Run for the Roses 第一話
あらすじ
故郷をなくし、生活に困っている青年プライドは騎士団へ入れてもらうために訪れた町で手違いから投獄されてしまうが、 獄中で出会った青年ハザールに助けられる。その後、領主であるフェステに謁見すると、そこで世界中の支配者たちが探す「手に入れた者はすべての王になれる」という結晶体「薔薇の首飾り」の存在を知る。世界中を巻き込んだ、薔薇を巡る争奪戦がここに始まる。
世界観
陸地は緑豊かな地域「花の土地」と砂漠や荒野の地域「砂の土地」、高山地帯である「空の土地」に分かれている。
花の土地は全体的に豊かだが、砂の土地は資源が限られ貧富の差が激しい。空の土地は周囲とあまり関わらない。
特定の血統に反応して身体変化を起こさせる希少な鉱石「異聞結晶」があり、武装として使われている。結晶の色は所有者に応じて変わる。
キャラクター
プライド・SW・リーチ
19歳 168㎝
異聞結晶「みにくいアヒルの子」効果:腕に結晶の外骨格を纏う
顔に傷のある茶髪の少年。砂の土地で暮らしていたが、故郷をなくし、生活の困窮から放浪していた。
ハザール・A・ハートリー
22歳 182㎝
黒髪のポニーテール。赤い瞳。
花の土地最大の国テンペル領を治めるハートリー家の子息。上にも下にも兄弟がたくさんいる。面白いことを探して旅行を繰り返していた。
フェステ・F・フォリオ
42歳 155㎝
二つ名「無礼講の王」
異聞結晶「神感覚」効果:直感的な物理の操作
自信満々な雰囲気の小柄な男。年齢よりも随分若く、むしろ幼く見える。偉そうだし煽るしうるさい。花の土地にあるグローブ領の王であり、当代から急進的に勢力を拡大した新興勢力。
ルチア
23歳 175㎝
白い長髪で背が高く気が強そうな女性。生身の人間にしては肉弾戦に強い。グローブ領エレファント交易街の喫茶兼宿屋「ヤシノキ亭」で働いている。
ダリ28歳 192㎝
二つ名「怠惰な災害」
異聞結晶「狩りの女神の住む処」被った毛皮の獣に変身する。
気だるげな雰囲気の男。花の土地、グローブ領エレファント交易街を拠点にしている悪党。ギャング「大商隊」のボスの息子であり、幹部に任命されている。
ゴースト
24歳 181㎝
ロングコートにスキニーのズボン。黒髪のショートカット。全体的に細身だが太刀を使う。
物腰は穏やかで大人びた雰囲気。
ワンダーブルー
26歳 158㎝
異聞結晶「拍手喝采」大道芸になぞらえた超常現象を起こす
純白のシルクハットにマジシャン衣装を着た無口な女性。ふわふわした金髪のロング。胸が大きい。
基本的に自分からしゃべることはなく、身振り手振りで意思疎通を図る。
第一話
昔と呼ぶには近くとも、今と言うには遠い頃。
世界は「花の土地」と「砂の土地」と「空の土地」だけだった。
広大な「花の土地」を統一した偉大な王がいた。
王の名前は残っていないが、国の名前はローズデイ。
偉大な王が死んだあと、残った子たちは後継を争った。
子どもの代ではどうにもならず、孫の代でも戦った。
曽孫が生まれる頃にはくたびれて、小さな国だけたくさん残った。
そうして偉大な王の血は世界中に広まった。
そんな時代の物語。
***
「花の土地」グローブ領、城下町────。
からりとした気候の地、抜けるような晴天の下。
いつも通りの繁盛を見せるダイナーには、見慣れない顔があった。
「これで頼めるメニューで一番量が多いのをくれ……」
疲れ切った青年からくたくたの紙幣を受け取ったウェイトレスは首を傾げる。
旅人だろうか。年は二十の手前くらいだが、鼻の上を通って横一文字に古い縫い傷がある。それでも周りを威圧する感じはなく、かえって愛嬌があるように思われた。
埃っぽい服装を見るに、「砂の土地」から海を越えてはるばるやってきたに違いない。
「大盛りのポテトを揚げてあげる」
「やったぜ~……」
青年は気が抜けたようにカウンターに突っ伏すと、ぴくりとも動かなくなった。
食う金にも困っているようであるから、宿も取れず碌に休めていないのだろう。
ウェイトレスは溜息をつくと、青年の顔の前に冷えたミルクを置いてやった。
「サービス。余所で言いふらすんじゃないわよ」
「いいのか?」
「見ててあんまりに可哀そうなんだもの」
ポテトを揚げている間、ウェイトレスは食器を洗いながら青年に尋ねた。
「名前は? どこから来たの?」
「プライド。砂の土地を追ん出てきた」
「グローブ領には出稼ぎに? 観光客には見えないけど」
大事そうにミルクを飲んでいる青年────プライドは、ようやく気力が戻ったのか背を伸ばして答える。
「雇ってくれる領主を探してるんだ。ここの王様は兵を集めてるって聞いた」
「ええ、そうね。最近はどこも悪党が増えていて……私たちも困ってる」
ウェイトレスは目を伏せて息を吐いた。
各地で勢力を伸ばすギャング「大商隊」。海を支配する海賊「大艦隊」。さらに、これらを食わんとする新興勢力やどの傘下に入れなかったならず者も花の土地には蠢いている。
「町で雇った用心棒が、ギャングの手先だったなんてこともあるらしいわ」
「……そりゃ酷えもんだな」
そんな暗い世間話をしていると、丁度ポテトが揚がる。
油が跳ねる小気味良い音を立てる皿を前にして、プライドは目を輝かせた。
そんなときだった。
「ぎゃはははは!」
品のない笑いをまき散らしながら、荒くれ者たちが店に押し入ってきた。
食事中だった客たちはそそくさと逃げていく。
「おい、酒出せ、酒! ありったけだ!」
「ちょっと!」
既に酔っているのか、酒臭い臭いが漂ってくる。
ウェイトレスの制止も聞かず、荒くれ者はカウンターに身を乗り出して拳を振り上げた。
「貸し切りだァ!」
「勝手なこと言わないで! 憲兵呼ぶわよ!」
ウェイトレスは電話に手を掛け、外を指差して出ていくように促す。
しかし、荒くれ者は気にもかけない。
「寄せ集めの有象無象なんか怖いもんか、俺たちゃ天下の『大商隊』よォ!」
大ギャングの名前を振りかざし、荒くれ者は赤ら顔を歪めて笑った。
そんな中、荒くれ者の一人が、ポテトを咥えながら一部始終を黙って見ているプライドに気が付いた。詰め寄ると、丸太のような腕を振って怒鳴る。
乱暴に振りぬかれた右手は、カウンターの上の皿とコップを床にぶちまけた。皿の割れた音が響き渡る。
「おいガキ! さっさと出ていきな!」
床に散乱したポテトと牛乳の残骸にプライドは目を丸くする。
間もなくして静かに立ち上がると────荒くれ者を殴りつけた。
「んぶぇえ!?」
髭面は歪み、軽やかに歯が折れる。
巨体が吹き飛び、店の外に転がっていく。唖然とした仲間たちが一斉にプライドを睨みつけた。
「何しやがるガキ!」
掴みかかる手を器用に避けながら、プライドはポケットから輝く小さな何かを取り出した。
「キャンバスだかキャラメルだか知らねえけど!」
それは虹がかった透明な鉱石だった。
空に軽く放り投げ、掴み取る。瞬間、眩い虹光が溢れ出した。
「食いもんは大切にしろって母ちゃんに習わなかったのかよ!」
プライドが挑発するように突き出した右腕は、先ほどの鉱石と同じ色の結晶に包まれていた。まるで、水晶でできた籠手だ。
それを一目見た荒くれ者たちの顔色が変わる。
「異聞結晶……!?」
「こいつ『結晶持ち』だ……!」
「何の能力だ!?」
狼狽える仲間たちに、リーダー格の男が発破をかける。
「どうせ大したこたあねえ! やっちまえ!」
「う、うおおおお!」
程なくして。
ダイナーの店先には、白目を剥いて力尽きた荒くれ者が積み上げられていた。
「お粗末さん!」
鼻を鳴らしたプライドが装甲を解く。
少しの間をおいて、騒ぎに集まってきていた住人たちは口々に歓声を上げた。
どうも彼らも、荒くれ者には不満が溜まっていたようだ。
「あ、ありがとう……」
ウェイトレスが礼を言うと、プライドは気にするなとばかりに片手を振った。
それから、しゃがみ込むと床に散らばったポテトを見つめた。
「……」
ポテトは冷え切ってしまった上に、牛乳を吸ってくたくたになっていた。
プライドは震える手でポテトを掴む。
「まだ食える……ッ」
「また揚げるからやめて!」
ポテトを諦めきれないプライドをウェイトレスが掴んでいると、そこにグローブ領の紋章を付けた兵隊たちが走ってきた。騒ぎを聞きつけた憲兵だ。
「おい! 何の騒ぎだ!」
荒くれ者の山と散らかった店内を一瞥した憲兵は、すぐに事態を把握したようだが、プライドとウェイトレスの話を静かに聞いた。
「……つまり、店で乱暴をしたギャングを君が殴って止めた、と」
「おうよ」
「腕出して」
「おうよ」
素直に従ったプライドに憲兵は手錠をかけた。
「うち、町中で喧嘩するの禁止なんだよね」
「え」
「じゃあ、詳しい話は詰め所で聞くから」
腕をぶんぶんと振っても手錠は外れない。
憲兵はすでに手帳へ逮捕時刻を書き込んでいる。
ウェイトレスは咄嗟に割り込んだ。
「憲兵さん! その人は助けてくれただけで…… 」
「大丈夫だ、店員さん!」
プライドは声を張り上げる。その顔に不安の色はない。
心配そうなウェイトレスに、プライドは親指を立てて見せた。
「取り調べって、タダ飯が出るんだろ……!」
「……」
ウェイトレスは、憲兵とプライドを黙って見送った。
***
「何も出なかったよォ~……」
空腹に泣きわめく胃を押さえながら、プライドは牢屋の中で呻いていた。
地下水が漏れ出す石牢では座ることさえ躊躇われた。そんなところで三時間も過ごせば疲労は限界だ。
格子の隙間から手を出し、気持ちばかり身体を預けて休めていると、向かいの牢から声をかけられた。
「さっきからうるせえな」
若そうな男の声がする。プライドは向かいの牢に目を凝らした。
声の主は続けて言った。
「お前、腹減ってんのか?」
「うん」
「……これやるから静かにしろよ」
暗闇の向こうから放り投げられたのは半分になったパンだった。
何とかうまく受け取ると、向かいの人影は「ナイスキャッチ」と笑う。
「ありがとう」
警戒することもなく、不思議そうな顔をして素直に礼を述べるプライドに、人影はくつくつと笑った。
「ただの朝食の余りだよ。マズすぎてネズミにでもやろうと思ってた」
その声と共に衣擦れの音がして、声の主たる男が姿を現した。
黒髪を後頭部でまとめて垂らしている、赤い瞳が爛々と輝く青年だった。
年はプライドよりいくつか上に見える。シンプルな白いシャツに、黒いズボンがやたらと洒落ていた。
興味深そうに笑った青年は口元を緩めて尋ねる。
「お前、何でこんなところに入れられてる? 盗みでもしたか」
「街で絡んできやがった奴をぶっ飛ばしただけ!」
パンを頬張りながら、プライドは思い出そうと片手で額を叩いた。
「看板屋? ウルバン砲? なんだっけ。なんかうぜーやつ!」
「『大商隊』か? 怖いもん知らずだな」
片眉を上げた青年は、心底驚いたように言った。しかし、プライドはどうということはないと答えた。
「おれの飯を台無しにしやがったのが悪い!」
「食い物しか頭にねえのかよ」
牢の壁にもたれかけ、青年は何か思案しているようだった。
ひと心地ついたプライドが、手に付いたパンくずまで食べながらようやく顔を上げる。
「あんたは何で捕まったんだ?」
考え込んでいたところをプライドの質問に引き戻されたらしい。青年は自分を指差して言った。
「俺? 俺はスパイ」
「すぱい」
「いや、やってないけどな? 冤罪よ、冤罪」
腕を組み、足を組みなおして青年は目を細める。
「グローブには観光で来ただけなんだが……」
青年は首に左手をかけ、うんざりしたように呟いた。
「これでも故郷じゃ敬われる立場でね。そこんところのしがらみを忘れてた」
プライドは青年の言葉に何か思うことでもあったのか、返事はしなかった。
「ま、退屈してたところなんだ。このくらいのアクシデントはあったほうがいい」
そんな中、看守らしき憲兵が慌てて牢の廊下に駆け込んだ。
看守は青年の牢の前で立ち止まると、礼をして名前を呼ぶ。
「失礼いたします!」
「お」
「王より出所の許可が下りました。無礼をお許しください」
看守はペコペコと頭を下げながら牢の鍵を開ける。まもなく手錠を外され、解放された青年は気分よさそうに伸びをした。
「いいよお、別に。俺も悪かったし」
青年は快く笑い、扱いを咎めない。しかし彼は荷物を渡されると、親指でプライドのほうを指差した。
「あいつも出してやってくれよ。連れなんだ」
「え?」
怪訝そうな顔をする看守に、青年はニコニコと両手を広げて堂々嘘を吐く。
「途中ではぐれて探してた。こんなところで会えてラッキーだ」
「ですが、しかし……」
おどおどと顔を窺う看守の背中を、青年が軽く叩く。
「身元は俺が保証するさ。大丈夫ダイジョブ」
「そ、そこまでおっしゃるのでしたら……」
汗まみれの気の毒な看守は、恐る恐る青年の名を呼んだ。
「承知いたしました。ハザール・A・ハートリー様」
***
衛兵に案内され、贅沢に明かりが灯された空間を二人は進む。
プライドは返された異聞結晶を眺めた後、ポケットにしまい込んだ。
「この先で陛下がお待ちです」
衛兵は大きな扉を指し示し、退いた。大きな旅行鞄に片手を預けたハザールは、プライドに向かって口角を上げる。
「態度にゃ気を付けな。この先におわすは『支配者』の一角だぜ」
「……」
内から扉が開かれ、一際眩しい光が噴き出す。
その華やかな雰囲気の中には、確かに重厚な威圧感が混じっていた。
一歩進んだプライドたちは、すぐにその正体に相まみえた。
「よく来たな。苦しゅうないぞ」
扉の先は玉座の間だった。
巨人でも座るのかと思うような巨大な黄金の玉座の中央に、小柄な男が一人こぢんまりと、胡坐をかいて座っている。年齢を図りかねるその表情は、傲慢にして優美であった。
彼こそが二つ名を『無礼講の王』。グローブ領主フェステ・F・フォリオである。
その傍には、王の年若い長男、ファランドールが控えている。
「手違いで悪いことをしたのう。ハザール」
顎を撫でながらフェステは青年をねぎらう。
ハザールは王族に臆する様子もなく目を伏せて答えた。
「いいや。俺があんたの息子にきちんと話を通しておけばよかったのさ」
「ああそうだ。分かってるじゃないか。次からは越境する前に手紙を寄越せ」
ファランドールが口角を下げて苦情を申し立てた。どうやら、二人は旧知の仲であるらしい。
居心地の悪いプライドは、ハザールにひっそりと耳打ちした。
「……お前、もしかしてだいぶ偉い?」
「めちゃくちゃ偉い」
煙草を取り出したハザールがこくこくと頷く。その光景にファランドールは呆れたような声を上げた。
「ハートリー家を知らないのか?」
「知らない!」
「花の土地で一番大きな領地を持つ名家だぞ……どんな田舎から来たんだお前……」
額に手を当てるファランドールの顔を、プライドはきょとんとして見上げていた。
頬杖をついたフェステは指輪まみれの指先でプライドを指差した。
「して、その若者はどうした」
「牢屋で会ったんだ。気のいいやつだと思ったから連れてきた」
煙草に火を付けながらハザールは力強くプライドの背を叩き、勢いでプライドが一歩前に出た。
「ここで拾ってやったらどうかな。腕も立つらしい」
「ほう?」
巨大な玉座の上から、品定めをするようにフェステが見下ろした。
「名は何という」
「おれは……」
小柄ながらも威圧感を放つ王に気圧されながらも、プライドは恐る恐る口を開く。
「おれはプライド……です。祖父の代までは王の家系にありました」
自分らしくないと自覚しながらも、取り繕ったような言葉しか出てこない。
顔の傷がずきずきと疼いた。
「でも……今は、家族は死んで、領地を奪われ、放浪の身です。もとより願い出るつもりでしたが……」
プライドはついに膝を折り、額を上等な絨毯に押し当てた。
ぎょっとしたハザールが煙草を落としそうになる。
「ここで、働かせてください! 雑用でも何でもします!」
少しの沈黙を置いて、フェステは大きく口を開けた。
「いやじゃ!」
「はあ!?」
「ええ!?」
力強い拒絶にプライドは顔を上げ、困惑するハザールが交互に二人に視線を向け、ファランドールも思わず父を見上げる。
「余はの、ハザール」
不機嫌そうな顔のフェステは腕を組んで言い放つ。
「つまらんやつは召し抱えん」
意図を読みかねたハザールは、眉を上げて顔をしかめる。
フェステは淡々と、しかし子どもに言い聞かせるように言葉を続けた。
「今は弱くとも、志があるならば手元に置こう。知を愛する者もよい。一芸秀でるならばそれもよいだろう」
だが、と言葉を切り、険しい瞳がプライドをねめつけた。
「腑抜けたやつだけは要らぬ。人という果実は心が伴わなければ容易く腐る」
数拍の後、意味を理解したらしいプライドが立ち上がり、拳を握る。
「誰が腑抜けだ……ッ」
「おい、やめとけ……!」
ハザールの制止と同時にフェステが玉座を飛び降りる。
その指の間には鮮やかな緑色の異聞結晶が挟まれている。
「『神感覚』」
煌めく破片が飛び散った。
瞬間、プライドが再び膝を屈し、歯を食い縛る。
身体が重い。こらえる度に骨が軋むような音がする。
訳の分からない力だった。フェステはプライドに指一つ触れていないのに、立ち上がることができない。
咄嗟の判断で、自分も異聞結晶を取り出す。
「ほう、異聞結晶の所有者か」
フェステが僅かに目を見開いたが状況は変わらない。
結晶を握りこんだ腕も、更に強くなった重圧に叩きつけられる。
プライドの腕が結晶の能力解放によって装甲に包まれた。
しかし、身動き一つ取れないのでは意味がなかった。
フェステが指揮でもするかのように指を振ると、プライドの身体が今度は真上に吹き飛んだ。同時に降ってきたシャンデリアと空中で衝突する。
「待て! やり過ぎだ! おい、止めろファランドール!」
「あんなん止められるか!」
冷や汗を垂らして止めに入ろうとするハザールに、友人たるファランドールは首を振った。あの若者の何が父親の気に障ったのか分からないが、あの間に割って入れる人間はこの場にいないことはよく知っている。
土煙が晴れ、床に倒れ込んだプライドの前にフェステが立ちはだかる。
王は静かに問うた。
「のう、おぬし。何をそんなに嘆いておる」
水晶の籠手も砕け、床に突っ伏したプライドの顔は見えない。籠った声が返ってきた。
「────見りゃ分かんだろアホんだら。こんな惨めに這いつくばって、家も、財産も、おれは全部なくして……」
「アホはそちらじゃ、アホ。何も持っていないというならば、おぬしの手にあるものは何なのだ」
手のひらに残った、虹色の異聞結晶が微かに煌めいた。
プライドは喉元までこみ上げる何かを必死に飲み下す。
「……ッ、こんな石っころ……むかつく野郎の横っ面も殴れない、夜の薪にも、腹の足しにもなりやしない!」
裏返った声に、泣きわめく幼児に似た感情が滲んでいる。
「クソこんなことまで言わせやがって! どこまでおれを……下に見たら気が済むんだよ……!」
「それは違う。見下されているように感じるのは、おぬしが自ら下に堕ちたからじゃ」
そう断ち切ると、フェステは踵を返しプライドに背を向けた。
「所詮、今のおぬしは、王の血を引くと言いながらその誇りを忘れた抜け殻よ」
プライドは何も答えない。
王は溜息をつく。それから、静かに口を開いた。
「ほんの数十年前、この花の土地を統一した巨大な国があった」
とりあえずは攻撃が止まったことに安堵しつつ、ハザールが相槌を打った。
「……ローズデイか」
「一代でその偉業を果たした王は、どんな願いもたちどころに叶える、薔薇のように赤い異聞結晶を持っていたという」
異聞結晶は所有者の血統に反応し、特殊な能力を引き出す。
引き出された力によっては、世界の法則さえ書き換えるほど強力な異能にもなる。
「時を経て、偉大な王が亡くなると大国は分かたれ、その結晶も行方が分からなくなったが、王の遺言だけは残った」
世界中に散らばった王の子孫は、全員がローズデイの後継になりうるとされている。
無数の候補の中から、ただ一人を決める条件。それが王の遺言だった。
「失われた異聞結晶────『薔薇の首飾り』を見つけた者が、すべてを手に入れる資格を得る、と」
振り返ったフェステは、力強く拳を握りしめる。
「余は、余の国の王として、グローブを護り、富ませる義務がある」
ローズデイなどという亡国そのものにフェステの興味はなかった。
ただ、ローズデイの遺産の価値はそれだけではない。
「『薔薇の首飾り』は聖杯であり、資源であり、脅威であるが故に、余が手に入れなければ、この国は莫大な不利益を被る」
誰が手にしても、この世界のパワーバランスは大変化を起こす。
獲れなければ負けの、一人しか勝者を生まない熾烈な競争。
「だが、そう考えているのは他の支配者たちも同じ」
フェステは己の異聞結晶を見つめ、プライドに語りかける。
「分かるか。心の折れた者を身内に置いておくほど、この薔薇の争奪戦は易くない」
プライドは力が抜けたように伏せたままだった。
「うるせえな……」
ぽつり、と漏れた言葉に、よく聞こえなかったのか、フェステが怪訝そうな顔をする。
「ほんとにうるせえ……」
顔の傷がずっと痛む。
その宝を求める人間たちは、『一番の先』を見ているのだろう。
ノブレスオブリージュというやつだったか。
自分が分け与える側であることを疑ってもいないのだろう。
王の身分があれば、誰だってそれができると思っているに違いない。
「砂の苦しさも、貧しさも知らないやつに、何が分かるんだよ」
何もない砂の土地で、貧しいなりに助け合って生きていた。家を滅ぼされるまでは。
家族も、友も、全部なくしたあとに、誰に何を分けてやればよかったのだろう。
何を探し求めれば、彼らを救えたのだろう。
「腹が立って、しょうがねえ……ッ」
「……!?」
ぼろぼろの腕で床を押し退けた。
ふらつく身体で、しかし、確実に。
「ぐううッ!?」
フェステの足にしがみつく。
「───ッ!」
小柄な体を引きずり倒し、床に叩きつけた。
不安げに成り行きを見ていたハザールとファランドールが、ぎょっとした顔で見つめている。
「三食食えりゃもう何でもいいと思ってたけどよォ! おかげさまで生きる目標ってやつができたぜ! ありがとな!」
息を切らして立ち上がったプライドは、高々と天高く中指を立てた。
「要するに、あんたたちからそのお宝横取りすれば最強の嫌がらせになるってこった!」
それは、一人の勝者を決める戦いにおいて、勝者そのものを生まない愚行。
歯を剝きだして笑うプライドの表情に、もはや疲れも卑屈も残っていない。
ひっくり返ったフェステの鼻から鮮血が垂れる。ようやく我に返ったらしい衛兵が慌てて叫んだ。
「あ、あの不届きものどもを捕らえろ!」
「えっ、俺も!?」
素っ頓狂な声を上げて自分を指差すハザールの手を掴み、プライドが出口に駆け出す。
「逃げるぞ、サマーセール!」
「ハザールだ!」
煙草を後ろに投げ捨てながらハザールが食って掛かる。
「お前、何してくれてんだよ! 紹介した俺まで巻き込まれたじゃねえか!」
「悪いな! どうせなら一緒にお宝探そうぜ」
「はあ!?」
「退屈なんだろ、面白いもん見せてやるよ。最前列でかぶりつきだ!」
屈託のない笑みを向けられ、ハザールは返す言葉を思いつかない。
いや、その瞳の輝きに魅せられてしまったのかもしれない。
最高の誘いに、口元はにやけそうだった。
「~~~~~ッ!」
歯を食い縛って三秒考え込んだあと、指を突きつける。
「いいか、スポンサーだからな! 路銀は出してやる! でも戦わないからな!」
「へへ、いいぜ! おれが全部ぶっ飛ばしてやるよ」
大量の兵士に追われていることも忘れそうになりながら、二人は拳をぶつけた。
「これからよろしくな!」
***
騒ぎも遠くに去った玉座の間で、報告を受けたファランドールが王に近づいた。
「逃げられたようです。大事ありませんか、父上」
「大したことない! 余を何と心得る」
不機嫌そうに答えたフェステの鼻には、両方チリ紙が詰め込まれている。
「領内の憲兵に手配書を回しますが、まあ、あのハザールがついているのでは捕まえるのは無理でしょう」
「構わん……どうせ、すぐに足取りが分かるようになるわい」
父の言葉に、ファランドールは不思議そうに首を傾げる。
フェステは自分の異聞結晶を掲げながら言った。
「アホというのは太陽じゃ。世界中を回っても……どこにいようと輝くものよ」
「……ふふ、なるほど」
ようやく父のらしくない行動の意図が分かったらしい。ファランドールはくすくすと笑った。
まったく、素直じゃない人間という訳だ。
「確かに太陽は手元にないほうが面白くございますね」
