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島へ集まり始めた波【島学#04】/離島の小学校三年目の学び編 04

2004年5月「島っ子交歓BLOG2004」が動き始めた頃、島の学校には、外から様々な話が少しずつ集まり始めていた。

研究会、取材、映像プロジェクト、そして県外の先生方とのつながり。

小さな離島の学校は、気がつけば、いろいろな“波”が行き交う場所になり始めていたのである。

1.外から届き始めた知らせ

5月に入る頃になると、「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」の準備も、いよいよ慌ただしくなってきた。

それとは別に,昨年の夏、地元電力会社の方が島へ取材に来られていた。
「アワビいっぱい大作戦」の様子も含めて島のことを、広報誌の特集で紹介したいという話だった。
その担当の方から電話があり、追加で写真を送ってほしいとのことだった。

こうして島のことが外へ紹介されていくのは、やはりうれしい。

さらに、その日は地元NHK放送局のディレクターさんからも電話が入った。
以前から、島の情報教育について取材したいという話は聞いていたのだが、6月4日に予定している「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」のオプショナルツアーについて詳しく説明した。

静岡大学のH先生と金沢大学のN先生が来島し、授業公開も行う予定であることを伝えると、「その日に取材に入ります」とのことだった。

小さな島の学校に、大学の先生、研究会参加者、そしてテレビ局までやって来る。

なんだか、ずいぶん賑やかな1日になりそうだった。

2.週末の打ち合わせへ

その週末は、朝から雨模様だった。

午後から、本土で行われる「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」第3回打ち合わせ会へ向かった。

これまでの申し込み状況を確認しながら、今後の準備について話し合っていく。
Webでの申し込み締切は過ぎていたのだが、宿泊確保のための期限だったこともあり、もうしばらく延長することになった。

せっかくの地元開催である。

「もう少し地元の先生方にも参加してもらいたいですね」

そんな話も出ていた。

気がつけば、開催まで1ヶ月を切っていた

学校の仕事をしながら、研究会の準備を進め、島と本土を往復する。
あの頃は、それが特別なことだとも思っていなかった。
ただ、目の前のことを順番に片付けていただけだったのである。

3.名誉島民が増えていく

週が明けると、学校ではいつもの日常が待っていた。

この日は児童1名が欠席していたため、授業の進度をそろえる意味もあって、1時間目は「キーボー島アドベンチャー」に取り組ませることにした。

すると、4年生の児童1名が「名誉島民」に認定された。

もちろん、昨年度から少しずつ練習は続けていた。
それでも、子どもたちなりにかなり頑張っていたのである。

翌朝には、前日欠席していた児童も、登校するとすぐにキーボー島へ挑戦した。
同級生が先に合格したことが刺激になったのだろう。
こちらも見事に「名誉島民」となることができた。

これで4年生2人は全クリア。

3年生の1人は、まだ「見える指」で特訓中だった。
「これが終わったらキーボー島へ挑戦させてあげるよ」と話してあったので、毎日かなり真剣だった。

その一方で、自分の机の上には、「2005年の教室を考える会」の案内文書や研究会資料が積み上がっていく。

夕方、一度宿舎へ戻って食事を済ませた。

そして、また学校へ戻る。

・・・再出勤である。(笑)

もっとも、あの頃はそれを苦にしていた記憶があまりない。

NHKディレクターさんとの電話打ち合わせをしながら、校長先生のPCでWindows Updateを進め、その横で学会発表用の論文プロットをまとめていく。

気がつけば、時計は24時前になっていた。

やっとのことでメール送信を終え、静まり返った学校を後にした。

4.予定表のすき間を埋めながら

5月中旬に入っても、慌ただしさは変わらなかった。

日中はメール受信の不調対応に時間を取られ、「せっかく空き時間にやっておきたかったのに……」と苦笑する。
そうかと思えば、「2005年の教室を考える会」の案内文書を印刷し、市教委から配布してもらえるよう校長先生へ相談していた。

さらに、KWNプロジェクトでは、師匠(大学院ゼミの指導教授)の紹介で、松下視聴覚財団の方が来島されることも決まった。

県総合部会事務局長のFさんからも電話が入り、この年初めて実施される統一研究大会のサポートや今後の日程についても話し合った。

その合間を縫って、市教育実践論文表彰式のプレゼンも作らなければならなかった。

結局、この日も一度宿舎へ戻って夕食をとり、再び学校へ戻ることになった。

・・・今日も再出勤である。(笑)

夜の学校で、プレゼンをなんとか完成させる。

翌日の表彰式へ出席するための自習計画を整え、ようやく学校を後にした頃には、すっかり遅い時間になっていた。

毎日、やることは山ほどあった。

それでも、不思議と疲れていた記憶はない。

忙しさの中に、自分でも気づかないくらい夢中になっていたのかもしれない。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く👇

前回の話👇

◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇

約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。

この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。

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