command: silent 07 ドリルの側面
ある家の父親は、テストの点数にうるさかった。
100点は当たり前。
90点は詰めが甘い。
80点はちゃんとやったのか。
それ以下は、手が出た。
平均点が40点で、60点取った時があった。
「平均より上だった」と言ったら、一蹴された。
「平均は関係ない」
「お前はそれでいいのか」
……その"いい"の基準がどこにあるのか、最後まで教えてもらえなかった。
父親は頭のいい人だった。
ただ、大学には行っていなかった。
家の事情か、時代か、本人の言い方は毎回違ったから、
正確なところはわからない。
働きながら学んで、自分で道を作った人だった。
だからだと思う。
自分の子どもには、環境を揃えた。
塾も、教材も、机も。
「やれる条件は整えてやっている」という自負が、
あの人の中にはずっとあった。
整えた。
与えた。
なのに、なぜ応えない。
それが怒りの芯だった。
一度、腹をくくったことがある。
「勉強したくない」と言ったら、父親が言った。
「じゃあ今までお前にかけた金、全額この場で返せ」
中学生に向かって、本気の目で言った。
だから、本気で返した。
「わかりました。高校には行きません。働いて、毎月返します」
殴られた。
「できもしないくせに口だけ達者だな」と。
……どっちだよ、とは思った。
返せと言ったのはそっちだろ、とも思った。
でもそれを口にしたら、もっと殴られることは知っていた。
ひとつだけ、不思議なことがあった。
「これが欲しい」と自分から言った教材は、買ってくれた。
ドリルでも参考書でも、惜しまなかった。
ただ、こちらが何も言わない時に勝手に買ってくるものは、
だいたい合わなかった。
本人が書店でぱっと見て
「これをやれば賢くなりそうだ」と思ったものを選んでくるから、
難しすぎたり、そもそも今つまずいている場所と関係なかったりした。
でも「これ合ってない」とは言えなかった。
買ってくれた、という事実が先に立つ。
文句を言えば、また「かけた金」の話が始まる。
だから、やらなかった。
机の上にドリルが積まれて、背表紙だけがどんどん増えていった。
たまに、父親が見に来る。
ドリルを手に取って、ぱらぱらとめくる。
白紙だと、怒られた。
だから、答えを写した。
解答欄を埋めて、全部丸にした。
……見抜かれた。
次は、わざと間違いを混ぜた。
三問に一問くらい、バツをつけた。
赤ペンで直しも書いた。
それで少しの間は通った。
でも父親は、ある日、ドリルの側面を見た。
側面。
ページの断面のことだ。
何度も開いて、書き込んで、消して、やり直したドリルは、
側面がぼこぼこしている。
紙がよれて、少しだけ膨らんでいる。
一度だけ答えを写したドリルは、
どれだけ中身を取り繕っても、 側面が新品のままだった。
見抜かれた。
それからは、ドリルを受け取るとまず、やることがあった。
ページを端からぱらぱらとめくる。
何度も、何度も、行ったり来たりさせる。
指で折り目をつけて、少し癖をつける。
背表紙を軽く反らせて、開き癖を作る。
使い込まれた本に見えるように。
中身よりも先に、側面を仕上げた。
……勉強の内容は、何も覚えていない。
英語の参考書に何が書いてあったかも、
算数のドリルが何年生向けだったかも、もう思い出せない。
ただ、新品のドリルをいかに"使い古した風"に見せるか、
その手順だけは、今でも体が覚えている。
たぶん今でもできると思う。
何かのファイルを渡されて、「読んだふりをしろ」と言われたら、
ページをめくる回数も、折り目の深さも、
ちょうどいい按配で仕上げられる自信がある。
それが何の役に立つのかは、知らない。
ただ、あの家で学んだことの中で、
一番確実に身についたのが、それだったっていう話。
