独居=孤独ではないと知った #1
ひゃー。気がついたら、前回の投稿から1週間も経ってる。
いったん更新が止まったら、ボールが坂道を転げ落ちるかのように時間のスピードがどんどん上がっていく。1週間、10日、1か月・・・と、あっちゅーまに過ぎてしまうんだろな。毎日更新っていうのは、ボールが落ちないように坂道のてっぺんでギリギリのバランスを保ちながら耐えていること。なのかもしれない。
何か明るいことを書きたいなーと思うのだけど。やはりまだ父のことが頭の中の大半を占めているので、無理に抵抗せずに思うままを書いてみます。悲しい話になったら、ごめんなさいね。
母が亡くなってから3年もの間、父は一人で暮らしていました。
母の四十九日法要が終わったあと、一緒に住むことを提案しましたが乗り気ではなく。住み慣れた街、母と一緒に過ごした自宅から離れがたいのかもしれないと、わたしたちも無理強いすることはしませんでした。まだまだ元気だったしね。
とはいえ、遠く離れた場所での独居は心配でした。体調ももちろん心配だけど、「独りきり」というのが精神的にこたえるんじゃないかと思って。仕事はとうに辞めているし、デイサービス等の介護支援も受けたくなかったようで、何のコミュニティにも属していない。結局、最期も独りきりで旅立たせてしまったし、この3年間ずっと孤独を抱えながら生きてきたんじゃないか?って思うと、やるせなくてね。
けども、葬儀等でしばらく実家に滞在しているうちに、「あれ?意外と孤独ではなかったのかも」と思うようになりました。
父が浴槽で見つかった日。救急や警察の方が入れ替わり立ち替わりやってきてお騒がせしてしまったので、翌日お隣の奥さんにご挨拶に行きました。
この方も一人で住まわれていて、同じく一人暮らしの父のことを何かと気にかけてくださっていたんです。父が我が家に遊びに来たり、入院したりと長期で留守にする際にはいつも声をかけさせてもらってました。
奥さんに父がヒートショックで亡くなったことを告げると、「え・・・うそ・・・」と絶句。「うちの人もヒートショックやってん。え、ほんまに?うそやろ?なんで・・・」衝撃でした。奥さんお一人なのは知っていたけど、まさかご主人を同じ理由で亡くされていたとは。
そこから二人で一緒に泣きました。当時のことを思い出して奥さんもつらかっただろうに、わたしのことを励ましてくださってね。「お父さんね、『娘がしょっちゅう連絡くれる』って喜んではったよ。だからね、孤独死させてもうたとか、そんなん思ったらあかん。思わんでええのよ」
奥さんの言葉がなかったら、わたしはもっともっと自分を責めていたと思う。本当に救いの言葉でした。
父のことも、そうやって温かく見守っててくださったんだろうなって思ったら、すごくありがたかった。ご近所づきあいが希薄になってきているご時世だけども、高齢者同士寄り添いながら生活する環境があったんやなぁ。まったくの孤独ってわけでもなかったんかもしれん。と思ったら、またほんの少し救われた気分になったのでした。
長くなりそうなので、ここでいったん切ります。
続きは次回に。
▼続きを書きました
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