節目の春と3.11【ふエ#32】/ ふりかえりエッセイ 32
1 節目の春
15年前の3月11日。
その日は、私の教員人生の一つの節目の時期だった。
私は当時、主幹教諭として勤務する最後の年を迎えていた。
4月から新任教頭として別の学校へ異動することが決まっていた。
当時は管理職登用の結果の伝え方が今とは少し違っており、異動先の内示よりも前に、まず合否だけが知らされる仕組みだった。
現在はそのような運用はなく、合否も異動先も内示まで分からない形になっている。
その年、私は4年生の担任をしていた。
学校は卒業式を控えた、年度末の慌ただしい空気に包まれていた。
2 防災無線と震災の記憶
その日の午後は卒業式に向けた校内清掃だった。
子どもたちは少し早めに5校時を終えて下校し、私は渡り廊下の窓拭きをしていた。

15時頃、市内の防災無線から地震発生を知らせる放送が流れた。
西日本だったため、こちらでは揺れはほとんど感じなかった。
しかし、いつもと違う物々しい雰囲気が伝わってきた。
その後も津波注意報が出ているという放送が何度も流れたため、職員室に戻ってみるとテレビがつけられていて、ニュースが流れていた。
画面には、東北の沿岸に押し寄せる津波の映像や、多くの人々が避難する様子が映し出されていた。
やがて福島第一原子力発電所の事故の状況も報道され始め、事態の深刻さが少しずつ伝わってきた。
これは大変なことになった、と思った。
大きな地震の記憶として私が思い出したのは、阪神・淡路大震災だった。
阪神・淡路大震災は月曜日の未明に起きた。
西日本でも強い揺れを感じ、私も飛び起きたことを今でも覚えている。
その日学校へ行くと、同僚の先生が週末にスキーへ出かけており、地震が起きる少し前に阪神高速を通過していたという話を聞いた。
ほんの少し時間が違えばどうなっていたか分からない出来事で、皆で驚いたことを覚えている。
東日本大震災も規模の大きさから津波の影響が広範囲に及び、西日本でも当初の津波注意報が警報に切り替わるなど、行政の対応も慌ただしくなっていたようだった。
3 避難所となった学校
学校では、大雨や台風のときには災害対応のため、決められた順番で学校に泊まって待機することになっていた。
当時は男性教員がペアで担当する形だった。
この日は、主幹教諭である私と教頭先生が学校に残ることになった。
学校には地域の避難所が設けられており、市役所から担当職員が来ていた。
防災担当部署だけでなく、税務課など別の部署の職員も動員され、避難者を指定された部屋へ案内していた。
今思えば、その頃はまだ危機対応の体制やシステムも十分に整っていなかったのだと思う。
学校に避難者が来ているのに学校職員がいないわけにもいかず、私たちも職員室で待機することになった。
夕方、近くのコンビニへ夕食を買いに行った。
パンなどの棚がほとんど空になっていて、普段とは違う雰囲気を感じたことを覚えている。
避難者は夕方頃から少しずつやって来たが、時間が経つにつれて津波警報が注意報へと変わり、途中で帰る人もいたようだった。
それでも夜中に新たな避難者が来る可能性もあるため、市の職員と私たちは結局朝まで学校で備えることになった。
翌朝は、確か土曜日だったと思う。
夜通しの待機で疲れ切った体のまま、家へ帰ったことを覚えている。
4 歴史と節目が重なった春
後になって思うと、不思議な巡り合わせだと感じることがある。
自分のキャリアの節目の時期に、歴史に残る出来事が重なっていることだ。
東日本大震災が起きたその年の3月、私は4月から新任教頭として別の学校へ赴任することになっていた。
いわゆる学校管理職としてのスタートがこの歴史的な震災が起きた春のことだったのである。
さらにその後、全国的な臨時休校が続いたコロナ禍の3月末にも、4月から新任校長として別の学校へ赴任することになった。
どちらのときも、社会全体が自粛ムードに包まれていた。
お世話になった方々にきちんと挨拶する時間も十分に取れないまま、慌ただしく異動していった記憶が残っている。
それでも、あの春の記憶は私の中に残り続けている。
遠く離れた場所にいた私でさえ、忘れることのできない出来事だった。
ましてや、あの出来事のただ中で生きてきた人たちの思いは、どれほどのものだっただろうか。
その年の4月、私は新任教頭として新しい学校へ赴任した。
その後も、管理職としていくつかの学校で仕事をしてきた。
振り返ってみると、自分の節目と社会の大きな出来事が重なったあの春の記憶は、これからの役割に向き合うときの、ひとつの静かな励みのようなものになっていた気がする。
完
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