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第123話 妻の言葉に救われた話

教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
↓自己紹介はこちら♪

今回は、初めてちゃんと、
妻に対しての感謝の気持ちを
綴ってみようと思います!



「生きて、私のかえりを待っていて。」

その言葉を、今でも覚えています。


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あの頃の私


うつが一番重かった頃、
私は毎日「死ぬこと」を考えていました。

朝起きる理由がない。
夜眠る意味もない。

ただ時間が過ぎていくのを、
どこか他人事のように眺めていました。

生きている感覚が、ありませんでした。

「支えてもらうなんて情けない」
「自分がいない方が、みんな楽になる」

そんな声が、頭の中でぐるぐる回っていました。

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「してもらう側」になる抵抗


元々、
私は「支える側」でいることが
自分の役割だと思っていました。

教員として、人を助けることが仕事でした。

頼られる側。
助ける側。
頑張る側。

それが自分の価値だと思っていたから、
何もできない自分を、
どうしても許せませんでした。

妻が食事を作ってくれても、
罪悪感でいっぱいでした。

家事を手伝おうとして無理をして、
逆に体調を崩しました。

「ありがとう」とうまく言えなくて、
ただ黙って受け取るだけの自分が嫌いでした。

「こんな自分が隣にいて、申し訳ない」

その気持ちが、
死を考える理由の一つになっていました。

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玄関での一言


それは仕事に出かける前の、
ごく普通の朝のことでした。

仕事のカバンを手に持った妻が、
ふと立ち止まって、こう言いました。

「今日ね、頑張らなくていいから。
何もできなくてもいいから。
ただ、生きて、私のかえりを待っていて。」

その言葉を聞いた瞬間、
崩れ落ちるように泣きました。

私はずっと、
「何かができるから存在していい」と
思い込んでいました。

でも妻の言葉は、
その全てを解いてくれました。

「ただ、生きているだけでいい」

死を毎日考えていた私にとって、
それはこの世で一番温かく、
一番切実な言葉でした。

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受け入れてから変わったこと


あの日を境に、
少しずつ「支えられること」を
受け入れる練習をしました。

「ありがとう。今は甘えようかな。」

そう口にできるようになったとき、
妻との会話が、以前よりも楽になりました。

私も、妻の疲れた顔を見て、
「今日は無理しないで」と
自分から声をかける余裕が、
少しずつ出てきました。

支える側が強くて、
支えられる側が弱いわけではありませんでした。

お互いの弱さをそのまま支え合って、
補い合うこと。

それが、夫婦という関係の
本当の姿なのかもしれないと思いました。

支えてもらうことは、
弱さではありません。

相手を信頼しているから、受け取れる。

あの日から私は、
「今日一日を生きる理由」を探さなくなりました。

理由がなくてもいいんです。

ただ、妻の帰りを待つ。
それだけで十分でした。

どん底のあの朝、
何もできなかった私が、
ただ「生きて、妻の帰りを待っていた」こと。

それだけで、
私は妻にとってかけがえのない存在でした。

その事実に、今の私は支えられています。

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おわりに


もし今、
誰かに支えられている自分を
情けなく感じているなら。

あなたは迷惑なんかじゃない。
誰かにとって、「帰る場所」になっている。

「ありがとう」と言って、
差し出された手を握り返すこと。

生きているだけで、
もう役割を果たしています。

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妻へ。

あの時、本当にありがとう。

あなたが待っていてくれたから、
私は今、ここにいます。

もし今、死にたいという気持ちが続いているなら、
一人で抱えなくていいんです。
いのちの電話(0120-783-556)に電話するか、
信頼できる人に話してみてください。
きっと道は開かれるはずです。

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