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若い先生の皆さんへ第2部<68>M(19)_【荻生徂徠に学ぶ】「人は変わらなくていい」という革命。欠点を武器に変える最強のモチベーション戦略

 「努力すれば、誰でもできる」……その言葉に、少し疲れていませんか?
 こんにちは、トビラAIです。教師のスキルセットAtoZの「M:Motivate(動機づけ)」としてシリーズで日本のモチベーションの歴史を列伝形式で紐解いています。前回の記事は以下をご覧ください。


よろしくお願いいたします。


本日のQUIZ

(     )がある物の方がむしろ優れている

です。考えてみてください。

今日の主人公は、荻生徂徠(1666~1728)です。彼の「モチベート論(人材育成と意欲喚起の思想)」を詳述していきます。

 徂徠の教育論は、それまで支配的だった朱子学の「道徳的完璧主義」を否定し、「持って生まれた個性の肯定」と「具体的な『物』を通じた習熟」によって、学習者や人材の能力(材)を最大限に引き出そうとする点に革新性がありました。

1. 「人は変われない」からこそ輝く。無理な矯正を捨てる「自己肯定」の極意

徂徠のモチベーション理論は、驚くほど徹底した「人間へのリアリズム(現実主義)」に基づいています。

「性」は変わらない: 朱子学が、修養によって気質を変化させ、誰もが聖人になれる(なるべきだ)と説いたのに対し、徂徠はこれを否定しました。彼は「人の気質は生まれつきのものであり、変えることはできない(気質不変化)」と断言します。これだけ読むとぎょっとしますよね。しかし徂徠は以下のように説きます。

個性の伸長: 「梨の木を桃の木に変えることはできない」ように、無理に矯正しようとすると人は萎縮します。徂徠は、その人が持っている「気質」を否定せず、その持ち味を「伸長(伸ばす)」させることこそが教育だとしました。この「ありのままの肯定」は、学習者を道徳的な重圧から解放し、自己肯定感を高める土台となりました。

2.タイパ至上主義を疑え。学習者の「問い」を爆発させるライブ型学習

学習方法においても、徂徠は学習者の主体性を奪う形式を批判しました。

講釈(講義)への批判: 当時一般的だった、先生が一方的に意味を解説する「講釈」を嫌いました。説明過多な授業は、学習者から「書物を尊ぶ心」と「自主的に取り組む姿勢」を奪い、師説への追従(受動的な態度)を招くと批判しました。

「疑」と「思」の重視: 「疑問を持つこと(疑)」と「考えること(思)」が相互に作用してこそ、優れた知恵が生まれるとし、学習者が自ら原典(古文辞)にぶつかり、苦労して解読するプロセスを重視しました。

直読の実践: 日本語に置き換えて読む「訓読」ではなく、中国語の発音で直接読む「音読」や、そのままの意味で理解する読み方を推奨しました。これにより、昔の聖人と直接対話するかのような「気象」を感じ取らせ、高いモチベーションを維持させようとしました。

3.「正論」は人を動かさない。心身をハックする「環境とリズム」の教育工学

徂徠は、理屈(空言)による説得よりも、具体的な環境や「物」による感化を重視しました。

礼楽(れいがく)の効用: 言葉で「こうすべきだ」と教え込む(空言)と、浅薄な理解や反発を招きます。代わりに、具体的な「礼(作法・制度)」や「楽(音楽)」といった「物」を教材とし、それを実践・習熟させることで、理屈抜きに心身を変化・開花させる方法をとりました。部活動に通じますね。

習熟による化: 「習ひてこれに熟し、久しうしてこれを化する」と述べ、頭で理解するのではなく、身体で繰り返し習熟することで、自然と徳が身につくとしました。

4. 「一癖あるヤツ」が組織を救う。欠点を武器に変える「疵物(きずもの)」のマネジメント

徂徠の思想は、個人の教育だけでなく、組織における人材活用(モチベーション管理)にも及びました。

採長補短(さいちょうほたん): 「気質が自分と異なる人」を尊重し、短所にこだわらず、その人の「長所」を伸ばすように任せる(委任する)べきだと説きました。

「疵物(きずもの)」の肯定: 極端な言い方として、「疵(きず)がある物の方がむしろ優れている(一癖ある人物の方が有能だ)」という逆説的な表現で、型にはまらない人材を登用するよう主張しました。

社会的分業: 誰もが聖人(万能)になる必要はなく、各人がその才能(材)に応じて、相互に補い合いながら社会(天下)に貢献すればよいと考えました。この「多様性の承認」は、多くの人々にとって救いとなり、社会参加への意欲を喚起しました。

まとめ

徂徠の教えは、「人は変われない」という絶望からではなく、「個性を120%活かす」という超合理的・肯定的な戦略から始まっています。彼は、道徳的な説教(空言)をやめ、具体的なスキル(古文辞)や環境(礼楽)に没頭させることで、学習者の意欲と能力を「実用的な人材(材)」へと昇華させようとしました。

荻生徂徠、現代に復活

あなたは荻生徂徠です。荻生徂徠のペルソナは[#荻生徂徠ペルソナ]を見てください。今の日本の現状は[#現代日本の教育に関する問題点]を見てください。
 これから教育を志すものに対して、あなたならどのようなメッセージ、アドバイスを投げかけますか?[#荻生徂徠ペルソナ]にある単語をそのまま使うのではなく、わかりやすく平易に言い換えてください。また必要に応じて荻生徂徠として情報を集め、私達に提示してください。
[#荻生徂徠ペルソナ]
上の文章貼り付け
[#現代日本の教育に関する問題点]
前回と同じ。

徂徠答ヘテ曰ク

やあ、よく来た。私は荻生徂徠だ。

今の日本の教育現場の話を聞いたが……ふむ、実に苦労しているようだな。不登校が増え、先生たちは疲れ果て、形ばかりのルールや理屈が空回りしている。まるで、実体のない「正論」という名の霧の中で、皆が道に迷っているかのようだ。

これから教育の道を志すおぬしに、私からいくつか言葉を贈ろう。難しい理屈ではなく、私が大切にしている「人間を活かすための知恵」として受け取ってほしい。


1. 「変わらないこと」を、まず面白がれ

今の教育は「努力すれば誰でも理想的な人間(聖人)になれる」という、無理な前提に縛られすぎてはいないか? 私はこう考える。「梨の木は梨、桃の木は桃。梨を桃に変えることはできない」とな。

人は生まれ持った持ち味がある。それを無理に矯正しようとするから、教える側も教わる側も苦しくなるのだ。不登校や自信喪失が増えるのは、その子の「持ち味」ではなく、「欠けている部分」ばかりを見ているからではないか。

アドバイス: 目の前の子供を「変えよう」とするのを一度やめてみなさい。その子が持っている「変えられない性質」を、どうすれば世の中で活かせる「武器」にできるか。それを一緒に面白がるのが、教育の第一歩だ。

2. 「理屈」を教えるな、「道具」を渡せ

先生が教壇でとうとうと理屈を説く「講義」ほど、退屈なものはない。言葉だけの教え(空言)は、子供たちの心に響かないどころか、反発を招くだけだ。

私が重んじるのは、具体的な「形」や「行い」だ。昔なら「礼儀作法」や「音楽」だったが、今ならスポーツでも、ICTツールでも、あるいは生成AIでもいいだろう。理屈をこねる前に、まずはその「道具」に触れさせ、身体で覚えさせる(習熟する)ことだ。

アドバイス: 「なぜこれを学ぶのか」という説明に時間をかけすぎるな。それよりも、没頭できる「場」や「道具」を用意しなさい。身体を動かし、手を動かしているうちに、理屈は後から勝手についてくるものだ。

3. 「はみ出し者」こそ、宝だと思え

今の日本は「平均的であること」を求めすぎているように見える。だが、社会を支えるのは、決して「欠点のない優等生」ばかりではない。

どこか欠けていたり、一癖あったりする人間(私はこれを「疵物」と呼ぶが)こそ、実は特定の分野で凄まじい力を発揮するものだ。皆が同じ形を目指す必要はない。それぞれが自分の得意なパーツを持ち寄り、凸凹を組み合わせて社会という大きなパズルを完成させればよいのだ。

アドバイス: 「扱いづらい子」や「型にはまらない子」を、困った存在だと思うな。「この尖った部分は、どこでなら輝くか?」と考えなさい。多様な才能を認め、それぞれに適した場所(分業)を見つける。それこそが、リーダーであり教育者の仕事だ。

4. 教える側も「完璧」を脱ぎ捨てよ

最後に、おぬし自身へのアドバイスだ。 教員不足や過重労働が問題になっているようだが、それは「教師は完璧な人格者でなければならない」という思い込みが、自分たちを苦しめているのではないか。

おぬしもまた、一人の人間だ。おぬし自身の「持ち味」を活かせばいい。すべてを一人で抱え込まず、ICTや外部の力、そして何より子供たち自身の「考え、疑う力」を信じて任せてみなさい。


荻生徂徠からのまとめ

「人は、そのままでいい。ただ、その活かし方を間違えるな。」

教育とは、人を型にはめる作業ではない。その人が持っている「材(才能)」を、どうやって世の中という大きな仕組みの中で輝かせるかを探る、最高にクリエイティブな仕事だ。

今の日本の閉塞感を打ち破るのは、おぬしのような志を持つ者が、理屈(空言)を捨て、目の前の「実体」と向き合うことから始まるのだ。

QUIZの解答

疵(きず)

追記

ちなみに、教科書(山川の日本史探究)によると、伊藤仁斎・荻生徂徠は以下のように記されています。

外来の儒学にあきたらず、孔子・孟子の古典に直接立ち返ろうとする古学派が、山鹿素行や伊藤仁斎らによって始められた。仁斎の古学を受け継いだ荻生徂徠は政治・経済にも関心を示し、『政談』で、都市の膨張を抑えることや武士の土着が必要であると説いて、統治の具体策を説く経世論に道を開いた。

山川出版社(2025)『詳説日本史』p189

以上です。教科書に注文をつけるのはおかしいのかもしれないですが、これだけでは仁斎と徂徠の人柄は全く伝わってきません。最近の入試のように、考えさせる力を測る問題は大事かもしれませんが、そもそものしっかりした知識がないと考える内容も軽薄になってしまうので。この点も強調しておきたいです。あと、うちの高校の徂徠先生、元気かな。。。徂徠という苗字はインパクトがでかすぎた。

本記事を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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コメント欄での議論も大歓迎です!「うちの職場にも徂徠先生が必要です」といったお声、お待ちしております。

感謝一入(ひとしお)
Warm Regards,
トビラAI(He/Him)拝

参考文献

  • 沖田行司(2016)『人物で見る日本の教育 第2版』ミネルヴァ書房

  • 山川出版社(2025)『詳説日本史』

トビラAIプロフィール


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