情報教育という名の航路【島学#03】/離島の小学校三年目の学び編 03
2004年4月。
小中合同の「島っ子交歓BLOG2004」が動き始めた頃、島の外から届くメールや案内が少しずつ増え始めていた。
研究会の準備。
県外の大学の先生方とのやり取り。
そして、「映像をやってみないか」という突然の誘い。
気がつけば、離島の小さな学校で続けていた実践が、回線の向こう側の誰かとつながり始めていた。
ただ、その頃の学校は、まだ15kのアナログ回線だったのである。
1.島へやって来る人たち
4月も半ばを過ぎる頃になると、学校の新年度がようやく動き始めた実感が出てくる。
その一方で、自分の周囲では、島の外へ向けた動きも少しずつ慌ただしくなっていた。
「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」のWeb申し込みが始まったのである。
日程も決まり、6月4日(金)には島でオプショナルツアーを行う予定になっていた。
当時から、情報教育の分野で精力的に活動されていた静岡大学のH先生と、金沢大学のN先生が、この小さな島まで来てくださることになっていたのである。
もちろん、希望者は一緒に参加できる。
その翌日と翌々日の土・日曜には、本土のJ社で特別大会のメインの会が開催される。
島と本土、学校現場と研究会、その両方をつなぐような日程だった。
さっそくMLへ案内を流し、市内の学校にもメールを送った。
教育委員会には事前に話を通してあり、校長会でも校長先生から紹介していただいていた。
どれくらい地元から参加があるのか。
「ただオプショナルツアーに関しては、平日だからなあ・・・。」
そんなことも気になっていた。
狭い島の中でやっていることのはずなのに、気がつけば県外の先生方や研究会の話とつながっている。
「情報教育のつながりとはこういうものか。」
あの頃は、そんな感覚を少しずつ持ち始めていた時期だった。
2.映像という新しい波
そんな頃、師匠(大学院時代のゼミの教授)からも1通のメールが届いた。
「KWNプロジェクトに参加してみないか」
KWN・・・キッド・ウィットネス・ニュース。
パナソニックが進めている映像制作プロジェクトで、子どもたちがチームで映像作品を作る取り組みだという。
参加すれば、ビデオカメラなどの機材貸与も受けられるらしい。
当時、映像制作はまだ特別なものだった。
スマートフォンどころか、デジタルビデオカメラですら学校現場には十分普及していない時代である。
編集環境も今ほど簡単ではない。
だからこそ、「子どもたちと映像をつくる」という響きには、どこか未来の匂いがあった。
ただ、正直に言えば迷ってもいた。
BLOGもある。
総合もある。
研究会もある。
校内の仕事も当然ある。
そこへさらに映像制作まで加わる。
本当に回るのだろうか。
しばらく考え込んだ末、最終的には参加することに決めた。
ビデオカメラ3台を活用しながら、実践に結びつけていこう。
師匠へ返信メールを送りながら、また新しい何かが始まりそうな予感がしていた。
3.押し寄せるものの中で
4月後半は、不思議なくらい様々なことが重なっていた。
快晴の日の音楽の空き時間には、市教育論文の校正を進めていた。
そういえば、この頃ちょうど、市の表彰式でプレゼン発表をすることも伝えられていた。
そろそろスライドも作らなければならない。
次から次へと新しい話がやって来る。
もちろん嫌ではない。
ただ、多くのことが一度に押し寄せてくる感覚に、少し戸惑っていたのも事実だった。
さらに、昨年度から使わせていただいていた「Web学級日誌」も、今年度も継続して利用できることになっていた。
毎日の学級の出来事を書き込み、利用校同士で交流もできる。
当時としてはかなり先進的な取り組みだった。
ちなみに、この年のチーム名は「青波島(仮名)キャンディーズ」。
3・4年生が女の子3人だけだったからである。
自分が名付けたが、少しだけ気に入っていた。(笑)
午前中には、その「Web学級日誌」のバージョンアップ版をダウンロードすることにした。
とはいえ、島の回線事情は相変わらずだった。
15kのアナログ回線では、分割ダウンロードをしてもとにかく遅い。
進捗バーがほとんど動かない画面を眺めながら、
「いつ終わるんだ、これ・・・」
と苦笑していた。

4.船が止まる日、時刻が合う夜
4月27日。
天候は荒れ、連絡船は全便終日欠航となった。
島では珍しいことではない。
けれど、船が止まると、島の空気そのものが少し変わる。
外との行き来が完全に切れる感覚があるのである。
そんな中でも、MLへは再び「2005年の教室を考える会 in 地方特別大会」の案内を流していた。
翌日には、学校のPC時刻合わせにも取り組んでいた。
以前、「桜時計」というソフトを使っていたことを思い出したのである。
衛星通信時代にはうまく使えず、しばらく忘れていたのだが、プロバイダ経由の接続になった今なら動くかもしれない。
ふと思いついた。
ただ、学校サーバとしてBJDを導入していたため、そのままではうまくいかない。
そこでBJD掲示板を全文検索し、「桜時計」の設定方法を探し出した。
試行錯誤しながら設定すると、見事に時刻が合った。
クライアント側も問題ない。
スタートアップに登録しておけば、BJDのダイヤルアップ接続と連動して、自動的に時刻を取得してくれる。
たったそれだけのことなのに、妙にうれしかった。
あの頃は、学校のコンピュータがきちんと同じ時刻を刻むことさえ、小さな達成感のある仕事だったなと思っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。 次回に続く👇
前回の話👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。 予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。 そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
マガジン離島の小学校三年目の学び編👇👇
離島の小学校編Season3マガジン👇👇👇
いいなと思ったら応援しよう!
応援いただいたお気持ちは、子どもたちの学びを物語として発信し続ける力となり、教育の現場で役立つヒントへとつなげていきます。