【前編】北村薫『水 本の小説』を読む~「〇」編
今回は北村薫『本 水の小説』についてネタバレありで話していきます。
先入観なしに読みたい方はブラウザバックをお願いいたします。
01.作者について
今回の本の作者は、北村薫。1949年生まれ。
主に推理小説を書いてきた作家ですが、文学にも造詣が深く、ミステリよりも文学に寄っている作品も少なくないです。
世代感覚をつかんでもらうために、±2年以内に生まれた中で有名な作家を挙げておきました。錚々そうそうたる面々ですね。
西暦準拠(学年は考慮しない)
2年先輩:荒俣宏、S・キング、北方謙三、沢木耕太郎、梶尾真治
1年先輩:連城三紀彦、赤川次郎、橋本治、島田荘司、笠井潔
同い年:村上春樹、黒川博行、菊池秀行
1年後輩:山田正紀、伊集院静、米原万里、井上夢人
2年後輩:高橋源一郎、夢枕獏、桐野夏生、浅田次郎
デビュー作とおおざっぱな受賞歴は以下の通り。
1989年に『空飛ぶ馬』でデビュー。2009年に『鷲と雪』で直木賞受賞。2023年に本作で泉鏡花文学賞受賞。他にもミステリーに関する賞を数多く受賞しています。
02.作品の構成
この作品は7つの短編小説から成り立っています。
「手」「〇」「糸」「湯」「ゴ」「札」「水」の7作です。
「手」に関しては前回解説しました。ぜひこちらからご覧ください👇
今回は「〇」を解説していこうと思います!
03.岸田今日子の「〇」
この短編は子ども時代の岸田今日子(1930-2006)のエピソードで幕を閉じます。
当時の岸田は不登校だったそうで、一度も学校に通えないまま夏休みに突入してしまったために、宿題も絵日記も白紙でした。新学期の初日、母親がなんとか励まして岸田を学校に行かせたのですが、さて問題は提出物のこと。岸田は白紙の絵日記をそのまま先生に提出しました。
先生の反応はこうでした。
「楽しいことがたくさんあり過ぎて、宿題をする暇がなかったのかな」
先生は今日子ちゃんに笑いかけ、白紙の絵日記に大きな〇を書いてくれたそうです。感激した今日子ちゃんは先生と学校が好きになり、それ以来、不登校をやめたそうです。
この一件以来、岸田は学校に行けるようになったそうです。なんて生徒想いの気の利く先生なんでしょう!
女優になった岸田が恩師と再会したとき、この話をしたのだそうです。するとこんな反応が返ってきました。
真っ先に今日子ちゃんはお礼を言ったの。しばらくキョトンとされていた先生は、やっと事情を理解して、
「あれは〇じゃないよ。零点という意味…」
と。そこで二人は大笑いしたそうです。
岸田の解釈は字義どおりにいえば間違いなく誤読でした。でも、誤読が活路を与えてくれることもある。今回の短編はそのことが鍵となっています。
……それを踏まえて、ここからは橋本治と小林信彦の話をしていきましょう。ここからが本番です!
04.橋本治と小林信彦
北村は、橋本治の『デビッド100コラム』というエッセイ集の中にある「小林信彦はどうして難解か」という章について触れます。
小林信彦(1932-)というと皮肉めいたユーモアで一世を風靡した小説家で、老練の読書家の方が面白い作家としてしばしば言及しているイメージがあります。でも、若い人は読んでいない。……と、こんなことをのたまう自分も恥ずかしながら未読です。
一方、橋本治(1948-2019)はというと『桃尻娘』や少女漫画論でヒットした作家で、当時の女子学生の心情というものを精細に捉えているような作品を出してきたイメージがあります。
「チンチロリン、サックサク。」
話を戻しましょう。橋本の『デビッド100コラム』にある「小林信彦はどうして難解か」という章の話でした。
北村によると、その章は〈橋本がレコード屋に寄った折、宮城まり子(1927-2020)の『ガード下の靴みがき――宮城まり子全曲集』というレコードを見つけ、それを買った〉ところから始まるのだそうです。しばらく経ったのちに、今度は小林信彦の『悪魔の下回り』という小説のある箇所を読んで、天啓を得ます。
その箇所がこちらなんだそう。孫引きになりますがご容赦ください。
一太郎さんの水割りの氷がグラスに触れる音がチンチロリン、ひとり娘がセロリを齧る音がサックサク。チンチロリン、サックサク。ほれ、チンチロリンのサークサク!
で、橋本は〈この「チンチロリン、サックサク。」は、三木鶏郎(1914-1994)作詞・作曲の『チンチロリン・サンバ』の替え歌なのだ!〉と、ひらめいたのだそう。以下、橋本の文章を引用します。
私はこの歌を知っているのである。知って、歌っているのである。現在形がどうしててかといえば、これが『宮城まり子全曲集』に入っているからである。
なんとこれは、エノケン〔引用者注:榎本健一(1904-1970)という俳優・歌手・コメディアンのこと〕と宮城まり子のデュエットである!〔…〕、これはもう、夢の顔合わせである。
〔……〕
こんなこと言ったって、聞いたことのない人にはさっぱり分からないだろうが、小林信彦氏の“難解”とはそういうものなのである。
〔…〕はフレーズ・文単位での、〔……〕は段落単位での中略を示す。
そこから小林の難解さに対して、橋本は以下の引用のような一般論を引き出します。
小林信彦氏ほど、読むに際して膨大な教養を必要とする作家はいない筈である。そしてその膨大さが並のものではないというのは、この人が、その膨大な教養を一人で作ってしまったからである。
勿論教養などというものは、一人で作れる訳のものではない。だがしかし、教養というものは(誰かが)なんらかの形で、“教養としての認知”というのをしない限り、永遠に教養とはならないものなのである。『チンチロリン・サンバ』や“三木鶏郎”が教養になってしまうということは、だから、小林信彦氏が遠慮会釈もなく、しかもさり気なく平気で使ってしまうという、そのことによってである。だからして、小林信彦氏の中で、そういうことは膨大に存在するのである。
いや、これは『たらちね』が元ネタでしょ?
なるほど! 小林信彦の難解さというのは、当時流行していた歌謡曲などを取り込んで、しれっと使ってしまうところにあるのですね! と私なら頷いてしまいそうですが、北村はそこに異議を唱えます。〈いや、これは落語の『たらちね』の話でしょう?〉と。橋本治に斬り込んでいく北村の文章がすごくスリリングなので、ここはそのまま引用してみたいと思います。
日本の古典に通じている橋本治です。それは今更いうまでもない。あれを、これを、と例をあげるまでもない。
その橋本が、古典以前の一般的娯楽を――落語を知らないのか、と驚いてしまいます。
《うちに ヨメさん 来るそうな》で《ザークザクのバーリバリ チンチロリン》とくれば、これはもう『寿限無』などと並んで最もポピュラーな落語『たらちね』ですね。
もちろん、単に『たらちね』の方がポピュラーだからそう断じているというわけではありません。〈小林の『悪魔の下回り』という小説全体が、そもそも落語を意識しているはずだ〉ということを北村は指摘しています。
悪魔に魂を売り渡すところから始まる、作品全体の構成は、ゲーテの『ファウスト』であると同時に、落語の『死神』によっています。
本文はといえば、ぱらぱらめくっただけでも《私はヤソ教の話は、どうも、ぴんとこない。うちは、浄土真宗だからね》《片隅のソファでつねつねなんぞして、ああた!》《――あな、あな、あなた》《総体、檜づくりの十二畳の和室。畳は備後の五分べり、左右の壁は砂ずりで、佐兵衛の嬶はひきずり、ときた。その結構さたるや、おそれ入谷の金の鯱、べけんや、であった》《因果と丈夫なのだ》《『三遊亭円丈にはルイス・キャロルが影響をあたえている』とか、『月の家円鏡が落ちを先に喋ってしまうのは、ジョン・バースの最新作を意識してだろう』とか》《もとは犬でございます》《『よっ、色男! 女殺し! 乙にかまえて、にくいよ』》。
これでもまだページの半分くらいです。落語国の言葉が、そこからもここからも溢れてくるのです。
長くなってしまうので、これらの元ネタを探すのは06パートで。
誤読は活路を与えてくれることもある
北村は橋本の間違いを指摘するわけですが、一方で「チンチロリン・サンバ」を持ち出たうえで、なおも小林信彦の難解さの起源を言い当てるということは、橋本にしかできない芸当であるという風に称賛もしています。まさに「〇」の核心となる部分、「誤読が活路を与えてくれることもある」という話になっていきます。
――第一章の最後は、三木鶏郎だ。
といわれたら、一番驚くのは小林信彦本人でしょう。『たらちね』ではないはずがない。正しいかどうかといえば、橋本治は、この点では間違っている。
しかし、お待ちください。面白いのは、ここから先です。
東海道を通っても中山道を選んでも京都には行けるのです。「小林信彦はどうして難解か」の結論は、見事な正解になっています。橋本は、京都についている。
北村が橋本に渡した、大きな「〇」です。
……というところで、記事の前編(あらすじ解説編)が終わりました。おつかれさまでした。後編では「〇」の感想を自由に語っていきたいと思います。
以下は、以前に書いた記事に関する与太話と、落語の元ネタ探しの話になります。後編を読むにあたって、ご覧にならずとも大丈夫です!
05.与太話
5月22日、河出書房新社より橋本治の遺作となる小説集『輝ける星の下に』が発売されるようです。(というか既に発売されているのではないかと思います。)以下はその紹介記事です。
そこでは、このようなことを書きました。
また、橋本治と落語という取り合わせだと、北村薫(1949-)の『水 本の小説』の「〇」という短編に、〈小林信彦(1932ー)の小説について論じた橋本のエッセイについて、橋本が見落としていた点=落語について語り手≒北村が種明かししつつも、それでもなお橋本の読解がすぐれているということを語り手≒北村が指摘する〉というくだりがあり、それを思い出します。
語り手≒北村は橋本と小林のどの作品のどんな箇所を引用したのか? 橋本は小林信彦についてどのように論じていたのか? 橋本が見落としていた噺とは何か? それらも『水 本の小説』という作品の魅力に直結している部分だと思うので、ここでは伏せておきます。
今までの話がその種明かしだった、というわけですね。本作の語り手と北村(薫)は厳密には違うものとして考えた方がよいのかもしれませんが、この記事では「北村」としてしまいました。
06.元ネタ求めて三千里
私にとって、歌舞伎もそうですが、落語も未知のもの。『寿限無』や『死神』の内容を多少知っているくらいで、ちゃんと聞き通した演目もなければ、寄席に行ったことすらありません。
引用文中の《》で括られた部分について、噺の音声を聞いたうえで確認すべきなのですが、Webで調べた結果を箇条書きにして示しておこうと思います。(情けない話ではありますが……。)
私はヤソ教の話は、どうも、ぴんとこない。うちは、浄土真宗だからね:益田太郎冠者の新作落語『宗論』という演目から来ていると思われます。『宗論』は浄土真宗の父親とヤソ教(キリスト教)に改宗した息子という構図の噺みたいですね。
片隅のソファでつねつねなんぞして、ああた!:軽く調査したうえでの推測になりますが、性的な場所をいじることを「つねつねする」と言うみたいですね。基本的に女性が男性を「つねつねする」というくだりがよく出てきました。(ひとりの場合でも「つねつねする」って言うのかしら?)
用例としては『野ざらし』に「つねつねしちゃう」という台詞があるのだそう。あとは『酢豆腐』。――あな、あな、あなた:三代目三遊亭圓歌(1932-2017)の創作落語『授業中(山のあなた)』が元ネタだと思います。カール・ブッセ(1872-1918)の詩「山のあなた」を生徒に音読させる場面があるようなのですが、そこで吃音と思しき生徒が「山のあな、あな」と読むところがあり、それが由来になってるのでしょう。たぶん。
総体、檜づくりの十二畳の和室。畳は備後の五分べり、左右の壁は砂ずりで、佐兵衛の嬶はひきずり、ときた。その結構さたるや、おそれ入谷の金の鯱、べけんや、であった:『牛ほめ』が元みたいです。与太郎という頭の良くない男が兄貴の新築を褒め称えようとするのですが、頓珍漢なことを言ってしまう、というのがこの噺の面白いところのようで、その口上が前半の元ネタにあたるのだそうです。
後半に関してはわからなかったのですが、「付け足し言葉」の、「恐れ入谷の鬼子母神」と「大あり(尾張)名古屋の金のしゃちほこ」を組み合わせたものではないかと思われます。因果と丈夫なのだ:元ネタは『寝床』。「因果と丈夫」というフレーズがそのまま出てきます。
『三遊亭円丈にはルイス・キャロルが影響をあたえている』とか、『月の家円鏡が落ちを先に喋ってしまうのは、ジョン・バースの最新作を意識してだろう』とか:初代三遊亭円丈(1944-2021)と六代目月の家円鏡(1945-)の両名とも実験的な落語を創作していたようで、その喩えとしてルイス・キャロル(1832-1898)やジョン・バース(1930-2024)が出されているのだと思われます。
もとは犬でございます:元ネタは『元犬』でしょう。
『よっ、色男! 女殺し! 乙にかまえて、にくいよ』:これに関しては元ネタがわかりませんでした……。「女殺し」はオム・ファタールと同義。落語でよく用いられる掛け声なのだろうと考えています。
※この記事は落語の解説記事ではないため、解説は「落語のあらすじ事典 Web千字寄席」をご覧ください。(各演目のリンクは基本的にこのサイトへ飛びます。一部はwikipediaに飛びます。)
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