喪失と向き合う 空っぽの気持ちのリアル
父を見送った年は、私の人生で一番の暴風雨の1年でした。
その一年で暴風雨は終わりませんでした。
私は、娘や姪の出産という光にエネルギーをもらいながら、
なんとかしのいでいきました。
しのいだ、と思った矢先に、またさらに大きな喪失感と向き合うことになるとは……。
孫の誕生という光
2024年12月、妹が調子がどんどん悪化する中、姪(2022年に式を挙げた妹の娘)が赤ちゃんを産みました。
私は妹から頼まれて再度上京し妹宅に滞在しました。
姪の入退院や身の回りの世話で奔走した2週間。
新しい命の産声が響く、静かで幸せなひとときでした。
妹の病状を案じつつも、家の中には新しい家族を迎えた喜びがあふれていました。
赤ちゃんの寝顔を囲み、みんなが笑っていたあの時間。
あまりにも優しく、希望に満ちた時間。
私もただただ前向きに、妹の回復を願い、新米ママ(姪)の応援団長をつとめていました。
まさか、あの幸せな時間が、妹と一緒に過ごせる最後の日々になるなんて…。
運命の残酷さに気づくには、あまりに満ち足りた時間でした。

2025年1月 …そして、妹を見送る
妹がなくなったのは、2025年、年の初め。
そのタイミングがまた...。
私の2人目の孫の1歳のお祝いをした週末だったのです。
孫のお祝いはとっても楽しいじかんでした。
お祝いの主役である1歳児の笑顔や、
2歳半になった上の孫のおしゃべりに癒され、エネルギーをもらいました。
もともとお祝いに関東に行くつもりにはしていました。
でも、まさか妹がそのタイミングでさらに悪くなるとは、
微塵も思っていなかった。
お祝いの翌日、関西に帰る前にもう一度妹を見舞って帰ろうと、JRに揺られていた最中に義弟から訃報がとどいただのです。
「え?私、今からその子に会いに行くんだけど??」なんていう
まぬけな問いが頭をグルグルして、現実について行けず…。
周囲の人は驚いたでしょうが、公共の場であんなに泣いたのは人生初でした。マスクをしていて良かった…。
ブレーキの壊れた車が真っ暗な坂道を突き進むように、病魔は私たちの願いを置き去りにして、猛スピードで妹を連れ去っていきました。
お祝いの余韻と、別れの衝撃。
あまりの落差に、私の心は今もあの車窓の青空に何か大切なものを忘れ物てきたような心地がしています。

一生懸命生きる
すい臓ガンの手術後、妹の執刀医はこう言いました。
「手術で悪いものを取ったんだから、あなたはもう病人じゃないよ」
それは、
——余命があっても、少ししかなくても——
「とにかく一生懸命生きなさいね」
という意味だったのかな、と今になってしみじみ感じています。
妹を失った頃は、
「あの医師が、もっとあれこれ気をつけて過ごすように言ってくれたら、
妹はもっと、もっと…」と何度思ったことでしょう。
でも執刀医は、そこは全く言及しませんでした。
「(だからといって)やりたいこともせず、
病気のことばかりを考えて暮らしてはいけないよ」
そんな深いご配慮だったのかな、と。
私が、こんなふうに感じるようになれたのは、本当に最近で、
このまでくるのに1年以上かかっています。
実は、妹の闘病中、私は
「あの子は、治るからさ」というようなことしか口にしませんでした。
「なんでしずちゃんはそんなにポジティブなの?」と、
姪っ子たちに言われるぐらい。
それは、私自身が、ヒプノセラピーで意識の成り立ちを学び、
レイキのパワーがあれば遠隔でも人に癒しを送ることができる、ということを実体験していたから。
人の言葉が現実を作ることを目の当たりにしてきたから。
それに加えて、ここ数年は、自分の意識の使い方が人の健康状態に直結していることを学んだから。
自分で自分の意識をマネージメントすることが、人生を明るくしたり暗くしたりするという真実を確信をもって学んでいたからなのです。
明るい方を向いて生きる
明るい方へ意識を向けて暮らすのと、
「あ、もうダメかもしれない」と思って暮らすのでは、
生活のトーンが正反対です。
「これは○○のせいだ」とか、
「あの人が○○だから」
「だから私は○○で仕方がないのよ」
というような考え方をしているよりも、
「だいじょうぶ!何とかなる」
と言い続けて暮らす方が、何倍も楽しく生きていける。
たくさんの学びの過程のでそう考えるようになったのは、大きな恩恵だと思っています。

「悲しませるために亡くなったわけではない」という気づき
父が亡くなった時——。
ほぼ話が通じないくらいの認知症で、熱が上がったり下がったりしていました。
そのような状況下で、92歳の父の死に対して「心構え」ができていたか?と問われると、答は「NO」です。
それは、妹の時ほどではなかったにせよ、やはり突然でした。
そして、ショックがおさまってくると、
「父は病院で亡くなって幸せだったのか?」
「本当に、どこに寝ているのかさえ分かっていなかったのか?」
「自分は十分に父を看たのか?」
そんな問いがあふれるように降ってきます。
誰にも相談することができない、答えてくれる人のいない問いでした。
ただ、誰にも話せず、ひそかに自問自答しながら過ごしていくうちに、私は、もどらなくてはいけない現実に巻き込まれて行きました。
朝になるとお日様がのぼり、一日が始まります。
「生活」という現実です。
そう、人は生きて行くから。
だから前を向かないわけにはいかない。
急がなくてもいいけれど、今晩食べるご飯は炊いておかなければいけない。

日常の中にあった再生のきっかけ
そういう「日常」をすごすうちに、ゆっくりとショック状態が和らいできました。
ある朝のお日様の光が温かいと、気づいたこと。
夫が淹れてくれたコーヒーの香りに、思わず笑顔になったこと。
とても小さな心の動きが、まるで凍っていたような私の気持ちをゆっくりゆっくりとかしてくれたのです。
アレコレ煩雑な生活を回していくうちに、
心の中にある
「大切な人がもう、自分が生きているこの世に存在しない」
という悲しみ・喪失感・空白が、少しずつ少しずつ色をかえていきました。
「この世には存在しない」けれども
「わたしの中には存在している」と、ある日認められた。
そして、「大切な人たち」は、私が悲しみにくれ、涙を流し、他の何に対しても無気力で時間をすごしていることを望んではいない、と気づけた。
そんな遅々とした「大切な人を失った喪失感からの再生」の物語を
今、まさに必要としている人に届けたくて、Kindle本を書いています。
本が出来上がったら、またお知らせしますね。
追記:
Kindle本『介護が終わって何も感じないあなたへ
凍った心をとかし温め直す朝の3分習慣』
2026年6月24日発売となりました。
◆出版イベントは終了いたしました◆
興味を持っていただき感謝です✨



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