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海水を煮続けろ!一斗缶かまど始動【島総③#09】/総合実践の記録vol4 塩物語編/離島の総合的な学習③ 

2004年秋。
本格的な塩づくりに取りかかろうとしていた頃のことです。
この日曜日は、来客とともに1便で島へ帰ってきていました。
来客を見送ったあと、夕方になると、今度は島で勤務する小中学校の先生方を乗せた3便が港へ入ってきます。
その船には、これから始まる塩づくりに欠かせない、少し大きな荷物も積まれていました。

1.夕方の港に届いた、小屋の材料

3便が着く17時前、学校から荷車を引いて港へ向かいました。
船から降ろされてきたのは、校長先生が本土で購入してくださった塩ビの波板や鉄の棒などです。
思っていた以上に量があり、荷車に載せて学校まで運ぶ頃には、さすがに腰が痛くなりました。

それでも、これまでの海水や流木とは少し違います。
これを使って、校長先生が塩づくりのための小屋を作ってくださるのです。
荷車を引きながら、何もなかった校舎の裏にどんな場所ができるのか、楽しみになっていました。

それから校長先生は、何日もかけて小屋を作ってくださいました。
校舎裏の空いたスペースに骨組みが立ち、その上に塩ビの波板が載せられていきます。
雨が降っても海水を煮詰めることのできる、私たちの作業場所が少しずつ形になっていきました。

場所ができると、次は何を使って海水を煮詰めるかです。
見学した製塩所には立派な専用の平釜がありましたが、もちろん学校にそんなものはありません。
校長先生や子どもたちと、「自分たちにできる方法」を考えることになりました。

2.平釜がないなら、作ればいい

以前、島のお年寄りに昔の塩づくりについて聞いたとき、「薄い鉄板を折り曲げたような入れ物で海水を煮詰めていた」という話がありました。
その話を思い出しながら相談していると、調理員さんや用務員さんから、「一斗缶を使ったらどうだろう」というアイデアが出てきました。

給食の業務用油などが入っている、四角い缶です。
口が広く、いくつか並べれば一度にかなりの海水を煮ることができそうです。
ただ、ちょうど使い終わった一斗缶がなかったため、新しいものを購入することにしました。

食べ物である塩を作るのですから、使い古したものより新品の方がいいだろう。
そう考えるのは、ごく自然なことでした。
届いた一斗缶は、当然ながら傷も汚れもなく、内側もきれいです。
これなら安心して海水を煮詰められる。
私たちはそう思っていました。

一斗缶が決まると、今度はそれを載せるかまどを作ります。
校長先生が作ってくださった小屋の中にブロックを並べ、その上に鉄の棒を渡しました。
一斗缶をしっかり支えられるよう、子どもたちもペンチを握り、針金を使って鉄の棒を格子状に固定していきます。

実際に一斗缶を載せてみると、ぐらつくところもあります。
「ここ、もう少し締めた方がええんちゃう。」
と確かめながら、鉄棒の位置を直し、針金を締め直しました。
その下には、これまで集めてきた流木の薪を入れられるだけの空間も作りました。

製塩所で見た大きな平釜とは、見た目も仕組みもずいぶん違います。
それでも、校長先生や子どもたち、調理員さん、用務員さんから出てきた知恵を組み合わせ、私たちなりのかまどが完成しました。

あとは、ここへ海水を入れて火をつけるだけです。

3.ついに、かまどに火が入った

一斗缶をかまどの上に並べ、くんできた海水を注ぎました。
火をつける前に塩ボーメを浮かべ、最初の比重を測っておきます。数字は4.5ほどで、目標は20くらいです。

「どれくらいかかるかな。」

新聞紙を丸め、その上に落ち葉と細い流木を置いて火をつけました。
新聞紙から落ち葉へ、そして流木へと火が移っていきます。
台風で島へ流れ着いた流木は、思っていた以上によく燃えました。

ところが、火が勢いよくなって喜んでいると、今度はものすごい煙が出てきました。
風向きが少し変わるだけで煙がまともに顔へ向かってきて、目が痛くて涙が出ます。
それでも火が弱くなれば、煙の中へ戻って薪を足さなければなりません。

製塩所では24時間、火を絶やさず海水を煮詰めていました。
しかし、学校で夜通し火を焚くわけにはいきません。
昼間にできるだけ煮詰め、夕方には火を落とし、翌朝また火をつけることにしました。

私は退庁するまで、20分おきくらいに小屋へ行って薪を補充しました。
授業中は用務員さんや他の先生方にもお願いし、火の様子を見ていただきます。
教室で授業をしていても、
「火は消えていないかな」
「海水は減りすぎていないかな」
と、どうしても校舎裏の一斗缶が気になりました。

翌朝、子どもたちが登校すると、一緒に小屋へ向かいます。
まず塩ボーメで比重を測って記録し、それからかまどに火を入れます。
海水が蒸発して減ってくると、新しい海水を注ぎ足し、また煮詰めました。

1日で終わる作業ではありません。
次の日も、その次の日も、朝になるとかまどへ向かう日々が続きました。

4.火を燃やし続けるということ

かん水づくりを始めてみると、用意していた海水も薪も、思っていた以上の速さでなくなっていきました。
火がよく燃えれば、それだけ海水はどんどん蒸発します。
減った分を注ぎ足してまた煮詰めるので、あれだけ準備した海水がみるみる減っていきました。

この日の朝も、7時20分頃には学校へ行き、子どもたちが登校してくるのを待っていました。
3人がやってくると一緒に小屋へ向かい、まず塩ボーメで比重を測ります。
それを記録してから火をつけ、その日のかん水づくりが始まりました。

授業中は、ずっとかまどの前にいるわけにはいきません。
用務員さんにもお願いして火を見ていただき、薪を足しながら炊き続けてもらいました。
ところが、その日は火の勢いがよかったのか、注ぎ足すために用意していた海水がなくなりそうになりました。

子どもたちが全校音楽をしている間に、私は荷車にバケツを載せて海水をくみに行きました。
前回のように船を出してもらって大量に確保するのではなく、とにかく今、かまどへ足す海水が必要だったのです。
くんできた海水を学校まで運び、また一斗缶へ注ぎ足しました。

放課後になると、念のためにもう一度海水をくみに行きました。
それが終わると、今度は校長先生と子どもたちと一緒に、減ってきた燃料を補うための薪を取りに出かけました。
海水を運んだと思えば、次は薪です。

その日だけで、町の中を何往復したでしょうか。
これほど歩いたのも久しぶりで、さすがに体はくたくたになりました。
「今夜はよく寝られそうだな」と思ったのを覚えています。

それでも、翌朝になればまた子どもたちと小屋へ向かいます。
比重を測り、火をつけ、減った海水を足し、薪をくべる。
そんなことを何日も繰り返しながら、一斗缶の中の海水は少しずつ濃くなっていきました。

最初は4.5ほどだった数字も、少しずつ目標の20へ近づいていきます。
そして約1週間。
ようやく目標にしていた濃さのかん水ができあがりました。
あとは、このかん水を仕上げて、塩を取り出すだけです。


ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回に続く👇

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初めて来られた方へ👇👇

本シリーズは、離島の小学校で実践した総合的な学習の記録です。
本作は2004年度、赴任3年目の取組を扱います。
島の人たちのために,ウミブドウを栽培し,お祭りで食べてもらうつもりでした・・・。 この年は,台風の襲来が多く,実践にも大きな影響がありました。

マイタウンマップ・コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した感動の実践「塩物語」です。
「お魚天国海辺のデジタル図鑑」から始まる離島の総合実践3部作の最終作です。

総合実践のvol2、お魚天国デジタル図鑑編(マガジン離島の総合的な学習の時間①)👇👇

総合実践のvol3、アワビいっぱい編(マガジン離島の総合的な学習の時間②)👇👇👇

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