command: silent 03 笑ってたのは、子どもの方だった
嘘をつく時に口数が増える人間を、お前も一人くらいは知ってるだろ。
ある家の話をする。
前とは別の家の話。
……いや、同じ家かもしれない。
まあ、どっちでもいい。
両親が別れて、何年か経った頃。
父親から呼び出しがあった。
駅前の喫茶店。
向かいに座るなり、父親がやけに明るい声で話し始めた。
「母さんがさ、夜の仕事してるらしい」
唐突だった。
コーヒーを頼んだばかりで、まだ湯気も立ってない。
「俺が見つけたんじゃないよ?会社の同僚がさ、たまたま見つけて……」
口数が多い。
目が泳いでいる。
声が、少しだけ上擦っている。
……この人に、仲のいい同僚なんていただろうか。
そんなことを思いながら、子どもは黙って聞いてた。
やけに具体的な話が続いた。
店の場所、紹介の仕組み、写真の特徴。
「同僚が見つけた」にしては、あまりにも詳しかった。
……たぶん、自分で見つけたんだろ。
子どもにはわかってた。
でも、それを口にはしなかった。
「へぇ……そっか、びっくりだね」
子どもは笑った。
驚いたふりをして、相槌を打って、
「見損なうよね」と、父親が言ってほしそうな言葉を返した。
父親は少し安心した顔をしていた。
……それでいい。
この人が崩れるよりは、自分が笑っている方がずっと楽だ。
子どもはそう判断した。
高校生の頃の話だ。
お前に聞きたいことがある。
……いや、聞かない。
ただ、こういうことはある。
大人が背負いきれなくなった荷物を、 子どもが黙って受け取る瞬間。
怒鳴られるわけでもない。
頼まれるわけでもない。
ただ、「この場で大人でいなきゃいけないのは自分の方だ」と、
子どもが勝手に判断して、笑う。
笑えてしまう、というのが一番厄介だ。
泣く子どもは、誰かが気づく。
怒る子どもも、誰かが止まる。
でも笑ってる子どもは……誰にも、見つからない。
その子どもは、喫茶店を出る前にひとつだけ言ったらしい。
「この話、下の子たちには絶対するな」
それだけ。
自分が聞かされたことには何も言わず、
ただ、次の被害者が出ないようにだけ手を打って、店を出た。
……お前に何かを考えてほしくて、この話をしたわけじゃない。
ただ、笑うのが上手い子どもの話を、 今日はしたかっただけ。
▶ command: silent 04 サイテーだね、と笑う子ども
