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正史と民間伝承「ヒルコと猿」

「かぐや姫」とか「浦嶋太郎」などの昔話に、隠された歴史の秘密を解く鍵があるのではないか… そう考える人は少なくなく、ネットにもたくさんの記事があります。この記事の趣旨はそれです。

 ただ、扱うお話が「クラゲと猿」という、あまり知られていないお話ですので、拙い謎解きではありますが、新鮮味はあるかと思います。お愉しみいただければ幸いです。

 なお、「クラゲと猿」のお話は「くるくるパスタ 」さんの「【比較神話】肝を忘れた 」という記事で知りました。その中の「【四】日本の夜――猿の生き肝」です。「くるくるパスタ 」さん、ありがとうございました。

「クラゲと猿」(わたしの勝手な要約)
 竜宮城の乙姫様が病気になり、部下に「猿の肝」をとってこいと命じるところから、物語がはじまります。
 役目をかって出たのがクラゲ。昔のクラゲは骨があり、陸に登ることができたようです。

 クラゲは首尾よく猿を勧誘することに成功し、竜宮城に連れて行きます。ところが途中で「乙姫様がキミの肝をご所望なんだよ」と口を滑らせてしまいます。海の中まで来たので、もう逃げられないと思ったのでしょうか。
 驚いたのは猿です。肝を取られたら生きていけません。しかし、すでに海の中。逃げるに逃げられません。とっさにこう云いました。
「もっと早く云ってよ。肝は家に置いてきちゃったよ」
 もちろん、それはとっさについた嘘でした。
 クラゲは仕方なく陸に引き返しました。肝を取ってきてもらうために。
 ところが陸に戻ると、猿はさっさと木の上に登り、
「うそだよーん。殺されてたまるかってんだ。バーカ!」

 クラゲは竜宮城に戻って乙姫様に謝りましたが、赦してはもらえず、罰として骨をすべて抜かれてしまいました。だから、クラゲには骨がないんですって~ というオチ

 さて、この話の中に、歴史の秘密が隠されているのでしょうか?
 ともかく糸口を見つけねばなりません。

 まず目にとまったのが「猿」
 ちょうど秦氏の謎解きで「猿=列島の先住民」と解き明かしていたので、ここでもその線で探っていくことにします。

「先住民・猿」の代表と云えば、サルタヒコ(猿田彦)。
 降りてきた天孫に、列島を道案内したという土着の神様ですね。
 そのサルタヒコの最期を覚えておられますか?
 海で比良夫貝に手を挟まれ、溺れ死ぬのです。
 これは何を暗示しているのか? 考えるまでもありません。阿曇比良夫という海人族安曇氏の有力者が実在しているからです。サルタヒコは海人族にヤラれたと考えて間違いないでしょう。

 他にも海幸彦と山幸彦の神話がありますから、海人族と山の民「猿」の間には対立、抗争の歴史があったと思われます。
 ちなみに列島の大半は山です。昔は今より海面が高かったうえに干拓開発なども行われていなかったので、国土の九割くらいが山。したがって、舟で海に出る者たち以外は山の民です。平地で暮らす民が登場するのは水田が開発されるようになってからのこと。

 つまり「クラゲと猿」のお話は、基本、海人族と山の民の物語。

 次に注目したのは、クラゲが「骨を抜かれた」という点。
 神話で「骨がない」者と云えば「ヒルコ」です。イザナキとイザナミの最初の子ですね。不具であったため、葦船に入れられ流されてしまったとされています。字面だけを読めば、障がい児だから捨てたみたいです。なので、昔から議論になってきました。

 もしかして、この「クラゲと猿」のお話が、その謎を解く鍵になる?
 
 やってみましょう。「クラゲと猿」のお話が「ヒルコ」のことだったとしたら、どんな真相が明らかになるのか?

 まず、ヒルコは生まれつきの不具者ではなかったことになります。任務に失敗した罰で不具にさせられた。
 では、任務とは何だったのか?
「猿の肝をとってくる」というのは、列島内地の先住民を征服せよ、ということだったのではないか。

 こじつけのようですが、行けるとこまで行ってみましょう。

 ヒルコは部下です。一番エライのは竜宮城の乙姫様。

 竜宮城・乙姫様とは、歴史・神話上のどの集団、誰に相当するのか?

 この点については、「ミカドの遺伝子」というシリーズで考察してきたので、それを紹介させてください。先行研究を素人が解釈した浅はかなものですが、大筋をつかむには良いかと思います。

 昔々、稲作が普及する前、内地の者たち(山の民)は狩猟採取を生業としていました。食べていくのが精一杯だったと思われます。
 しかし、舟を作り海に乗り出した者たちは、比較にならないくらい豊かになりました。海には幸が豊富であったことに加えて、交易によってさらに富を増やすことができたからです。付け加えて云えば、各地の人たちと交配することで、種としても劣性になりにくかった。優秀な者が生まれる確率が高かった可能性もあります。
 そのような海人族が連合して、北九州と半島にまたがる海峡国家を建設し、大いに栄えました。海人族の特徴の一つは、領土欲がなく、戦争よりも取り引きを好むことだったので、連合が進むのは自然の流れでした。

 海峡国家とは何か? 
列島と半島の両方に拠点を持ち、その間の海を支配したのでそうのように呼ばれます。海人族にとって主たる縄張りは海であり、隔たった陸と陸にまたがるルートを抑えることが権益だったのです。
 竜宮城とは、その海峡国家のことだったと思われます。

 では、乙姫様とは何者か?
 海人族は女王制でした。理由は、男たちはかなりの時間、家を空けて交易や漁に従事していたからです。それは男たちが不在である時間が多かったというだけでなく、行く先々で現地の女性と関係をもったことも意味します。女性について云えば、女たちもまた来訪者と関係を持った。それが海人族では普通のことでした。
 問題は、生まれてくる子供の父親が誰なのかが男にはわからない。男は、自分の子供を特定できないのです。我が子がわからない以上、地位や財産を我が子に継承することは不可能。子供の方だって、ろくに家にいない男に特別な感情など持てなかったと思います。
 一方、母親には自分の子どもがわかりますし、育てるわけですから、感情の結びつきも強固です。血縁を尊重するなら、母から子へと継承するしかないのです。だから女王制になる。

 つまり、乙姫様とは、そんな海峡国家の女王のことではないか…

 相変わらず、こじつけみたいですが、不自然ではないでしょう?
 この調子で、続けてみます。

 次に問題になるのが、乙姫様が「病気」だったということ。これは何を意味しているのか?

 乙姫様が海峡国家の女王だったと見れば「病気」についても容易に察しがつきます。繁栄していた海峡国家に訪れたピンチのことです。
 一体どんな事態が発生したのか…… 

 半島の北部で騎馬民族国家が隆盛し、徐々に南下してきたのです。
 海峡国家は富は築いていましたが、強い陸軍など持っていませんでしたから、戦って勝ち目はありません。きわめて由々しき事態となりました。
 おそらく外交、交易の利益をチラつかせて手を結ぼうと呼びかけたのだと思います。が、騎馬民族国家は話の通じる相手ではなかった。彼らは単純に陸を征服したかった。

 戦うしかない、となれば、早急に陸軍を整えなければなりません。どうするか? 半島の拠点はあきらめて、いったん列島に撤退し、列島の内地を支配して陸軍を養成しよう…… そう考えたはずです。

 クラゲの任務「猿の肝をとってこい」が暗示する実態は「列島内地の者たちを征服せよ。そして兵士を集めろ!」ということだった…。

 このこじつけも、不自然ではないでしょ? 

 あれよあれという間に「クラゲと猿」のお話全体を歴史と照らし合わせることが出来てしまいました。

 しかし、辻褄は合ったけど、感動がありませんね。
 語り継がれるお話には、人の心に響く要素があるはずですから、肝心な点を素通りしてしまったようです。何を見落としたのか…

 読み返したところ「クラゲ」のその後が気に掛かりました。
「骨を抜かれて」その後、どうなったのか?

「ヒルコ」は、舟に乗せられて海に流されます。自力では生きていけないわけですが、果たしてどうなったのか。『記紀』には記されていません。
 が、民間には、拾われて福の神(恵比寿)となったとの伝承があります。国家の編纂物では語られず、民間で語り継がれることがある。

 あれあれ… 「口承伝承」といえば「猿」じゃないですか
「ヒルコ」を「福の神(恵比寿)」にしたのは「猿」だった?

 この記事から読み始めた方には、突拍子もない話に聞こえるかもしれませんが、前記事 秦氏と芭蕉「さるをきく」をお読みいただければ「猿=口承伝承者」のリアリティを感じていただけるかと思います。

「クラゲと猿」のお話、実はその続きがあったのではないか。
 手掛かりは「ヒルコ」が「福の神(恵比寿)」になっていることです。
 そこから逆算すると……

 骨を抜かれて流された「クラゲ(ヒルコ)」が漂着した場所は、奇しくも「猿」のいるところでした。
「猿」は「クラゲ(ヒルコ)」が、うっかり口を滑らせたのではなく、実は自分を助けてくれたということに、気づいていました。
 骨を抜かれた「クラゲ(ヒルコ)」を「猿」が救出し、生涯、手厚く養護したことは云うまでもありません。

 結末は、こうです。

「猿」に助けられた「クラゲ(ヒルコ)」は手も足も使えませんでしたが、喋ることは出来ましたし、頭も聡明でした。そこで自分に出来る事は何かと考え「猿」の村の記録を受け持つことにしました。年寄りの知恵、いい話、あるいは遺言、伝言、記録しておいた方がいいことはすべて「クラゲ(ヒルコ)」が覚えてやったのです。
「猿」の村人は大喜び。何しろ文字の無かった時代のことですから、記録は大きな課題だったのです。とても感謝されました。
「クラゲ(ヒルコ)」が偉かったのは、記憶のやり方を、自分が死ぬ前に、「猿」たちにちゃんと伝えことでした。「猿」が優れた口承伝承者になったのには、そんなドラマがあったのです……

 自分で書いておいて、云うのも何ですが
 国家が編纂する内容と民間で伝承されるお話は、質的に別物ということに気がつきました。

 この記事を書き始めた時には、歴史の秘密を解く鍵が見つかるかもしれないと期待していたわけですが、国が作る歴史と民間が語り継ぐ物語では目的が違う。辛辣に云えば、

国は自らの権力の正統性を語りたがる

それに対して

民間で語られるのは弱き者が救われる物語

どっちも正確さは二の次~

この記事の一番の意義は、それが示せたこと、かな

「こじつけ」「こじつけ」と途中、自虐的に連呼しましたが、

下々の民としては、希望や理想を織り込んだ物語を望むのは
きわめて自然なことだったのです!

極論すれば
庶民にとって必要不可欠なのは
国家の秘密よりも
自分たちの物語かも

* * *

最後にあらためて、この記事をかくきっかけを与えて下さった
「くるくるパスタ 」さんへのリンクを貼らせていただきます。


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