今日は桜が咲くより前の冷たい雨の日に、ある男の子と出会ったお話です。
とある日の実家手伝いの途中、私の車で母の買い物や雑用をかたづけた帰り道の出来事でした。
「あぶないっ!!」
道路にとびだしてきた男の子に気がついて私は、急ブレーキをふみました。
幼稚園児に見えるその子もおどろいて動きを止め、車が停車したのをみて目の前を駆けてとおりすぎようとします。
信号が赤なのでウロウロ足ぶみしている男の子。
「え? 手に持っているの、家電(いえでん)の子機じゃない?」
「(この冷たい雨のなか)カサ持ってないのね?」
助手席の母と同時にちがうことを口走りつつ、わたしはあわてて車の窓をあけました。
なにか、ヘン。
「どうしたの?」
「ボク、だいじょうぶ?」
口々に話しかけると、男の子はオズオズと近づいてきました。
だれか大人がうしろから歩いてくるかと見てみます。
誰もいません。
全く知らないその男の子の目に、涙がぐぅんともりあがって・・・。
「あのね、ボクのお家にだれもいないの。それでさみしくて泣いていたの」
!! なんてこった!
男の子の家は、ここから目と鼻の先らしいのです。
そして、これからどこに行くのかもわかっていない様子で。
「お母さん、ちょっと子のこと一緒にいてくれる? 私、車を置いてきてすぐ追いかけるから」
私は助手席の母にたのみました。
「そうね、そうしよう」
母が速攻で車をおり、男の子に
「お家に帰っていようか? 雨、降ってるしね」
と話しかけると男の子は少しほっとした表情になりました。
2人がいっしょに歩き始めるのをみとどけて、私は実家に(もう100mくらいの場所でしたから)車を停め母が車をおりた場所に急いでもどりました。
男の子と母が向かった住宅街の道をさらに歩いていくと、そのまた100mほど先で2人が手をふっています。
母が自分のダウンコートの前をあけ、男の子を包むようにして立っていました。
私はスピードを上げて合流し、3人で男の子の家に到着。
家の中に向かって声をかけましたが、誰も、いません。
「ママはね、お兄ちゃんをサッカーの練習に連れてったの」
彼は4歳。
名前は「のりくん」。
この家には「おとうちゃんとママとお兄ちゃん」とで住んでいると問わず語りに話してくれました。
「しまじ〇〇のテレビ見てて~、終わったらだれもいなかったの」
「のりくん」はテレビだかビデオだかが終わり、
ふと気づいたら家にひとりぽっち。
さみしくなって泣いて、ママに電話してみたけれど通じなくて、
それから電話の子機をにぎったまま家のまわりをぐるぐる走って、
誰もいなくて。
それで車道の方に走ってきた、ということのようでした。
まだ少し舌足らずな彼の話を聞きながら、母と二人で玄関先に置いてあった毛糸の帽子をかぶせ、ジャケットはなかったのでベストやマフラーをつけさせます。

「道で会った時はブルブルふるえていたのよ、この子」と母。
でも、かってにクツをぬいで家に上がりこみジャケットを探すのははばかられました。
家にたったひとりで置いていくか? 4歳児?
それがわたしたちの最初の疑問でした。
もしかしたら、この家はいつもそうなのかもしれない。
ビデオがあれば彼は大人しくママの帰りを待っているのか?
大きな家にひとりの4歳児。なにをするかわからないじゃない?
「のりくん」はたいそうかわいらしく、お話し上手で、
新幹線のドクターイエローのことやなんちゃらモンスターのことを
ずっと話してくれます。
その様子がかわいくて、寒い中、彼の家の玄関とびらを半分あけて、
彼と母はタタキに座りわたしは立ったまま、30分が過ぎました。
寒いし……。そろそろ限界。
これは最寄りの交番所に電話だな、とわたしは携帯電話で検索を始めました。
いくらなんでも、4歳児がひとりで家にいるんだぞ。
送って帰ってくるのに30分以上はかけないだろう。
こちらだってわざわざことを荒立てたくはないけれど、
見も知らない家にこれ以上長くはいられない、いたくない。
公的なだれかに「のりくん」を引き渡したほうがいいのではないか?
私たちにはそう思えてきました。
そうしているうちに40分が過ぎようとしていました。
こちらの雰囲気を察したのか、「のりくん」のおしゃべりは拍車がかかって、止まらなくなってきます。
幼稚園ではなく保育園に通っていること。
今日は、おとうちゃんは仕事に行っていること。
マフラーはタンジロウと同じ(がら)で、タンジロウは「水の呼吸」をするということ。
まるで、私たちが立ち去るのを引き止めたいかのように、止まらない。
でも、寒すぎるし。いよいよ限界。
というタイミングで、帰ってきましたよ。
ママの車。
お兄ちゃんが元気に車から飛び出してきます。
「おにいちゃんサッカーの練習をしてきたの?」
とわたしがたずねると、上気したほほをした小学生のお兄ちゃんは元気よく
「うん!」
と答えます。
うーむ、送って行って練習が終わってから帰ってきたのだ、このママは。
お兄ちゃんとママによると、今日「のりくん」はサッカーについていかない、とゴネたらしい。
そのあたりのことは、わたしたちには知ったことではないポイントで。
「のりくん」といっしょに知らない人が2人も家の玄関にいるので、
ママはびっくりぎょうてんしつつも恐縮していました。
かいつまんで状況を説明して、名前も住所も明かさず母とわたしはさっさと帰宅します。
とびらを半分あけた玄関は寒くて寒くて、一刻も早く実家で暖まりたかったのです。
ここが日本だったから。
男の子とぶつかりそうになった車がおせっかいな女性2人組だったから。
「のりくん」の家が面識はないとはいえ、とてもご近所でよく知ったあたりだったから。
だから、これで終わったけれど。
海外なら、アウト、だろうな。
メキシコなら、永遠にさよなら、だ。
イタリアもおなじく。
アメリカだってわからない。
子どもの誘拐が日常茶飯事の国は意外と多いです。
どの国も、常に大人同伴でないと子どもは危険にさらされている、
と思ったほうがいい。
子どもだけで外遊び、は、よほどの環境でなければあり得ないし。
どんな嗜好の人が人気(ひとけ)のない町をうろうろしているか、
わからないし。
家にひとりおいてきぼりの男の子と出会って、私は、日本がとても安全な国なのだということを再認識しました。
それでも、子どもがひとりで町をふらふらしていたら、
日本であっても、やはりなにが起こるかわからないじゃない?
飛びたした瞬間にわたしの車があの子をヒットしていたら?
迷子になってどんどん遠くに行ってしまったら?
自分たちがしたことを善行だとか、「のりくん」を守っただとか、言いたいわけでは全くありません。
たまたま、わたしたちのようなおばあちゃんとおばちゃん2人組が、たまたま涙目の「のりくん」にあの瞬間出会わなければ、彼は……?
今は「のりくん」のママが、その日、自分の子どもに対してどういうことをしたのか、気づいてくれることを祈っています。
どうか、いまごろママが背筋の寒くなる思いをしていてくれますように。
おせっかいおばちゃんたちのことは気にしなくていいのよ。
私たちには、あとで思い出しては楽しい気持ちにしてくれる、かわいすぎる「のりくん」のおしゃべりが、ごほうびなんだから。

今日も最後までお付き合いいただきありがとう🌻。
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