戦後国際秩序の大転換を始めた米国―FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、米大陸孤立主義の両備え―
ベネズエラ攻撃に続いて、米国はイラン攻撃を実施した。トランプ米大統領の個人的資質に原因を帰する見解もみられるが、米国の国家意志に基づくと考えるのが現実的であろう。米国は戦後国際秩序の大転換を始めたと考えるのが妥当ではないだろうか。FOIP、米大陸孤立主義のいずれにしても、中露欧を弱体化させることは米国の国益に適う。
独裁ランドパワー諸国としてのイラン
米国はイスラエルと共に2月28日から本格的なイラン攻撃を開始し、既にハメネイ師をはじめとする現イラン指導部の大半の殺害に成功した。「ハメネイ師の息子が跡を継いだ」、「体制内の強硬派が実権を握った」などの報道がなされているが、イラン攻撃の帰趨がどうなろうとも、1979年のホメイニ師らによるイラン革命以降と同様の権力体制継続は不可能となると推測される。ただし、イランが直ちに民主主義国家になる可能性は低いであろう。
流石の米国も、独裁政権を倒しただけで民主主義国家が誕生するという単純なストーリーを信じるのが愚かであることは、戦後の数多の経験から学んでいる。そもそも民主主義を世界に広めるという使命感は、いわゆるリベラル派やグローバリスト(この2者は往々にして重なる)が強く抱いていいた感覚ではないだろうか。市民革命が吹き荒れる前の欧州やいわゆる古き良きアメリカは、政治的リアリズムに基づいていたのではないだろうか。
いずれにせよ、今回のイラン攻撃はイスラエルやアラブ地域の軍事的脅威としてのイラン、独裁ランドパワーの一員としてのイランの力を削ぐことが第一目的であろう。イランは2023年にはSCO(上海協力機構)の正式加盟国となっている。本稿執筆時点でのSCOの正式加盟国は、中華人民共和国(以下、共産中国)、ロシア、インド、パキスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、イラン、ベラルーシである。インドのような民主主義国も名を連ねているが、大半はユーラシア大陸の独裁ランドパワーと見做される諸国で構成されている。
米国によるベネズエラ攻撃についても同様であるが、イラン攻撃と共に、共産中国の影響力やエネルギー政策などを削ぐ効果が生じている。また、両国ともウクライナ侵略を継続中のロシアを側面支援する存在でもあった。
本稿執筆時点でもイラン攻撃に関する戦況は刻々と変化している。短期取引等、短期的な動向が大きな意味を持つ立場の場合はそうした変化を追いかけるのが重要となるが、中長期的な影響を考える必要がある場合は、構造的背景や中長期の変動の方向性を見据えるのが肝要である。そうした中長期的あるいは構造変化的な視点の参考になる事が本稿の目的である。
なお、本稿で多用するランドパワー、シーパワー、世界島などの地政学の用語については、「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)の「地政学の用語解説」を参照願いたい。
一帯一路 vs. FOIP(自由で開かれたインド太平洋)
「地球を巡る二つのアジア発世界ビジョン」(2023年6月14日)でも述べたように、共産中国が提唱し始めた一帯一路構想は該当地域のインフラ整備を中心とした経済構想であるが、世界島における共産中国の勢力拡大のための聞き心地の良いビジョンと化している懸念がある。あるいは共産中国主導の下、独裁ランドパワー諸国の結束力を高める方策の一つといっても良いであろう。
一方、日本の故・安倍晋三元首相が提唱し、米国が採用し、他の先進民主主義諸国の多くが賛同しているFOIP(自由で開かれたインド太平洋)構想は、「①法の支配、航行の自由、自由貿易等の普及・定着、②経済的繁栄の追求、③平和と安定の確保」を三本柱としている(経済産業省ウエブサイト「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」より)。いわば、民主シーパワー諸国の求める国際秩序を表象している。さらに米国から見れば、「米国は孤立主義に回帰するのか―世界島と米大陸の地政学、日本の対応―」(2026年1月28日)で述べた「世界島による米大陸包囲」(同稿の図2参照)の太平洋側の脅威を、同盟国や同志国の力を活用して軽減させる構想でもある。つまり、米国にとって、民主シーパワー連合の一員として残るにしても、米大陸孤立主義を優先するにしても、FOIPは有効な戦略となり得る。
図:地政学的に見た世界地図と一帯一路、FOIPのおおよその範囲イメージ

出所:地政学に関する各種の書籍の記述及び各種報道をもとに筆者作成
一帯一路とFOIPは既に重なり合う部分があり、共産中国としては一帯一路構想をアフリカ大陸、南米大陸にも拡大していく野心を持って既にいくつかの地域では実践している。また、一帯一路は独裁ランドパワー諸国、FOIPは民主シーパワー諸国の価値観を色濃く反映しており、お互いに相容れ難い。
今年(2026年)に入ってからの米国によるベネズエラ、イランへの軍事攻撃は、共産中国がメインとなっている一帯一路構想を軍事的に外縁から切り崩していく行動と捉えることが可能である。既に2023年にイタリア、2025年にパナマが一帯一路構想から離脱を正式に表明しているが、両国にとって共産中国からのメリットが想定以上に少なかった事に加え、米国による政治的圧力も大きく影響していると考えられる。米国は政治的手段のみならず、軍事的手段も活用して一帯一路構想を切り崩し始めていると言えよう。
米国から見るとEUは「世界島による米大陸包囲」の一角
「米国は孤立主義に回帰するのか―世界島と米大陸の地政学、日本の対応―」(2026年1月28日)では、「世界島による米大陸包囲」は当時の共産主義勢力がメインの脅威と記述したが、米国からすればEUも「世界島による米大陸包囲」の一角をなす勢力と見做すこともできる。
第二次世界大戦で疲弊し米ソ2超大国の間で埋もれつつあった欧州の復権を目指して独仏中心に育て上げてきたのがEUであり、ドル基軸通貨体制に風穴を開けるべく導入されたのがユーロである。ソ連の脅威が消滅した冷戦終結後の米国から見れば、世界覇権を盤石なものにするためにはもちろんのこと、米大陸孤立主義に傾倒する場合でも、EUの存在は本音では邪魔者であろう。
1789年のフランス大革命以降、自由、平等、博愛の美名の下に世界を席巻したリベラル的全体主義を中庸に戻す動きが、世界的に勢いを増している。米国のトランプ政権、日本の高市早苗政権、欧州のいくつかの国での右派寄り政党への支持率上昇などはその表れであろう。
極左、極右はもちろんのこと、行き過ぎたポリティカルコレクトネス、LGBT運動、過剰な気候変動対策等は、全体主義の一種である。もちろん、基本的人権は将来にわたって推進していくべきであるが、基本的人権の範疇を超えた主張は再考する時である。
EUは欧州の復権を目指したものではあるが、その理念として自由、平等、博愛などのリベラル的主張を大義名分とした全体主義傾向を活用したものとも考えられる。トランプ米大統領のEUに対する冷淡さは、こうしたリベラル全体主義を葬り去るチャンスと見る政治的リアリズムからの反撃の表れでもあり、現時点での米国の国家意志とも通じると見るのが妥当と考える。米国は戦後国際秩序の大転換を企図し始めているのではないだろうか。
日本の対応方針
日本国内のオールドメディアは反高市政権的な色彩が濃い報道が多いため誤解されがちであるが、イラン攻撃等に関するやや米国寄りの高市政権の対応は、当面の方向として妥当と考える。ホルムズ海峡閉鎖は我が国にとって大変困った事態であるが、共産中国による台湾有事に伴う日本近海のシーレーン断絶及び沖縄周辺への軍事的侵略の可能性は日本の存立危機に直結する。我が国にとって当面の一番の脅威は共産中国の暴走である。
これらを未然に防止するためには、当面は米国との同盟は欠かせない。一方、欧州ではシーパワーが本質である英国は信用できるが、ランドパワーの本質を備えた独仏のEU中心国2か国はいつ共産中国側についても不思議はないと懸念している。我が国はこうした国際情勢を念頭に、当面は米国の要請を受け入れる態で防衛力をはじめとする安全保障能力を着々と増加させ、将来的には米国が味方ではなくても敵に回らない限り問題ない体制を築くよう努めるべきであろう。
なお、そのための必要方策や有望産業等については、「持続可能な投資へ」に掲載しているいくつかの拙稿を適時参照願いたい。
20260327 執筆 主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「高市政権の国家予算抜本改革への挑戦-予算編成歳時記の呪縛からの解放-」(2026年2月27日)
