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もくもく、スモークな日々【島総③#10】/総合実践の記録vol4 塩物語編/離島の総合的な学習③ 

2004年秋。
前回、私たちは約1週間かけて海水を煮詰め、ようやく目標にしていた濃さのかん水を作るところまでたどり着きました。
最初は4.5ほどだった数字が少しずつ20へ近づいていく。
その変化を、毎朝子どもたちと確かめながら火を焚き続けました。

今回は、その1週間を少し巻き戻します。
一斗缶の海水がぐつぐつと煮えている間、私たちはただ塩ができるのを待っていたわけではありません。
販売の日は、もうすぐそこまで迫っていました。
塩を完成させ、パッケージを作り、CMを作り、売る準備もしなければなりません。
煙にまみれながら火を焚く一方で、教室では販売までの時間をにらみながら、もう1つの準備が始まっていました。


1.販売の日まで、あと3週間

かん水が少しずつ濃くなっていく一方で、教室ではもう、その先にある「販売」に向けて動き始めていました。

目指しているのは、塩を作ることだけではありません。
自分たちの塩を完成させ、それを商品にして、実際に販売するところまでが3人の目標です。

そこで総合的な学習の時間に、子どもたちと一緒に「かいけつ表グラフ」を使って見通しをたてることにしました。
今でいうガントチャートのようなもので、これからやらなければならないことを時間の流れに沿って並べ、いつ、何を進めるのかを見えるようにするものです。

大きく分けると、動かさなければならないのは「塩づくり」「ビデオによるCMづくり」「販売の準備」の3つでした。
塩そのものを完成させながら、パッケージを考え、CMを作り、実際に売るための練習も進めなければなりません。
しかも、それらを1つずつ順番に終わらせていく時間はありませんでした。

予定していた販売日は12月16日。
残されているのは3週間足らずです。
もちろん、その間ずっと総合的な学習をしているわけではありません。
普段の授業があり、学校行事やイベントもあり、私の出張も入っています。
その中で、何をいつ進めるのかを考える必要がありました。

「ここまでには塩を完成させたいな。」
「その頃にはパッケージも作らんといかんな。」

学校の予定も一緒に書き込み、販売の日から逆にたどりながら、3人と活動を並べていきました。
それまで頭の中にあった「やらなければならないこと」が、1本の時間の流れの中に少しずつ収まっていきます。

当時作成したガントチャート(活動の見通し予定)

できあがった表を眺めると、なかなか忙しい3週間です。
それでも、ゴールまでの道筋が見えたことで、「次に何をすればいいのか」が3人にも分かるようになりました。

12月16日の販売まで、あとわずか。
教室に広げた「かいけつ表グラフ」を見ながら、いよいよここからが勝負だと思っていました。

2.毎日が「スモークな日々」

そんな話し合いをしている間にも、校舎裏では一斗缶の海水がぐつぐつと煮え続けていました。

朝、3人がそろうと、まず小屋へ向かいます。
塩ボーメを浮かべて比重を測り、前の日からどれくらい濃くなったのかを確かめます。
それから一緒に火をつけ、その日のかん水づくりが始まります。

もちろん、24時間火をつけっぱなしにはできません。
夕方には火を落とし、翌朝になればまた点火する。その繰り返しでした。

火を焚き始めて4日もすると、私たちはすっかり煙にまみれていました。
流木を燃やすと、風向きによっては白い煙がまともにこちらへやってきます。
目は痛いし、涙は出るし、服には煙の匂いがしっかり染みつきます。
薪を触れば、手や服が炭で真っ黒になりました。

まさに「スモークな日々」です。

あとになって、
「あれだけ煙が出るなら、横で魚でも干しておけば薫製ができたかもしれんなあ」
と思ったほどでした。

それでも一斗缶の中では、確実に変化が起きていました。
最初は4.5ほどだった数字が少しずつ上がり、10を超え、目標の20へ近づいていきます。
煙たいのは困りものでしたが、その数字を見るたびに、もう少し、もう少しと火を焚き続けました。

3.海水も薪も、足りなくなる

火を焚き続ければ、当然ながら海水も薪も減っていきます。
余分に用意していたつもりでも、実際に始めてみると、どれだけ必要になるのかはなかなか読めませんでした。

海水と薪が足りなくなりそうになったとき、たまたま島に来ていた建設会社の軽トラックを借りることができました。
前回、流木を運んでくださったトラックとは別に、今度は自分でハンドルを握り、2往復して海水と薪を運びました。

島には普段、車が走っていません。
私が島で車を運転したのは、これが最初で最後だったかもしれません。

薪を積み、海水を運ぶところまでは1人でやりました。
学校へ戻って荷物を降ろすときには、用務員さんや子どもたちも手伝ってくれます。
海水を運んでは一斗缶へ足し、薪を運んでは火へくべる。
かん水の数字が少しずつ上がっていく裏側では、そんな作業が何度も続いていました。

もっとも、その日は思ったほど補充する必要がなく、せっかく運んできた海水や薪には少し余裕もできました。
計画どおりにいかないこともあれば、思ったよりうまくいくこともあります。
そんなことを繰り返しながら、一斗缶の火は毎日燃え続けました。

4.煙の向こうから聞こえてきた声

かん水づくりを始めて、うれしかったことがありました。

校舎裏で煙を上げながら作業をしていると、島のお年寄りの方が声をかけてくださるのです。

「塩できようでー?」

「終戦後は、私も塩つくってたんよ。」

「海からつくった塩は、おいしいもんなあ。」

こちらから改まって話を聞きに行ったわけではありません。
煙を上げて海水を煮ている私たちを見て、向こうから昔の話をしてくださるのです。

島で塩を作っていた頃の記憶を持つ人がいて、今、その同じ島で子どもたちが海水を煮ています。
塩づくりを始めたことで、それまで聞くことのなかった話が、日常の中からぽつぽつと出てくるようになりました。

3年目を迎えた島で、地域の方々とこんなふうにつながる題材に出会えたことを、私はうれしく感じていました。

まあ、煙にまみれ、海水と薪を運び続ける毎日は、かなりハードでしたが(笑)。

5.あとは、真っ白な塩になるはずだった

そうして約1週間。前回書いたように、最初は4.5ほどだった数字が少しずつ上がり、ようやく目標にしていた20ほどまでたどり着きました。

かん水の完成です。

ここから先は、2Lの海水で試したときと同じです。
バケツをきれいに洗い、かん水に混じったゴミなどをこし、さらに煮詰めていけばいい。そうすれば、あのときと同じように真っ白な塩ができるはずでした。

校長先生が小屋を作ってくださり、用務員さんや先生方にも火を見てもらい、子どもたちと煙にまみれながら薪をくべ続けて、ようやくここまで来ました。
販売までの計画も立ちました。
あとは、このかん水を塩にするだけです。

ところが、仕上げに取りかかろうとして、ふと気になることがありました。

かん水の色です。

透明だったはずの海水が、どうも黄色っぽいのです。

「……これ、大丈夫か?」

真っ白な塩になるはずのかん水を前にして、私たちは思わず手を止めました。


ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回に続く👇

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初めて来られた方へ👇👇

本シリーズは、離島の小学校で実践した総合的な学習の記録です。
本作は2004年度、赴任3年目の取組を扱います。
島の人たちのために,ウミブドウを栽培し,お祭りで食べてもらうつもりでした・・・。
この年は,台風の襲来が多く,実践にも大きな影響がありました。

マイタウンマップ・コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した感動の実践「塩物語」です。
「お魚天国海辺のデジタル図鑑」から始まる離島の総合実践3部作の最終作です。

総合実践のvol2、お魚天国デジタル図鑑編(マガジン離島の総合的な学習の時間①)👇👇

総合実践のvol3、アワビいっぱい編(マガジン離島の総合的な学習の時間②)👇👇👇

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