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汽笛が鳴るまで、火を焚いた【島総③#11】/総合実践の記録vol4 塩物語編/離島の総合的な学習③ 

約1週間、毎朝火をつけ、流木をくべ、減った分だけ海水を足してきました。
最初は4.5ほどだった数字も、ようやく目標の20へ。
あとはこのかん水をこして、最後まで煮詰めれば、真っ白な塩ができるはずでした。
ところが、できあがったかん水を前にして、手が止まりました。

「……なんか、色がおかしくない?」

透明だったはずの海水が、少し黄色というか、茶色っぽく見えます。
約1週間かけて作ってきたかん水に、いったい何が起きたのでしょうか。

1.真っ白な塩にならない

最初は、何かゴミでも混じっているのだろうと思いました。
そこで、できあがったかん水を丁寧にこしてみます。
ところが、ゴミを取り除いても色は変わりません。
透明になるどころか、やはりどこか黄色というか、茶色っぽい色が残っています。

「これ、ほんまに大丈夫かな。」

見ているだけでは分かりません。
そこで少量のかん水を取り、試しに最後まで煮詰めてみることにしました。
2Lの海水で試したときのように、水分がなくなれば白い塩が残るはずです。

ところが、できあがった塩を見ても、期待していたような真っ白ではありませんでした。
かん水についていた色が、そのまま塩にも残っているように見えます。

ここで、ようやく一斗缶のことが頭に浮かびました。

今回使ったのは、新品の一斗缶です。
使い古したものより新品の方がきれいだし、食べ物を作るのだから、その方が安心だろう。
そう考えて、わざわざ新しいものを用意しました。

しかし、その新品の一斗缶の内側には塗料が塗られています。何日も火にかけ、海水をぐつぐつと煮続けたことで、その塗料が落ちて、かん水に色がついたのではないか。

はっきりと確かめる術はありませんでしたが、考えれば考えるほど、それ以外の原因が思いつきませんでした。

2.約1週間を、捨てられるか

さて、困りました。

このかん水を、どうするのか。
もう一度こせば色が取れるのではないか、しばらく置けば何かが沈むのではないか。
何とかして透明にする方法はないものかと、しばらく考えました。

できれば、捨てたくありません。
約1週間かけて、ようやくここまで濃くしたかん水です。
しかも、販売の日はすでに決まっていて、残された時間にはほとんど余裕がありません。

「何とか使えんかな……。」

そんな気持ちで、もう一度かん水を見ました。
色さえなくなれば、このまま使えるのではないか。
正直、そう思いたくもなりました。

けれど、そこで引っかかりました。
たとえ見た目が透明になったとしても、一斗缶の塗料が溶け出したものだとしたら、それで大丈夫だとは言えません。
何より、これから作ろうとしているのは、人の口に入る塩です。

そして、もう1つ気になったことがありました。
島のきれいな海水から作った塩が、「こんな色になるものなんだ」と思われるのは嫌でした。
悪いのは海ではなく、おそらく私たちが選んだ一斗缶なのです。

ここで捨てれば、また海水からやり直しです。
火をつけ、何日もかけて煮詰めなければなりません。

販売の日から逆算すれば、かなり厳しいことは分かっていました。

それでも、このまま進むことはできない。

しばらく、かん水を前に迷いました。

そして、ようやく腹を決めました。


「捨てよう・・・」

約1週間かけて作ったかん水を、捨てることにしました。

もったいないし、悔しい。
ここまでの時間を考えれば、簡単に気持ちを切り替えられるはずもありません。
それでも、自分たちが納得できないものをそのまま先へ進めるわけにはいきませんでした。

かん水を捨てれば、また振り出しです。
けれど、いつまでも立ち止まっている時間もありません。
しばらくすると、悔しさよりも「じゃあ、次はどうする」という気持ちの方が強くなってきました。

3.もう一度、火をつける

かん水を捨てたときは、さすがにがっかりしました。
これまでの苦労が全部なくなってしまったような気さえしました。

けれど、不思議なものです。
いつまでも落ち込んではいられませんでした。

「じゃあ、今度はどうする?」

そこから気持ちが切り替わりました。
一斗缶がだめなら、別のものを使えばいい。
そこで目をつけたのが、昔、給食で使っていた大きな鉄釜でした。

一度失敗したからこそ、今度は同じことを繰り返すわけにはいきません。
大きな鉄釜を使って、かん水づくりを最初からやり直すことにしました。

ただし、時間だけは待ってくれません。

販売の日は動かせません。
塩が完成しなければ、その後のパッケージづくりや販売の準備にも影響します。
ガントチャートに書かれた予定は、こちらの失敗など知ったことではないように、そのまま先へつながっています。

だったら、やるしかありません。

本当の火と心から一度消えた火を、もう一度つけることになりました。

4.日曜日、1人で島へ戻る

その週の日曜日、本来なら夕方の3便で島へ戻るところを、朝1番の船で帰ることにしました。
一斗缶での失敗で時間を使ってしまっただけに、少しでも作業を進めておきたかったのです。

ただ、天気が心配でした。
前日の台風から変わった低気圧が通過し、西高東低の冬型になっていました。
もともとは2便で戻るつもりでしたが、「ひょっとしたら欠航するかもしれない」と気になり、家を出る前に用務員さんの家へ電話をしました。

「船、出てますか?」

確認すると、1便は出るとのことでした。
それなら行こう。
予定を変え、8時30分発の1便に乗ることにしました。

港へ行ってみると、島へ戻る乗客は私たった1人でした。

「ほんまに1人か。」

枡席に寝転がっていましたが、海はかなり荒れていました。
船は波を受けながら島へ向かいます。
そして島へ着いてみると、北風がものすごい勢いで吹いていました。

しばらくすると、島内放送が流れました。

2便は欠航。

やっぱり。

あのまま2便で帰るつもりだったら、島へ渡れなかったところでした。
ぎりぎりセーフです。

こうして日曜日の朝、誰もいない学校へ向かいました。

5.日曜日、時間が止まった

そこからは、1人で作業を始めました。

鉄釜の下で薪を燃やします。
火が弱くなれば薪を足し、海水が必要になればくみに行きます。
大きな流木はそのままでは入らないので、チェンソーで切りました。

薪を切る。

運ぶ。

火にくべる。

海水を運ぶ。

また火を見る。

誰かと話すわけでもありません。
日曜日の学校には子どもたちの声もありません。
聞こえてくるのは、薪がぱちぱちとはぜる音と、鉄釜の中で海水が煮える音。
ときどきチェンソーの大きな音が、その静けさを破りました。

最初のうちは、「今日はここまでやっておこう」と考えていたように思います。

ところが、いつからだったのでしょう。

そのうち、何も考えなくなっていました。

火が弱くなれば、薪を入れる。

薪がなくなれば、切る。

海水が減れば、運ぶ。

次に何をするかを考えている感覚すらありませんでした。
目の前の状態を見れば、体がそのまま次の作業へ動いていく。
そんな感じでした。

時計を気にした記憶もありません。

腹が減ったとか、疲れたとか、もう休みたいとか、そういうことを考えた記憶もほとんどありません。

ただ、火が燃えていました。

海水が煮えていました。

そして私は、その前で動き続けていました。

不思議なのは、販売まで時間がないからこそ、朝1番の船で島へ戻ってきたはずなのに、作業を始めてからは、その「時間がない」という焦りさえ消えていたことです。

急いでいるわけではありません。

かといって、のんびりしているわけでもありません。

ただ、やっている。

今振り返っても、それ以上うまく説明できません。

学校にいるという感じさえ、途中から薄れていたような気がします。
自分1人しかいない校舎裏で、火と海水と薪だけを相手にしている。
いつもの学校なのに、そこだけ別の場所になってしまったようでした。

時間が早く過ぎた、というのとも少し違います。

時間を忘れた、というだけでもありません。

時間そのものが、なくなっていた。

今思い出すと、そんな感覚に近かったように思います。

ずっと後になって、「ZONE」という言葉を知りました。
スポーツなどで極度に集中したとき、周囲のことや時間の感覚まで薄れていく状態があると聞き、「あの日の自分は、もしかするとあれだったのかな」と思ったことがあります。

もちろん、本当にそうだったのかは分かりません。

ただ、私の人生の中で、あれほど目の前のことだけに入り込み、時間の存在まで忘れてしまった経験は、ほかに思い当たりません。

どれくらい、そうしていたのでしょう。

突然、遠くから音が聞こえました。

船の汽笛でした。

3便です。

その音を聞いた瞬間でした。

「ああ、もう3便か。」

急に周りの景色が戻ってきたような気がしました。

学校があり、港があり、船が着き、先生方が島へ戻ってくる。
いつもの日曜日の夕方です。

さっきまでなくなっていた時間が、汽笛の音と一緒に突然動き始めたようでした。

朝からずっとここにいたはずなのに、長い1日を過ごしたという感覚があまりありませんでした。
けれど、薪は減り、切った木が積まれ、海水は煮詰まっています。

ちゃんと時間は流れていたのです。

自分だけが、それを忘れていました。


ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回に続く👇

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初めて来られた方へ👇👇

本シリーズは、離島の小学校で実践した総合的な学習の記録です。
本作は2004年度、赴任3年目の取組を扱います。
島の人たちのために,ウミブドウを栽培し,お祭りで食べてもらうつもりでした・・・。
この年は,台風の襲来が多く,実践にも大きな影響がありました。

マイタウンマップ・コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した感動の実践「塩物語」です。
「お魚天国海辺のデジタル図鑑」から始まる離島の総合実践3部作の最終作です。

離島の総合的な学習の時間3年目(最終年度)の実践「塩物語編」👇

総合実践のvol2、お魚天国デジタル図鑑編(マガジン離島の総合的な学習の時間①)👇👇

総合実践のvol3、アワビいっぱい編(マガジン離島の総合的な学習の時間②)👇👇👇

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