前方後円墳の形状は「逆遠近効果」のためだったのか?――古墳に上って感じる不思議な視覚効果
保渡田八幡塚古墳で感じた奇妙な感覚
群馬県にある保渡田八幡塚古墳は、墳丘の長さが96メートル。
日本最大級という規模ではありませんが、非常に丁寧に復元されており、古墳時代の姿をよく伝えている前方後円墳です。
後円部の頂上に立ち、何気なく前方部を眺めていた時、奇妙な感覚に襲われました。
前方部が遠ざかって見えないのです。
後円部から前方部先端までは70メートル近い距離があります。普通なら、遠近法によって幅が狭くなっていくように見えるはずです。
線路や道路が遠くで一点に収束していくように見えるのと同じです。
ところが私の目には、前方部が一本の真っ直ぐな道のように見えました。
左右のラインが、ほとんど収束していないように感じられたのです。

その時は「面白い錯覚だな」くらいにしか思いませんでしたが、これが始まりでした。
五色塚古墳で確信に変わった
その後も各地の前方後円墳を訪れました。
ところが同じ感覚を味わうことはなかなかできません。
理由は単純です。
多くの古墳は樹木に覆われており、本来の輪郭が見えません。
また長い年月の間に変形して、築造当時の形をそのまま残している例は多くありません。
そんな中で訪れたのが兵庫県の五色塚古墳。
墳丘長約194メートル。葺石や埴輪列まで含めて非常に美しく復元されており、当時の姿を体感できる数少ない巨大前方後円墳です。
期待を胸に後円部に登り、前方部を眺めました。やはり感じたのです。
保渡田八幡塚古墳で感じたあの感覚を。
前方部が一本の巨大な道のように見えます。
その先には瀬戸内海と淡路島が見えます。
まるで、前方部そのものが淡路島へ向かって延びているかのようでした。
さらに印象的なのは前方部の角度です。
前方部は先端に向かって上昇しています。
そのため、単なる道というよりも、空へ続く道のように見えるのです。

遠近法による収縮が打ち消されています。
なぜ前方部は先細りしないのか
遠近法で、遠くのものは小さく見えます。
円墳から方墳の先を見れば、小さく見えるはずです。
しかし、前方後円墳ではそうなりません。
なぜこのように見えるのでしょうか。
答えは単純でした。
前方部は長方形ではなく台形だからです。
円墳から見れば、距離が離れるほど方墳の幅が広がっていきます。
つまり、台形による幅の拡大が、遠近法による収縮の影響を打ち消しているのです。
その結果、前方部が先細りせず、まっすぐ伸びていると感じられるのではないでしょうか。
私はこの現象を勝手に「前方後円墳の逆遠近効果」と呼んでいます。
もちろん専門用語ではありません。
しかし、少なくとも私にはそう表現するのが一番しっくりきました。
他の古墳でも確認
五色塚古墳で確信を得るまでに、この感覚が本当に存在するのか確かめるべく、他の古墳でも観察を続けました。
埼玉の稲荷山古墳、大阪のしおんじ山古墳、宮崎の西都原古墳群。
さまざまな場所で後円部から前方部を眺めてみましたが、結果は必ずしも同じではありませんでした。
稲荷山古墳では、なんとなく似た印象はありましたが、頂上付近に草木がある上に、形状が今ひとつ綺麗に再現されていません。

しおんじ山古墳は形状の復元状態が良好でしたが、片側が樹木に覆われていて、全体像を把握するのが難しい。

また、小型の古墳ではそもそも遠近法の効果が弱く、「逆遠近効果」を感じるには至りませんでした。
私の印象では、墳丘長が100メートル程度を超えて、なおかつ復元状態が良好な古墳でないと、この効果は実感しにくいようです。
その意味では、保渡田八幡塚古墳や五色塚古墳は極めて貴重な存在と言えるでしょう。
前方後円墳の形は時代とともに変化した
ここで前方後円墳の歴史を振り返ってみます。
前方後円墳は最初から現在よく知られている形だったわけではありません。
その起源は周溝墓に求められています。
堀に囲まれた円形の墓があり、そこに渡るための陸橋状の部分があった。
その陸橋部分が発展して前方部になったと考えられています。
そして、初期の前方後円墳を見ると、後円部が圧倒的に大きく、前方部は小さな付属施設のような存在です。
ところが時代が進むにつれて、前方部はどんどん巨大化し、箸墓古墳の頃になると前方部と後円部の比率はかなり接近します。
さらに中期以降は前方部がますます発達し、
後期には長さが後円部分を上回るだけでなく、高さが後円部を上回る例まで現れます。

前方後円墳の完成時には陸橋部分は方墳として拡大
更に時がたつと、方墳部分はより豪華で高くなる
前方部巨大化の理由は何だったのか
なぜ古代人は、そこまで前方部を発達させたのでしょうか。一般には祭祀空間の拡大が理由として説明されます。
実際、前方部では様々な祭祀が行われていたと考えられています。
しかし私は、それだけでは説明しきれないようにも感じています。
もし古代の設計者たちが後円部からの眺めを意識していたとしたらどうでしょう。
巨大古墳を築いた人々は、完成後に後円部へ登り、前方部を見たはずです。
その時、
「もっと壮大に見せたい」
「もっと遠くまで続いているように見せたい」
「もっと神聖な道のように見せたい」
そう考えた可能性はないでしょうか。
その結果として、前方部はより広く、より長く、より高くなっていった。
私はそんな可能性を考えています。
前方後円墳の形状は逆遠近法効果のためだった
もちろん、これは私個人の仮説にすぎません。
考古学的な証明があるわけではありません。
しかし、保渡田八幡塚古墳や五色塚古墳で感じた視覚体験は、非常に印象的でした。
前方後円墳を上空から見ると、私たちは鍵穴形ばかりに注目します。
しかし古代人はドローンも航空写真も持っていません。
彼らが見ていたのは、地上からの景色です。
そして後円部の頂上から見た前方部は、私たちが想像する以上に壮大で、神秘的なものだったのかもしれません。
私は今のところ、
「前方後円墳の前方部は、遠近法による収縮を打ち消す方向へ発達したのではないか」
という仮説を持っています。
もしそうであるならば、前方後円墳は、古代人が視覚効果を利用して作り上げた、巨大な芸術だった可能性があります。
現時点では証拠は十分ではありません。
私自身、まだ観察した古墳は限られています。
しかし、保渡田八幡塚古墳、五色塚古墳、そして各地の前方後円墳の後円部に立つたびに、私はどうしても同じことを考えてしまうのです。
「古代の設計者たちは、この景色を見ていたのではないか」と。
もしこの記事を読まれた方の中に、同じように感じた経験のある方がいらっしゃれば、ぜひ感想を教えていただきたいと思います。
また、「ここは「逆遠近効果」の観察に適う」という古墳があれば、是非に教えてください。
2026年6月22日 追記
以下の記事が参考になりましたので、作者のタンジマートさんの承諾を得て、ご紹介させて頂きます。
その後のやりとりで、「逆遠近効果」の確認に使えそうな古墳も教えて頂きました。
古墳好きな方で、「これは使えるかも」という前方後円墳がありましたら、是非にご教示ください。
古墳に関する考察は、以下も是非ご覧ください。
歴史関係のシリーズは以下をご覧ください👇
