第1話|名前のつかない「好き」を集める
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すべては、静かにつながっていた。
子どもの頃に夢中だったこと。
遠回りに見えた選択。
環境の変化、出会い、迷い、
そして積み重なっていった経験。
振り返ってみると、それらすべてが静かにつながり、
“いまの私”を形づくっている。
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名前のつかない「好き」
物心がついた頃から、私は
“作ること”と“物語に浸ること”が、ただただ好きだった。
ノートの端にも、スケッチブックにも、
いつも落書きが広がっていた。
気づけば時間を忘れて、描き続けてしまう子どもだった。
手芸にも、夢中になった。
針を黙々と動かし、布を並べ、
形になっていく瞬間が楽しかった。
「こうしたら、もっと良くなるかも」
そう考える時間は、今でも私の好きな時間だ。
けれど、その“好き”を仕事にする姿は、
当時どうしても思い描けなかった。
評価を受け、お金をいただくほどの力が
自分にあるとは思えなかったし、
「好きだからこそ、仕事には向かないのかもしれない」
そんな不安が、いつも隣にあった。
高校生になり、
進路の岐路に立たされてもなお、
「好きなことを仕事にしたい」
と胸を張って言うことができなかった。
“好き”はたくさんあるのに、
将来につながるものとしては、根拠に乏しく思えて
雲をつかむような感覚だった。
友達が当たり前のように進路を決めていく姿を見ながら、
「どうしてみんな、迷わず進めるんだろう」
そう思った日のことを、今でも覚えている。
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価値観の違いの、その先で
父親との価値観の違いも、
私の背中に重くのしかかっていた。
父は自営業で設備工事の仕事をしており、
家の中はいつも、仕事の延長線にあった。
「大学に行かなくても、仕事はできる」
「中途半端な進学先なら学費がもったいない」
実際、父は決して豊かではない家庭環境の中で育ち、
学歴のある兄を横目に、
早くから労働で人生を這い上がってきた人だった。
当時は、まだ女子の学歴が
今ほど重要視されていない時代。
私の下には弟も妹もいて、
父の会社も、決して“安泰”とは言えなかった。
はっきり「反対だ」と言われたわけではなくても、
それは事実上の「反対」だった。
父にとって、私のぼんやりした夢は
「非現実」であり、
「論外」
なのだから。
本を読むこと。
調べること。
美しいものを見ること。
落ち着いた環境を整えること。
自分の「好き」に囲まれていたい。
身の回りを「心地よく」整えていたい。
それが仕事にできるなら、どれほど楽しいだろう。
いつしか私は、
もともと興味のあったインテリアデザインという仕事に、
漠然とした憧れを抱くようになっていた。
“好き”なことにこだわることで
何か自分の“核”になるものが、
欲しかったのかもしれない。
それももちろんあったけれど、
父に自分の気持ちを認めて欲しかった、
ただそれだけだったのかもしれない、
とも思う。
この分野なら、
自分の好きなことを仕事にしても
理解してもらえるのではないか
その小さな憧れと希望を頼りに、
職能校のインテリアデザイン科への進学を決めた。
すぐに社会に出るだけの勇気はまだなかった。
もう少し、この憧れを身近に感じられるだけの時間が欲しかった。
基本的に進学に費用はかけてもらえない。
父に交渉するため、学費が最少限で済む進学先を探した。
確信があったわけではない。
「ここから、何かが見えてくるかもしれない」
そんな淡い期待と、
小さな勇気だけを手がかりにした選択だった。
今思うと、あの選択が
私にとって、ひとつの原点だった。
迷いながらも、“好き”を手放さず、
たとえ自信がなくても、自分で選んでみたこと。
それは、私が
“自分の足で進んだ” 初めての選択だった。
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“自分の足で進んだ”
その実感は、私の中に確かに残っていた。
職能校で過ごした時間は短かったけれど、
好きなものを学び、同じ方向を向く人たちと並んで過ごした日々は、私にとって大切な時間だった。
卒業後、
私はその「好き」を、
いよいよ仕事の現場に置いてみることになる。
——小さな町の、家具工場で。
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