のグリップテープはすぐにベタつき、手が黒くなるのが悩みの種。ある時ひらめいて荷造りテープを巻いてみたところ、これが大正解。長く使ってもびくともせず、汗をかいても壁打ちには全く支障ありません。

私はこのラケットを自転車の籠に乗せ、15分ほどの公園の壁打ち運動場へと向かいます。

スタイルは、あの宮本武蔵の「二刀流」で、壁を相手に二つのラケットを振るうこと。それが、今の私の何よりの日課なのです。

1日2時間の壁打ちは、
未来の自分への『時間投資』。
二刀流で汗を流し、一生モノの
資産である体を磨き上げます。


YouTube で二刀流の壁打ちテニスをやっている人を探してみたところ、いるにはいるけれども、満足できるレベルに達してる人は見かけません。

私の二刀流の壁打ちテニスはこうです。

2本のラケットを自在に操り、ボールをその時の気分で壁のいろんなところに当てていきます。

返ってくるボールを余裕を持って受け止めながら、足を前後左右にステップさせて楽しみます。踊りを踊っているような心地よさ。

例えば、右手と左手で同時にバックハンドのスライスを刻むとき。あるいは、同時にフラットでボールを力強く壁に打ち当てるとき。その一振り一振りが、まるで自分の身体がシンメトリーな彫刻になったかのような、不思議な全能感を与えてくれます。

その全能感は、体幹をフル活用し、体の軸がぶれずに、体全体のバランスが維持できていることからくるものなのです。

スライスを「シュパッ、シュパッ」と斜めの包丁切りで繰り出しては体の緊張をほぐし、フラットを「トントントン」と打ち続けては気持ちを高揚させます。

「スライス×フラット」という異質なリズムを組み合わせれば、面白さは無限に広がります。

壁に当たるボールの位置をあちこち 散らし、私の体はアドリブでリズムを刻みます。

壁打ちテニスで音楽を奏でられるとは思ってもみないことでした。

今普通に行われているテニスは、利き手に依存する左右非対称な運動です。

しかし、私が考案して実践しているこの二刀流は、その「左右非対称な運動」という制約を完全に打ち破ります。私はもはや 右利きでも 左利きでもありません。

右脳と左脳をフル回転させ、「左右均等にエネルギーを使っているな」、という 肌感覚。

1本のラケットにある「打った後の戻り(待ち時間)」が、二刀流には存在しません。

右から左へ、左から右へと、息もつかさぬ壁との対話。

この壁打ちラリーは、50回 いや 100回は当たり前。

「これなら無限に続けられるぞ」という 恍惚感は、あたかも瞑想をしてでもいるかのような感覚!

実は先日、この好奇心が暴走して、ボール2個」での二刀流に挑戦してみたのでした。

AIによれば「理論上は可能」。

ハサミ1本で自前の床屋をするくらいには器用で、好奇心旺盛な自負もあったので、意気揚々と挑戦してみましたが、結果は惨敗。あっちへこっちへ跳ねる2つのボールを追いかけ、脳と体が悲鳴を上げ、「あ、これは頭がおかしくなる」と笑いながら断念しました。

そこまでやる必要はないのかもしれません。でも、そんな「無謀な遊び」に本気になれる自分を、私はどこか気に入っています。

二刀流壁打ちを続けていると、自ずと体は温まり、汗がじわりじわりと滲み出てきます。

「今いい運動ができているなあ」という、うっとりするくらい心地よい満足感に浸ります。

私はクラシック音楽が好きで モーツァルトの音楽などよく聴くのですが、この壁打ちをしていると、私自身が指揮者となってオーケストラを指揮して音楽を奏でているような感覚さえ覚えるのです。

こうして二刀流で壁打ちテニスに没頭するとき、私は「年齢という重し」から完全に解放されます。

運動場の周りでは、たくさんの子供たちがキャッキャ 言いながら運動を楽しんでいますが、私も子供のように 壁打ちテニスを楽しむのです。

これまで、 テニスコートで実際に試合をやったことは何度かあります。

友達と楽しく遊んでリフレッシュになることはなるのですが、本格的に体を鍛えるためにはあまり有効ではありません。というのも、ダブルスだとボールがやってくる確率は1/4になるので、どうしても暇を持て余してしまうのです。

健康的に、しかも 「毎日」、手軽に自分の体を鍛えるには、壁打ちテニスはうってつけの運動なのです。

壁打ちテニスで とりわけ 汗をかいた時は、行きつけの銭湯に直行します。疲れた体を銭湯で思う存分温めた夜は、心地よい睡魔に襲われます。

壁打ち運動場で最近親しくなったテニスコーチのTさんは、プロの目を持つ一方で、とても気さくな方です。

ある日、私のプレーをじっと見ていた彼女が、信じられないといった様子で声をかけてきました。

「その二刀流、どこかのスクールで教わったんですか?」

私が「いえ、10年間ずっと独学なんです。この二刀流も、一人で試行錯誤してここ2年ほどでようやく形になったんですよ」と答えると、Tさんは目を丸くして驚いてくれました。

「独学でここまで……! てっきりどこかで専門的に学んで来られたのかと思っていました」

「私は水泳もそうなんですが、テニスは独学でずっとやってきました」

さらに、私が差し出したラケットのグリップに巻かれた「荷造りテープ」を見て、彼女は深く頷き、力強く太鼓判を押してくれたのです。

「今の、そのまんまの二刀流テニスでいいんです。道具もスタイルも、どこもいじる必要はありません。そのままで120歳を目指してください!」

プロの方からのお墨付き、それも自分の「10年間の歩み」を丸ごと肯定されたような気がして、胸が熱くなりました。

もう、疑う余地はありません。私はこの自分自身で切り拓いてきた「二刀流壁打ちテニス」を信じて、これからも真っ直ぐに邁進していこうと思います。

テニスに魅了された背景には、一途な「憧れ」の物語が、私にはあります。

大学に入学したての頃、キャンパスを颯爽と歩くテニス部の学生たちを見て、「私もあんな風になりたい……」と胸を躍らせたものでした。

しかし、当時は一歩踏み出す勇気が持てず躊躇したばかりに、そのまま40年近い月日が流れてしまいました。

その種火が再び燃え上がったのは、60歳の時でした。

公園で一人、黙々とテニスの練習に励む高校生の姿に出会った瞬間です。

今もその時の光景を忘れることはできません。高校生はゴム紐付きのテニスボールを無心に打ち込んでいたんです。

それを見た瞬間、40年前のキャンパスの、あの日封じ込めた記憶が時を超えて呼び覚まされ、私をコートへと突き動かしました。

私はその日のうちにスポーツ店に駆け込み、同じゴム紐付きのテニスボールを購入しました。

翌日からは、 その道具を使って練習に励みました。高校生は親切にも私にテニスについてあれこれ教えてくれました。

今から考えると 、この出会いは神様が準備してくださったものに違いありません。

それから現在まで、10年以上の月日が経ちますが、テニス熱は日に日に高まるばかりです。

実は、もう一つの忘れられない出会いがありました。70歳を目前にした、ある晴れた朝のことです。

公園の壁打ち広場には、鋭い日差しが差し込み始めていました。その片隅のベンチには、いつも一冊の本を携えた40代ほどの男性が座っています。彼はお気に入りの作家の小説に没頭し、私たちが言葉を交わすのは、いつもちょっとした世間話程度でした。

ところがその日、ふと彼が読書の手を止めました。そして、壁に向かってひたすらラケットを振る私の姿を、吸い込まれるような真剣な眼差しでじっと凝視したのです。

すがすがしい朝の光を背負い、彼は静かに、けれど私の心の奥深くまで届くようなしっかりした声で問いかけました。

「左手でも同じことができますか?」

その言葉は、まるで啓示のように私の耳元に届いたのでした。

一瞬 虚を突かれた私の脳裏に、「左手の壁打ちテニス」の言葉が刻まれたのでした。

それ以来2年間、私は左手での壁打ちという新たな挑戦に身を投じることになり、今の二刀流壁打ちテニスに至ったというわけなのです。

この男性の私に向けた一声は、まさに神の一声でした。

私は120歳まで現役で走り続けるため、二刀流の壁打ちテニスでは、次のような独自の「戦略」を立てています。

体への負担を徹底的に減らすこと。肘や手首を痛めがちなスピンはご法度。強打に頼らず、心地よく滑らかに滑る「スライス」を主体とした、無駄のない省エネ打法を追求する。

私はもともと 右利きで、ほかの人と同じく右手1本でテニスをやっていました。長い間の蓄積疲労 なのか、右肘の痛みを時々感じる時があります。

二刀流に切り替えてからは、左手でのテニスが心地よく、二刀流をやっている時も 、自ずと左手の方を多く使うことになります。これは個人の特性だと思いますが、左手でボールを打ち込む時が何とも心地よいのです。

道具をこうして自分の体に合わせ、動きを最適化する。全身を緩めて、7割くらいの力でリラックスしながらボールを打つ。これこそが、人生をできるだけ長く楽しむための智慧(ちえ)だと考えています。

私がこれほどまでに愛する「二刀流壁打ちテニスの極意」を、解き明かします。

一般的なテニスプレイヤーにとって、この感覚を理解するのは容易ではないかもしれません。彼らにとって、利き手か逆手、どちらか一方で打つのが常識だからです。

しかし、両手にラケットを携え、跳ね返ってくるボールを次々と打ち返していくとき、右利きの右、左利きの左という区別はもはや意味を持ちません。右手が打った瞬間、すでに左手は次の軌道を感じ取っている。実際、左右の境界が溶け合うようなこの感覚は、実践した者にしか見えない別世界といえます。

その極意とは、自分とボールが「一本の糸」で繋がっているような感覚にほかなりません。

想像してみてください。ボールに目には見えない糸が付いていて、それが左右のラケット、そして私自身とすべて繋がっている光景を。右で打とうと左で打とうと、その糸は決して途切れることなく、常に繋がり続けています。

すると、不思議な現象が起こります。打球を重ねるうちに体から余計な強張りが消え、すべてが一体化していくのです。

その動きは、鞭(むち)のようにしなる肢体へと変化していきます。どんなに厳しいボールが来ようとも、体は自然と淀みなく反応し、ボールは吸い込まれるように壁に当たっては、再び私の元へと戻ってきます。まさに、水中を漂うような心地よいリズム。

こうして壁打ちテニスは、一瞬の途切れもなく、驚くほど滑らかに循環していきます。

この新しい身体技法は、フラットやスライスといった既存の打法すら超越した感覚をもたらします。宇宙の無限の果てまでもボールを打ち込んでいくかのように、私の体はどこまでも解放され、真の愉悦に至るのです。

極端な言い方かもしれませんが、その瞬間の私は「天から吊るされたピノキオ」に近い状態になります。

天から吊り下がる糸によって、かつてないほど背筋(せすじ)は真っ直ぐに通り、軸は微動だにしません。今、私の身体から「猫背」という言葉は消え去り、まるで一本の鋼(はがね)が通ったかのような、完璧な直立不動の姿勢へと矯正されているのです。

右手で打とうと左手で打とうと、重心移動は正確無比。それは、利き手で行うテニスとは別次元の、調和に満ちた運動です。世に溢れる姿勢の歪みや衰えなど、今の私には無縁のものです。

もし、あなたが、これまで自分を支配していた「利き手のテニス」という固定観念を脱ぎ捨て、未だかつて試みられることのなかった「二刀流のテニス」という新たな扉を開くなら、その先には、加齢と共に心身を萎縮させていく「老い」の概念を根底から覆し、120歳現役を可能とする、未知なる身体能力の獲得が待っているのです

この運動場は、いつもあらゆる世代の人たちがスポーツを楽しむ憩いの場となっています。その片隅で、私は今日もまた、この至福の糸に身を委ねるのです。

ここは私の人生の核であり、人と人が交流する「心の資産」を積み立てるための大切なステージでもあります。120歳までこの舞台に立ち続け、健康という資本を更新し続けていくつもりです。

最近、ここで嬉しい出会いがありました。

ある小学3年生の女の子に、私の大切な予備のテニスラケット3本をプレゼントしたのです。

というのも、彼女があまりにもテニスに関心を示したので、それならいっそのこと プレゼントしようと思ったのです。

それがきっかけでご両親とも繋がりができ、お礼に沖縄の黒糖が届きました。それは単なる物々交換ではなく、温かな信頼のやり取りでした。今では ご両親とも LINE を交換し、何でも話し合える間柄になっています。

彼女には、小学1年生のスポーツが得意な男の子と、4歳の男の子のふたりの弟さんがいます。

その4歳の男の子は抱きかかえると驚くほど体が軽く、誰よりも優しい目をした子です。誰もかまってくれないときは公園の遊具で一緒に遊んだりして、今では私の秘蔵っ子のような可愛らしい子なのです。

私があげた3本のラケットは、この3人がそれぞれお気に入りのものを選んで 所有しています。

この運動場で、3人と毎日のように遊ぶのが、私の楽しみになっているのです。

嬉しいことに、3本のテニスラケットは学校の友達にも貸し出され、友達同士の交流という利子を生み出しています。

また、運動場では、野球の練習をやっている少年たちとも「友達」になりました。

あのデュマの小説の『三銃士』のような 3人の少年ともう一人の少女は、私のとっておきの友達です。

小学低学年のS君 とT君とK君。少女はYちゃん。彼らとは今や親しい ツーカーの間柄で、一緒に野球をしたり、 テニスをしたり……。

野球の練習の合間に、テニスラケットを貸してと声をかけてきたりします。

壁打ちテニスに興が乗っている時でも、やはり 子供は可愛いですから 、71歳の私は笑顔で「はいどうぞ!」

それに親しい 彼らとは、こんにちは、さようならの挨拶は欠かしません。

私はこの運動場では、唯一無二の存在になっています。というのも、二刀流の壁打ちテニスの、帽子をかぶったおじいさんとして、何もしなくても自然に目立ってしまうからです。

今ではたくさんの子供たちと知り合いになっていて、一緒に遊ぶときには、私はあの「良寛さん」なのです。

もちろん、ここに集う大人の人たちとも 顔馴染みになっています。

私は120歳現役を目指しています。

妻は外で働き、帰宅後にやるのは自分の食事を作ることだけ。家にいる時は家事から完全に解放してやり、くつろがせてあげるようにします。

対して夫の私は家事全般を担い、自分の食事も当然、自分自身で作ります。

実のところ、妻がこのように私を育ててくれたおかげで、今の私は喜んで家事に勤(いそ)しむことができているのです。

こと食事に関しては、 お 互いに好みと言うか、流儀があり、自分独自の食事を楽しんでいる夫婦なのです。

妻の食事は独創的で、玉ねぎやキャベツなどを刻み、調味料もつけず素材の生命力をそのまま取り込む。一方の私は、妻の食事哲学に感化されつつも、玄米と味噌汁を基本とした伝統的な和食で体を整える。

こうして同じ空間にいながら、互いの流儀を尊重し、干渉しないようにします。

この「個」としての自立こそが、「120歳現役」を夢ではなく現実のものとし、自由なシニアライフを謳歌するための鍵だと考えています。

71歳、私は台所に立つ。
手間暇をかけた手作りの一膳は、
120歳現役という壮大な目標を支える
『食のポートフォリオ』です。
主夫である私は、黒豆と小豆は
砂糖は入れずに 鍋で多めに
作り置きをし、
妻と共に常食 します。
71歳のシニアが漬け込んだ
1000個の梅干し。
毎日夫婦で一粒。9つの大瓶に並ぶ
その一粒一粒は、
健やかな明日をコツコツと積み立てる、
わが家流の『健康預金』の結晶です。


日頃の健康管理の甲斐もあってか、おかげさまで血液検査の結果も良好で、元気に毎日を過ごすことができています。

そんな私が、これから手にする貴重な時間を、果たして何に投資してどんな「利子」を受け取るべきか。

私は気づきました。この運動場で様々な方々と交流し、世代を超えた「友情」という名の利子を受け取ることこそが、何よりの楽しみなのだということに。

時間の十分にあるシニアこそは、自分だけの「得意技」を磨き、異世代の中に飛び込んでいけるのです。

大人が本気で遊ぶ姿を見せることは、子供たちに「大人になるのが待ち遠しい」と思ってもらえるような、最高の贈り物になるはずです。

現在、この運動場に熱心に通うシニアは、私くらいのものです。

しかし、世の中には元気なシニアがたくさんいらっしゃるはず。

この運動場は、野球、 サッカー 、バスケットボール 、テニス、 バドミントン、バレーボール 、ラグビー……何でもござれの天国なのです。

腕に覚えのある 元気なシニアの皆さん、いらっしゃってみませんか。同世代でかたまってばかりいてはもったいなさすぎます。

少々ハチャメチャ やってもいいじゃありませんか。人生を前向きに楽しむ シニアが、もっと表舞台に出てきてもよいと思うのです。

私はこれからは、自分のことを「おじいさん」なんて呼ばせません。

私の心には、生まれた時から変わらない遊び心と、あのおさるのジョージのような好奇心、そして大人になっても失われることのない少年の魂が息づいているのです。

たとえ120歳になっても、蝶のように舞い、ボールを追い続けましょう。

さらに 私は、もっと大きな、これは考えてもみなかったことなのですが、「壮大な夢」に気づいたのです。

私は昨年 2025年8月から、エッセイストhideの名で、日々の感動を エッセイという翼に乗せて世界に向け配信しています。

考えてみればこれは、クラウド上に「感動」という資産を積み上げていることになります。

私が生きた証、すなわち一瞬一瞬の心の動きが、過ぎ去るままに湯水のように消費されるのではなく、鮮度を保ったまま「資産化」されていくのです。

記事が公開されている限り、私が眠っている間も、誰かが私の言葉に触れ、感動を共有してくれる。

それは私の手を離れ、社会の「共有財産」になります。

何より素晴らしいのは、共感した読者がフォロワーとなり、さらなる拡散を生むことで、一つの感動が何倍にも膨れ上がっていくことです。

私の思考や感情がクラウドという広大な場所にストックされ、誰かの心に火を灯し続ける。

これは、紙のノートに書き留めるのとは違う、誰にでも開かれた「生きた資産」なのです。

「クラウドに、想いが積み上がる」

ワクワクするじゃありませんか。

noteを配信するたび、スマホが震えて読者から「良かったよ!」という通知が届きます。

早ければ配信してわずか30秒!

台所で料理を作っているとき、突然鳴らされるスマホの音に包丁の手が止まり、私の胸は思わず高鳴ります。

なんという感動でしょう。

noteに集まった一つ一つの感動は、大げさではなく、私たちの共有財産と呼べるものかもしれません。

一つの記事が、打ちひしがれている誰かの背中をそっと後押ししてくれるかもしれないのですから……。

「120歳現役」の私は、これからもこのnoteという場所で、読者の皆さんと響き合えるような感動を届けていきます。

感動という資産の積み立てこそは、私のこれからの人生に課せられた大いなる務めであり、最高の喜びでもあるのです。

71歳のシニアの私が、子供になって 壁打ち 運動場で遊び、スマホを使ってnoteでエッセイを配信する。

「壁打ち運動場で心の資産を積み立て、なおかつ、noteという クラウドで感動という資産を積み立てていく人生」

この足が動く限り、私の人生に「現役引退」の二文字はありません。

私は、120歳まで現役の『大黒柱』であり続ける。二刀流の壁打ちテニスで自らの体を鍛え上げ、主夫としてどっしりと家庭を守ること。そして、広場での交流やnoteでの発信を通じ、地域やSNSという大きな社会の中でも、誰かの心を支える一本の大黒柱となること。目に見える健康と、目に見えない心の交流。この二つの歩みを重ねながら、『二刀流テニス』を掲げる私は、120年という長い歳月を、力強く、そして軽やかに駆け抜けていく。

【あとがきに代えて】

昨年8月から始まったnoteでのエッセイの配信というシニアの挑戦。これまでにいただた足跡(ビュー)は9万3000件を突破しました。

230日間、一日も欠かさずペンを走らせ、積み上げた物語は940編以上。この数字の一つひとつは、単なる記録ではありません。壁打ちテニスの二刀流で体を鍛え、毎日複数のエッセイで心を耕し、120歳まで現役を貫くという私の「壮大な夢」に共感してくださった方々との、温かな交流の証です。

お金だけではない。健康、経験、そして人との繋がり。これら「心の資産」を120歳現役で、私はnoteという場所で積み立て続けていきます。
エッセイストhide

一2026年(令和8年)3月12日木曜日は晴れ

【魂の三部作】
私の人生というタペストリーを編み込んだ三つの物語。ぜひ、続けてご賞味ください。

【最新の「問わず語り」】
『打ち上げ花火のボールを、いっそのこと「この素手」で掴みたかった』
900本の裾野を越え、たどり着いた渾身の到達点。今、この瞬間の「生」を刻んだ一作です。

【究極の「問わず語り」】
フローベールの見果ての夢を、私が実現する!


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