あの職員室の続き【ふエ#33】/ ふりかえりエッセイ 33
教員生活を振り返ると、節目にはいつも時代の出来事が重なっている。
管理職として歩み始めたころには東日本大震災があり、その後にはコロナによる臨時休業もあった。
現役のころは、ただ目の前の仕事に追われて走り続けていた。
退職してから、その教員人生を懐かしい顔ぶれと語り合う機会がある。
あの職員室の続きのような時間である。
前回のエッセイ
退職校長会という集まり
退職校長会という組織がある。
退職校長会とは、退職した校長が集まり、これまでの教育経験を生かして地域や学校の教育活動を支えたり交流したりする団体のことである。
そしてその名の通り、校長で退職した教員が入会する会である。
もっとも、入会は義務ではない。
退職した校長すべてが自動的に会員になるわけではなく、入るかどうかは本人の意思に任されている。
退職後の生活の中で、あえて組織に属さない選択をする人もいるし、つながりを大切にしたいと考えて入会する人もいる。
退職という節目のあと、それぞれがどのような形で教育との関わりを続けていくかは、人によって実にさまざまである。
私も、自分が最も長く勤務した市のこの会に加えていただいていた。
退職前の3月、以前お世話になった校長先生から声をかけていただいたことがきっかけで入会することにした。
長い教員生活の中で、折に触れて助言をいただいたり、時には背中を押していただいたりした先生である。
その先生から「よかったらどうだろう」と声をかけていただいたときには、自然に「ではお世話になります」と答えていた。
ちなみに本市のこの会は、他の郡市に比べて参加率がかなり高いという話である。
正確な数字を知っているわけではないが、聞くところによれば割合としてはかなり多くの退職校長が入会しているらしい。
おそらく、それぞれの人間関係がよいからなのだろうと思う。
長い教員生活の中で築かれてきたつながりが、そのままこの会の空気をつくっているのだろう。
退職校長会の役割を考える
退職校長会の役割について語るとき、一般的には「教育経験を社会に生かす地域の教育支援組織」という説明がされることが多い。
長年学校経営に携わってきた人たちの知見を地域や学校に還元するという意味では、確かにもっともな役割である。
しかし、それが本当に現在の教育現場から求められていることなのかと考えると、少し立ち止まって考えたくなる。
教育の世界は想像以上に速いスピードで変わっていく。
現場を離れた人間が、かつての経験だけを根拠にして意見を言うことが、必ずしも役に立つとは限らないからだ。
私自身としては、これまでの経験を振りかざして口出しだけするような存在にはなりたくないと思っている。
現場で日々奮闘している先生方にとって、退職した人間が上から物を言うように見えたら、それはきっと煙たい存在でしかないだろう。
教育の現場は、今そこにいる人たちのものである。
だからこそ、距離の取り方というものは大切にしたいと思っている。
もちろん、長年の経験が役に立つ場面もあるかもしれない。
しかし、それは「助言する立場」というよりも、必要とされたときに静かに力を貸すくらいの距離感でよいのではないか。
そんなことを、この会に参加しながら時々考えている。
この会の空気

本市の退職校長会は、どちらかと言えば会員同士の交流の場という色合いが濃い。
その点が、私自身にはむしろぴたりとはまっているように感じている。
参加しているのは、市内の小中学校で長く勤務されてきた先生方である。
私の教員時代を振り返ると、そこにはさまざまな校長先生の姿が思い浮かぶ。
教諭のころにお世話になった校長先生、教頭時代に支えていただいた校長先生、あるいは教諭時代にともに仕事をした先輩方や年齢が近い先生方。
そのような先生方が、この会には何人もいらっしゃる。
声をかけてくださった校長先生も、まさにそのようなお一人である。
教員として歩んできた時間の中で、節目ごとに関わりを持ってきた先生方が、退職後も同じテーブルを囲んでいるというのは、どこか不思議な感じもする。
会に参加すると、懐かしい顔ぶれが自然に集まってくる。
自分の実践を理解し、支えてくださった管理職の先生方もいれば、かつて同僚だった先輩の先生もいる。
同期として苦労を共にした仲間もいるし、一緒に体育主任として仕事をした先生方もいる。
あの頃の出来事を共有している人たちと顔を合わせると、時間が少し巻き戻るような感覚になる。
教員生活を振り返る時間
中には、忘れられない出来事を共有している人もいる。
例えば、一緒に体育主任をしていたときに経験した「大橋の悲劇」のことなどは、今でも顔を合わせれば話題になる出来事の一つである。
しかし、年月が過ぎてこうして当時の仲間と語り合っていると、その出来事もまた教員生活の一つの思い出として語られるようになる。
あのときは本当に大変だったな。
あの場面では、あの先生がよく動いてくれた。
そういえば、あの学校ではこんなこともあった。
そんな話が、次から次へと出てくる。
教員生活というのは、日々の仕事に追われている間は振り返る余裕がほとんどない。
しかし、こうして時間が経ってから同じ時代を生きた人たちと語り合うと、それぞれの出来事が少しずつつながって見えてくる。
この会は、そうした意味では自分自身の教員生活を振り返る場でもある。
長く続けてきた仕事の記憶を、誰かと共有しながら少しずつ整理していく時間と言ってもよいかもしれない。
年に2度の集まり
現在、この会の主な活動は年に2回の会合である。
5月には新会員を迎えての総会と懇親会があり、1月には講演会と祝賀会、そして懇親会が行われる。
回数だけを見ると決して多いわけではない。
むしろ、年に2回だけの静かな集まりと言ってよいだろう。
しかし、その2回の会合に参加すると、久しぶりに顔を合わせる先生方との会話が自然と弾む。
退職してからの暮らしの話を聞くこともある。
まだまだ何らかの形で仕事を続けている人もいれば、地域の活動に関わっていたり、趣味を楽しんでたりする人もいる。
健康の話になることもあるし、家族の話になることもある。
もちろん、時には学校の話題になることもある。
それぞれが歩んできた長い教員生活の延長線上に、今の時間がある。
そんなことを感じながら、昔の出来事を思い出し、近況を語り合う。
退職校長会という場は、私にとってはそんな穏やかな交流の時間になっているのである。
振り返ってみれば、私の教員生活は、こうして並んで座っている先生方と一緒につくってきた時間だったのかもしれない
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