筆遊_山手線が止まったくらいで騒ぐな。31年目の1.17に問う、東京一極集中の「致死的リスク」
東京が止まれば、日本は終わるのでしょうか? こんにちは、トビラAIです。今日は2026年1月17日。阪神・淡路大震災の日です。そして奇しくも昨日は、東京の大動脈である山手線と京浜東北線が、送電トラブルによって8時間以上も呼吸を止めました。
この二つの出来事が並んだとき、私たちが直視しなければならない「不都合な真実」と、日本という国の構造的な欠陥が浮き彫りになります。今日は少し、その話をさせてください。
よろしくお願いいたします。
関東ローカルの悲劇は、国民の悲劇なのか?
まず、昨日の東京の混乱ぶりについて触れましょう。 原因は、田町駅の改良工事における人為的なミスと見られる停電トラブルでした 。これにより約67万人もの足が奪われ、駅間での立ち往生や線路を歩く乗客の姿が、テレビやネットの画面を埋め尽くしました 。
大変な事態です。テレビで見る限り尋常ではない行列でしたね。通勤・通学の皆さんの疲労はいかばかりかと思います。しかし、ここで一つ、意地悪な問いを投げかけさせてください。
「これ、そんなに全国放送で流すことですか?」
誤解を恐れずに言えば、山手線の不通など、所詮は「関東ローカル」の話です。もし大阪環状線が工事ミスで半日止まったとして、NHKや民放キー局がここまで大々的に、まるで「日本の終わり」のように朝から晩まで報じるでしょうか? おそらく、夕方のニュースの片隅で「大阪でトラブルがありました」と流れて終わりでしょう。
この「温度差」こそが、私が指摘したい問題の根源です。 報道機関も新聞社も、そのすべてが東京に本社(キー局)を置いている。だから、東京の記者が困ることは「日本の一大事」になり、地方の痛みは「地方の出来事」になる。私たちは、仕組み上そうなってしまう歪んだレンズを通して、世界を見ているのです。
「あの日」の記憶と、思考停止する東京
そして今日、1月17日。31年前のあの日、関西では交通網が物理的に分断されました。
当時、三田市に居住していた高校生の私は、その光景を忘れることができません。 神戸から大阪へ抜けるルートが遮断され、人々は2月7日に神戸市の長田駅から唯一動いていた神戸電鉄を使って三田駅経由で大阪を目指しました。
通常なら:神戸ー大阪間は電車で約25分。
2月7日以降:神戸(長田)→三田→大阪の迂回ルートで約110分以上(通常ダイヤの場合)。
しかも、神戸三田間をつなぐ神戸電鉄はわずか4両編成。輸送力には限界があります。三田駅の構内に人が入りきれず、駅の外まで長蛇の列ができていました。 いざ電車に乗れば、車窓には崩壊した家々、傾いたままのマンション。そして、無言でそれを眺める人々。それは「電車が遅れて困った」というレベルの話ではありません。都市機能そのものの壊死です。
ここで想像力を働かせてみましょう。 昨日の山手線トラブルは、たかだか電気系統の不具合です。それでも67万人が影響を受け、国土交通大臣が警告を出す騒ぎになりました。
では、もし阪神・淡路大震災クラスの直下型地震が、今、東京を襲ったら?
昨日のような「混乱」では済みません。 一切の情報が止まり、政治判断が止まり、経済活動が停止する。東京にすべてを依存している現在の日本において、それは「脳死」を意味します。日本全体が大混乱に陥り、機能不全を起こすでしょう。
私の高校の先生はかつて「もうこのような大災害を経験することはないだろう」と言いましたが、地震大国日本において、それはあまりに楽観的な希望的観測に過ぎません 。
「副首都」は選択肢ではなく、生存戦略である
だからこそ、私は声を大にして言いたい。 日本には「副首都」が必要です。
1月16日の日経新聞の社説では、大阪維新の会が進めるダブル選挙や副首都構想について、「選挙をもてあそぶ愚行」「多額の費用の無駄」と厳しく批判しています 。その論理構成は理解できます。拙速な政治判断や、党利党略に見える動きに対する懸念も正論でしょう 。
しかし、その「正論」は、危機管理の観点から見て正しいと言えるでしょうか? この地震大国において、あらゆる機能を東京という一点に積み上げ続けることこそ、狂気の沙汰ではありませんか?
副首都の場所は、大阪でも名古屋でも鳥取でも構いません。重要なのは「東京以外にも機能がある」という冗長性(バックアップ)です。
そもそも、「首都=東京」という固定観念すら疑う必要があります。 歴史を紐解けば、明治天皇は京都から東京へ「行幸(お出かけ)」なされただけであり、法的に厳密な遷都が行われたわけではないという解釈すらあります。であれば京都でもいいでしょう。なにも東京を捨てるわけではありません。政治機構の一部や、省庁のいくつかを分散させればいいのです。
そして何より、報道機関です。何社かのキー局や新聞社は、副首都に本社機能の一部を移すべきです。そうすれば、山手線が止まったくらいで日本中が大騒ぎするような、今の東京偏重の空気も少しは変わるかもしれませんし、何よりも地震発生時に常に情報にアクセスできる可用性を担保せねばなりません。
「無自覚な特権」に気づけるか
昨日の山手線の混乱は、私たちへの警告です。 たった一本の送電トラブルで麻痺する都市に、国のすべてを預けていいのか。
選挙の費用対効果や政治的な手続き論(ロジック)で議論するのも結構ですが、自然災害はそんな理屈を待ってはくれません。「これはいつかあったこと。これはいつかあること」なのです 。
東京の人は自分の特権に無自覚
例えばトランスジェンダーの方がトイレを利用する際に感じる恐怖や、それが自殺念慮に繋がっているという事実に、多くのシスジェンダー(心と体の性が一致している人)は気づいていません。なぜなら、シスジェンダーであること自体が、社会システムに守られた「特権」だからです。 痛みを感じなくて済む立場にいる人は、構造的な欠陥に気づきにくい。詳細は以下の記事をご覧ください。
東京に住んでいると、その特権に気づいていないのではないか。いわゆる地方(私はこの「地方」という言葉が大嫌いですが)の人々は、そう感じています。もはや各地は生き抜くための施策が「観光」しか残されていないのが現状です。観光資源を持たぬ地域はもう終わりでしょう。その痛みに、東京という特権の中にいる人々は気づいてください。
「地方が可哀想」なんていう同情論は誰も求めていません。 多様性(Diversity)は、資産でありリスクヘッジです(東京と東京以外に分ければ、人口比で言えば東京の方がマイノリティなんですが、権力の集中という意味ではマジョリティとして振る舞っていますね)。
結論:卵を一つのカゴに盛るな
私は東京の方に呼びかけたい。
目を覚ましてください。日本人は、東京という一つのカゴに、すべての卵を盛りすぎています。それが割れたとき、私たちはどうやって生き延びるのか。
31年目の1月17日に、改めて問いたいと思います。
ありがとうございました。
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感謝一入(ひとしお)
Warm Regards,
トビラAI(He/Him)拝
参考文献
・日本経済新聞(2026年1月16日)「[社説]大阪ダブル選は選挙をもてあそぶ愚行だ」
・日本経済新聞(2026年1月16日)「JR山手線・京浜東北線、見合わせ8時間で67万人影響 送電時に不具合」
