50代、心地よいことしかしない人に変身中。
こなすことが、得意だった。
時短ができることが、評価されていた。
でも今、あの頑張り方はもう、私には必要ないのかもしれない。
①こなすのが、上手くなりすぎていた
現役の頃、私は「時短」が得意だった。
早く終わらせても、休めるわけじゃない。
空いた時間には、また次の仕事が入ってくる。
それでも「早くできる私」を、周りは褒めてくれた。
段取りに無駄がなく、カツカツにならない状況を作れること。
最悪の事態が起きても、すぐに対応できる引き出しをいくつも持っていること。
褒められると、もっと早く、もっと正確に、と自分を追い込んでいった。
時短って、何のためにするものなんだろう。
そんなことすら、考える余白もないまま走ってきた。
②こなすより、ちゃんと感じたい
今の私の環境には、あの頑張り方は必要ない。
それでも、まるで誰かと約束でもあるかのように、時計を見ながら黙々と家事をこなしている自分がいる。
洗濯物を畳みながら、次は掃除機、その次は夕飯の支度、と頭の中で段取りを組んでいる。
急いでいる理由なんて、どこにもないのに。
終えたあと、ふと思う。
「なんで、あんなにセカセカ動いたんだろう」
この時間、私は何がしたかったんだろう。
気づけば、その繰り返しだった。
「こなすより、ちゃんと感じたい」
一つのことを丁寧に味わうだけで、心がゆるむ瞬間があった。
③要領よくやらなくていい、と自分に許した
要領よくやらなくていい。
不器用でもいい。
そう自分に言い聞かせてみた。
先日、庭の目隠しを自分なりに作ってみた。
私としては、ちゃんと完成させたつもりだった。
でも、物作りが得意な夫に見せたら、一言。
「何これ?」
前の私なら、へこんでいたと思う。
でも今は、「これはこれでいい」と、なぜか笑えた。
最初は落ち着かなかったけれど、少しずつ心地よさに変わっていった。
④あれもこれもは、もういい
保育士として、クラスを持ちながら、いつのまにか園全体のことも把握しなければいけない立場になっていた。
自分のクラスに集中したいのに、後回しにしてしまう日もあった。
主任がその立場に見合うだけの経験が追いついていなくて、隣でサポートしているうちに、いつしか「自分でやった方が早い」と思うようになった。
その方が、お互い消耗せずに済む気がしていたから。
でも今振り返ると、あれは自分で自分がしんどくなる道を、自分で開いていたようなものだった。
色んなことに手を伸ばすと、いつのまにか「やらなきゃ」に変わる。
使命感が、私を頑張らせすぎる。
だから決めた。
あれもこれもは、もういい。
これさえやっていれば、いい。
⑤合わない鎧を、脱いでみた
個性の強い子が年々増え、外部機関とのやりとりも増えていった。
本来は主任の役目のはずの話し合いに、「一緒に出席してほしい」と頼まれることが続いた。
断る理由はなかったし、勉強になることも多かった。保護者さんとの信頼関係も、そこで築けていた。
だから、出席すること自体が嫌だったわけじゃない。
ただ、心のどこかでずっと思っていた。
「これは本来、主任がやるべき仕事なのに」と。
それでも、追いついていない人にすべてを任せるのは違う気がして、引き受け続けていた。
今ならわかる。
あれは「頼られている鎧」だった。
脱いだら、当てにされなくなる。そんな不安が、ずっと私を鎧の中に留めていた。
でも、脱いでみたら、思ったより身軽だった。
むしろ、鎧の重さにどれだけ疲れていたのか、脱いで初めて気づいた。
⑥昔の自分に、戻ってきた感覚
あの時、時計を見ながら自分に問いかけていた。
「この時間、私は何がしたかったんだろう」
その答えが、今ならわかる。
不思議なことに、鎧を脱いだら、昔の自分に出会えた気がした。
効率も要領も気にしていなかった、あの頃の私に。
何かを成し遂げるためじゃなく、ただその瞬間が心地よいから、そこにいる。
そんな感覚を、何十年ぶりかに思い出した。
心地よい環境をつくることが、私を活き活きとさせるなら。
それだけをやっていればいい。
⑦その後のことは、それから考える
これさえやっていれば、いい。
その後のことは、それから考えることにした。
50代、心地よいことしかしない人に、私は変身中。
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