構造思考OS|Vol.5 思考の技術 ―現実と思考のズレ
前章では、思考の基本動作について整理してきました。しかし、それらを技術として使うには、現実の中でうまく機能させることが要件となります。
本章では、そうした実践を見据えて、思考と現実の関係から出発し、構造思考OSとも呼ぶべき、汎用的な思考技術について掘り下げていきます。
本noteでは、思考と現実の関係から、思考と現実のずれについて考察し、どうそれを乗り越えていくのか考えていきたいと思います。
パート1|思考と現実のズレ
そもそも私たちの思考と現実は、どのようにつながっているのでしょうか。
私たちはふだん、自分の目に映っているもの、理解していることが、
「世界のすべて」だと思い込んでしまいがちです。
けれど実際には、私たちが扱っているのは“現実そのもの”ではなく、“それをどう認識しているか”にすぎません。
哲学者カントは、この点について次のように述べています。
「我々は、物自体(Ding an sich)を知ることはできない。
知るのは、我々の感覚と認識によって構成された“現象”である。」
つまり私たちは、「現実そのもの」ではなく、
“認知によって構成された現象”をもとに思考しているということになります。
この視点から見ると、私たちは”認知という平面”を通して“現実という球体”を見ているとも言えるでしょう。
現実は、球体のように多面的で、奥行きや裏側があります。
しかし私たちの思考は、そのうちの一断面──ある角度・ある条件で切り出された“平面”──でしかありません。
さらに言えば、人によって“見ている場所”も、“通している平面(=フィルター)”も異なります。
現実という球体の、どの部分に目を向けているのか。
そして、それをどんな“平面”──すなわち、認知の癖や関心、経験、立場、文脈といった条件から構成されたフィルター──を通して見ているのか。
それぞれの人が、それぞれの角度と構成で、“自分なりの平面”から球体を見ている──
それが、私たちが現実を扱うときの出発点です。
つまり、「認知」と「現実」のあいだにはズレがあり、「人と人」のあいだにも、さらにズレがある。
これは、思考を現実で使おうとする際に、まず意識しておくべき前提です。
パート2|ズレの本質
note1〜4では、分析・統合・抽象化・具体化という思考の基本動作を扱ってきました。これらの操作は、私たちが現実を捉え、構造を見出し、働きかけるための思考の動きです。
しかし、私たちが思考で構築した構造が、現実と一致しているとは限りません。そもそも、現実が保有する情報量と、人間が認知できる情報量には、差がありすぎます。
完全に一致することなど、おそらくあり得ないでしょう。ここで言う「一致しているかどうか」とは、細部の整合ではなく、思考の前提や構造の“骨格”が現実と合っているかどうか、という意味です。
思考と現実のあいだには、構造のズレが生じうるのです。だからこそ、ズレる前提で思考を扱えるようにしておくことが重要になります。
では、ここで言う“ズレ”とは何でしょうか。
それは、私たちが4つの操作で構築した情報構造=認知の世界と、現実とのあいだに生じる構造の差異を指します。
具体的には、大きく分けて以下の3つに分類できます。
意味の境界線のズレ
── 概念として何を含んでいるかという“内包”が異なること。
あるべき“意味のまとまり”を取りこぼしていたり、含めていない状態もここに含まれます。
これは「意味の見落とし」とも言えるでしょう。構造線の有無のズレ
── 要素と要素の間に、線(因果や関連性)が引かれているかどうかの違い。
同じ情報を見ていても、「これはこうつながる」と捉えるかどうかで、判断や設計は変わってきます。構造線の強度のズレ
── 線そのものは引かれていても、その“強さ”の捉え方が異なること。
たとえば、Aという要素が結果に「強く関係する」と考える人と、「関係はあるが主因ではない」と見る人とでは、判断が大きく分かれます。
このように、“ズレ”とは単なる情報の誤認ではなく、構造としての違いです。だからこそ、「ずれる前提で思考を扱えるようにしておくこと」が重要になります。
パート3|ズレを乗り越える-仮定の構築-
思考と現実は、常に一致するとは限りません。だからこそ、思考を現実で使おうとするなら、「ズレる前提で扱えるようにすること」が必要になります。
では、その“ズレ”をどうやって乗り越えるのか。
答えはシンプルです。仮に構造をつくり、現実で確かめて、必要に応じて修正する。この繰り返しに尽きます。
思考における「仮定」の構築
ズレを乗り越えるには、次の2つを“仮に”構成する必要があります:
意味範囲の仮定
「この言葉や概念は、こういう内包を持っているはずだ」という構造を仮に定義することです。 たとえば、「成果=売上+満足度」と仮置きするような操作が該当します。関係の仮定
構成された要素同士が「どうつながっているのか」を仮に構造化することです。 たとえば、「この施策を打てば、成果が出るはずだ」と因果の予測線を描くような操作です。
これらは、分析と統合等をを使って“意味”と“構造”をいったん組み立てる行為です。ただし、それが正しいとは限りません。
「仮想線」という捉え方
ここで役に立つのが、「仮想線(かそうせん)」という考え方です。
仮想線とは、現実にはまだ確認されていない、意味の範囲をくくる境界線や、意味同士の関係性の線を思考の中で仮に結ぶ線のことです。
たとえば、「会議の進行がうまくいかないのは、参加者の目的が揃っていないからかもしれない」と考えるとき、「目的の不一致 → 会議の停滞」という因果関係は仮想線です。
その線が正しいかどうかは、実際に現場で検証してみなければわかりません。
仮の構造を持つことでできること
仮想線として捉えることで、私たちは以下のようなメリットを得ることができます:
要素の接続が曖昧でも、試しながら調整できる
一部の要素だけを仮に接続して、部分的に検証できる
間違っていれば、線を引き直せばよいと割り切れる
思い込みや決めつけを避け、冷静に現実と照らし合わせられる
また、仮想線は博打を避けるという点でも重要です。
因果も確認せずに動くことは、成功確率の低い賭けに近くなります。
仮想線を意識して扱うことで、成功の見込みを持った行動に近づけるのです。
現実で試し、修正する
仮に構築した“意味”と“構造”が、現実とどう噛み合うのかを確認する。
その結果、ズレていれば修正する。これが、ズレを乗り越えるための基本プロセスです。
ズレがあった場合、次のように捉えるとよいでしょう:
意味範囲の仮想線(内包)が誤っていた
仮想線の接続(因果)が適切でなかった
このプロセスを繰り返すことで、次第に仮に置いた意味の範囲が明確になり、仮想線は実線=現実でも通用する構造へと変わっていきます。
そしてこの「実線」は、現実との接続をもった判断や行動の基盤となり、成功確率を高めてくれるものになります。
パート4|まとめ
ここまで、私たちの思考と現実の間には“ズレ”があること、そしてそのズレをどう扱うかについて見てきました。
私たちの思考は、あくまで“認識の世界”に描かれた構造であること
思考がどれだけ精緻であっても、それだけで現実が動くとは限らないこと
だからこそ、ズレる前提で、思考を扱う姿勢が必要であること
この前提に立つと、思考をうまく現実に活用するには「仮に構造をつくり、それを現実で確かめ、修正していく営み」が必要な要素だとわかります。
その際に使う道具が、以下の2つなります。
分析などによって“意味範囲”を仮想線で囲うこと
仮想線によって“構造”を仮に結ぶこと
そして、仮に組んだ構造を現実で試し、必要に応じて修正していくことで、仮定は「実線」へと変わっていきます。
このプロセスを繰り返すことで、思考は徐々に現実へ接続され、行動はより効果的なものへと近づいていきます。
次回のnoteでは、もう少し視点を変えて、「思考を使える技術にするとはどういうことか?(=役に立つとは何か)」を扱います。
ここまでのシリーズを読んでくださった方々は、汎用的に使える思考技術に、多少なりとも興味を持ってくださっていると思います。
だからこそ、「使える」とは何なのかを改めて問い直しながら、構造思考OSを構成する最後のピースを、一緒に考えていきたいと思います。
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