テニス上達メモ513.「プレーするのと指導するのとでは全く違うのだろうとは予想していた」byアンディ・マレー。そりゃそうでしょうよ!
▶打つは易し、教えるは難し──日本語の「が」と「は」みたいな話
いくら偉大なプレーヤー だからといって、コーチではないのです。
アンディ少年だって物心ついた子どものころからテニスができるようになって大人になっただけですから、「やる」ことはできても、「教える」ことはできないのです。
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なのに私たちは「やれる人=教えられる人」と、勘違いしがち。
たとえばあなたは日本人だからといって「が」と「は」の違いを、外国人に教えられるでしょうか?(外国人が日本語を話せるようになるためには、そんな文法=フォームなど、教える必要ないのですけれども……)。
※ちなみに発音は「マリー」が近い。
▶会話の相手はできても、教師ではない
外国人に日本語が話せるように導くとすれば、会話のパートナーを務めるくらい。
それはテニスでいう ヒッティングパートナーです。
その相手なら、マレー もできる。
だけど教えるとなると、話は別なのです。
それは、ノバク・ジョコビッチも同じこと(関連記事「ジョコビッチの言うことが必ずしも正しいわけではない」)。
プレーイングとコーチングとは、違うのです。
その理を悟っているのが、ロジャー・フェデラー なのかもしれません。
ですからイワン・リュビチッチが「彼は指導者のような何かしらの役職に就くことはないと思っている」というのにも頷けます。
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▶「テキトーに打てば入る」──それがプロのリアル
繰り返しになりますが、ヒッティングパートナーなら務められるけれど、それは教える立場ではない。
「名選手、必ずしも名指導者にあらず」です。
日本に限った話ではなく、プロテニスプレーヤーというのは、愛好家なら多くの人が知っている「グリップ名」すら、知らないのです。
それらの知識について熟知していて、意識的に使い分けられるから上手くプレーできるなどと思ったら、大間違い!
それが証拠に機会があったら錦織圭に「両手打ちバックハンドは、どんなグリップで握っている?」と、聞いてみてください。
「左手はセミ ウエスタンで、右手はフォアハンドイースタンくらいです」などという理屈っぽい 答えは、絶対出てこないのです。
「何となく」「考えたことない」というのが本音(関連記事「プロ級の上級者はフォームなど気にしていない!」)。
「テキトーに打てば入る」と答えるのが関の山というか、真理なのです(関連記事「『人は必ず死ぬ』は本当」)。
「ジャックナイフはどうやって打っているの?」と、尋ねてごらんなさい。
「空中で左足を後方へ蹴る反動を利用して、腕を前方へ振り出しているんです」などと、よく技術解説されているような話は、一切意識していないのです。
錦織本人は意識しないのに、参考にする愛好家が意識するのは、「しない・する」だから、真逆の取り組み。
イチローがフォームについて、「変えるのと変わるのは全然違う」と言ったのと同じですね(関連記事「『体が勝手に動いただけなので』」)。
フォームを意識する常識的なスボーツ指導の取り組みは、イチローの言葉を借りれば「全然違う」のです。
▶ 矯正されて、萎縮して、何が楽しい?
ジャックナイフに限りません。
「横を向く」「左手をボールに向ける」「上からサーキュラーでテイクバックする」など、スクールで教わるような内容を、プロは誰も意識していません。
いわんやテニスに限りません。
私たちは物心ついたころから体育の授業で「腕を振って足を上げて!」と教わるけれど、ウサイン・ボルトはそんなこと、意識していないのです。
意識すれば、動作はギクシャクし、走る喜びが失われるのが「スポイル」 なのです。
「ボールを打つ喜び」が感じられないとすれば、「横を向け」「ヒザを曲げろ」などのフォーム矯正で、体をがんじがらめにしているからなのです(関連記事「だからプレーは萎縮する」)。
そんなの全然楽しくない(=非集中)。
▶「いきなりアカデミック!?」。 プロが教えるときにやりがちな「後づけ」
なのに現役を引退して指導者になったプロたちは、こちらでいみじくもヤフーコメントが指摘した、「これぞアカデミック!」とばかりに、そういった「後づけ」を行うのです(関連記事「すべての技術的アドバイスは『後づけ』である(自分の宝の見つけ方)」)。
自分が現役の時には、そんなことを一切意識していなかったのに、です。
意識と感覚とは「トレードオフの相関」ですから、意識するとボールが見えなくなるのです。
それはテニス上達の「本質」を、手放すことになる。
何せボールが見えていなければ、ヤニック・シナーであろうと、カルロス・アルカラスであろうと、空振りします(視覚障害者によるブラインドテニスであれば、『チン、チチチ……』が“聴けて”いなければ当然空振りする)。
▶スポーツ指導の常識に騙されるな!運動音痴量産の罠
改めましてテニスは、本質を見極めてそれに集中すれば、難しいスポーツではありません。
運動神経は「必要ない」といったら語弊があるかもしれませんけれども、「テニスができる感覚」を身につければ、誰だってできるのです。
見た目の現象(=本質の対義語)にとらわれるから、自ら難しくしてしまっているだけなのです。
テニスの本質とは何?
テニスに限った話ではありません。
ですから本質に集中すれば、テニスをやれば王子様だし、野球をやらせれば エース、サッカーであれば ストライカー など、スポーツ万能なのですね(関連記事「テニスも野球もゴルフもサッカーも上手い人の『ある共通点』」)。
運動音痴 を量産し続ける「スポーツ指導の常識」に、騙されてしまいませんように。
▶ おまけ:コーチング未熟を素直に認めるアンディ・マレー。これが本物の自己肯定
マレーは、コーチングの未熟を自ら素直に認められるだけ、自己肯定感がハイレベル(関連記事「『本物の素直』と『偽物の素直』。テニス上達のためにどちらを選ぶ?」)。
彼の彼自身を思う大切さが(自分の中で)、損なわれるわけでも何でもありませらんからね。
自己肯定感が低いと、「いや、結果が出なかったのはノバクがダメだったからだ!」などと他者否定して、相対的にプライドを高めたくなりがちです。
私たちもうっかり、上手くいかないことがあると「あいつがダメだから」などと、評価を下してしまいがち。
そうすると、自身の自己肯定感が失墜する。
それは、「幸せな人生を送るための合理的な“逆”戦術」になってしまうのです(要言すれば、不幸ということです)。
気をつけたいものです。
即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
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テニスゼロ代表
吉田無型(よしだ・むけい)
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スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero