サロン楽屋話018:自己否定の美徳を笑え!―出川イングリッシュ最教説
▶「自己肯定感が低いほど、いい人」だった時代?
自己肯定感が低いことは、かつての日本ではむしろ「美徳」とされてきたのではないでしょうか。
「このままの自分じゃダメだ!」という“強い向上心”の表れであり、「もっと頑張らなきゃ!」と鼓舞する“努力の人”。
“気遣い”もよくできたはずです。
挨拶は自分からするし、お先にどうぞが当たり前。
こちらでも述べましたが、急かされてもいないのに、サービスやリターンのポジションへセカセカと入って対戦相手を待たせないようにする。
自分のペースでやればいいのに……。
そうなる(なってしまう)のは、「これくらい人一倍しないと、自分には価値がない」という自分についての感じ方(セルフイメージ)だからです。
相手を待たせない低姿勢を昔の日本は、いわゆる「いい人」と評価する風潮もあった。
▶思考とイメージ、同じようでまったく別モノ
私たちはイメージについて、普段の生活ではほとんど意識しません。
「ワイパースイングは、窓を右から左へ拭くイメージ」というイメージとは、全然違いますからね。
それは、言葉は同じ「イメージ」だとしても、実体は頭で考える「思考」。
思考なら365日24時間、引っ切り無しにやっているのです(関連記事「セルフトークをなくすには? 」)。
そして考えながらプレーするから、ボールは見えなくなるのでした(残念!)。
▶人は“考えて動く”より、“イメージに動かされている”
窓を右から左へ拭く動作について考える。
そうではなくてイメージとは、普段の生活ではほとんど意識しないにも関わらず、私たちのあらゆる言動を支配している原動力です。
自己肯定感(自己肯定イメージ)も、普段の生活では意識しません。
しかし、Noが言えないのも、他人を優先するのも、相手の話をいつまでも聞かされて自分から終わりにできないのも、自己肯定感(の低さ)が関わっています。
▶自分に厳しい自己否定系
「自分を肯定するなんて甘えだ!」という空気が、支配的なように思います。
イチローが「気持ち悪い言葉」と指摘したのは、このイメージが多分に影響していたからでしょう(関連記事「『気持ち悪い言葉?』 イチローの記事を読んで自己肯定感は、本当に誤解されやすいと思い知る」)。
むしろ、自己否定感が高いほうが、自分に厳しく、好意的に捉えられた風潮。
しかし、自己否定のマイナスに、いくらプラスの経験を掛け合わせても、出てくる答えはマイナスなのでしたね。
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
