自虐史観はナンセンス 戦争は否定しても英霊や先人には感謝と敬意を
「太平洋戦争」と「大東亜戦争」
日本は何のために戦ったのか
「この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。」
「あの戦争の敗者は日本ではない。真の敗者は植民地をほとんど失った欧米列強だ。」
昭和通史
日米開戦
「日本人は頭蓋骨の発達が白人より二千年遅れているから凶悪なのだ」
ルーズベルトニ与フル書
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。(ただ東洋のものを東洋に返すに過ぎないではないか。)
特攻は否定しても英霊や先人には感謝と敬意を
「日本以外の方は特攻隊員が洗脳されたり、狂信的なものと想像することでしょう。彼らの遺書を読めば狂信者とは程遠い存在であることが解ります。彼らが守りたかったのは母であり、妻であり、愛する家族だったのです。」
慰安婦
尼港事件
尼港事件とは、1920年大正9年3~6月、樺太最北端の対岸ニコラエフス港市において、4000人の赤色パルチザンが行った大虐殺であり、市街は跡形も退く消滅した。
済南事件
腹部内臓全部露出せるもの、女の陰部に割木を挿し込みたるもの、顔面上部を切り落としたるもの、右耳を切り落とされ左頬より右後頭部に貫通突傷あり、全身腐乱し居れるもの各一、陰茎を切り落とし…
南京事件 (昭和十二年)
徴用工
通州事件
1937年7月、通州で、支那人の保安隊と学生による日本人居留民大虐殺があった。 事件の翌日、居留区に入った日本軍は二百数十名の遺体を目にし、絶句した。切断された四肢や頭部、えぐり取られた局部や目、剥がされた頭皮、割かれた妊婦の腹…およそ人倫に外れた、凄惨な暴虐の限りを尽くした痕跡の数々――。
通化事件
「通化事件」とは何か。終戦から半年が過ぎた頃、国家がその機能を失い、実力部隊たる関東軍からも見放された酷寒の満洲・通化 (鴨緑江に近い満洲東部の町) でおよそ三千名の日本人が、中国共産党軍と朝鮮人ゲリラによって虐殺されるという惨劇が起きていた…
末期、戦後
日本のパラオ統治
敵兵を救助した日本海軍
「夢を見ているかと思い、何度も自分の手をつねった」
インドネシア
ブルネイ発展の礎を築いた日本人
「日本人の行動、日本人の行為が後世に笑われ、批判されるようなことがないように、品位を維持し日本の国際的信用を高め、長く良い印象を残しておけばいつか海外に発展飛躍ができるから、好感と信頼感を保つようにしたい」
ソ連に強制連行された日本人が建てたナヴォイ劇場
1945年から1946年にかけて
極東から強制移住された
数百名の日本国民が、
このアリシェル・ナヴォイー名称劇場の
建設に参加し、その完成に貢献した。
書籍
総括
日本軍を美化したいとは思いません。史実に基づいて是々非々でとらえることが重要です。軍人の中にも色々な人がいたわけです。そこを丁寧に見たい。その上で、日本軍が米軍やソ連軍などと比べて、特別に軍紀違反が多かったり、残虐だったり、非人道的だったとは全く思いません。歴史を公正に見よう。
— 早坂隆 (@dig_nonfiction) January 17, 2022
パラオ・ペリリュー戦の帰還兵である永井敬司さんはこう語ってくれた。「日本を守るためですよ。内地で暮らす家族や女性、子供を守るため。私たちは太平洋の防波堤となるつもりでした。そのために自分の命を投げ出そうと。そんな思いで懸命に戦ったのです」。永井さんは2019年11月4日に御逝去。合掌。 pic.twitter.com/RYMfpUi2cD
— 早坂隆 (@dig_nonfiction) August 7, 2023
私達の先人が、日本が植民地とならないために、どれほどの犠牲と努力をはらい、日本を護り抜いてきてくれたか。そのおかげで、いまの私達が生きています。日本という国があります。平和を満喫し、世界中のおいしい料理を食べることができ、エアコンの効いた部屋で過ごせるという豊かな生活を送ることができています。それは他の誰でもない。私達の先人たちが、私達を守ってくれたおかげです。そういうことを、私達は、ちゃんと知らなきゃいけないし、子供達に教えなきゃいけないと思います。
