「お願いします」で動き出す【島総③#08】/総合実践の記録vol4 塩物語編/離島の総合的な学習③
2Lの海水から約60gの塩ができました。
自分たちで調べた「海水には約3%の塩分が含まれている」という知識が、本当に目の前の塩となって現れた瞬間でした。
小さな成功に自信をつけた3人は、いよいよ本格的な塩づくりへ向けて動き始めます。
1.「お願いします」から始まる塩づくり
2004年秋。
いよいよ本格的な塩づくりが始まります。
でも、鍋に海水を入れればすぐに塩ができるわけではありません。
その前に、準備しなければならないことが山ほどありました。
まず必要なのは、海水を煮詰める場所です。
校長先生が作業小屋を建ててくださることになりました。
けれど、それを教師である私がお願いしてしまっては意味がありません。
これから塩を作るのは子どもたちです。だから、自分たちの言葉でお願いしてもらうことにしました。
少し緊張した様子で校長室へ向かった3人に、校長先生は優しく尋ねました。
「何に使う小屋なんですか。」
子どもたちは、自分たちが島の海水から塩を作ろうとしていること、そのためには雨をしのげる場所が必要なことを、一生懸命説明しました。

話を聞き終えた校長先生は、
「よし、やろう。」
と笑顔で答え、その日のうちに小屋の骨組みを組み始めてくださいました。
校庭の片隅で少しずつ形になっていく小屋を見ながら、子どもたちは何度もうれしそうにのぞき込んでいました。
夢だった塩づくりが、本当に始まろうとしていました。
2.薪は、海からの贈り物
次に必要なのは燃料です。
製塩所では、24時間薪を燃やし続けていました。
私たちも、まずは薪を集めなければなりません。
ちょうどその年は台風が何度も島を襲いました。
ウミブドウを全滅させた、あの台風です。
ところが、その台風は思いがけない贈り物も残していました。
お隣の島には、流木がたくさん打ち上げられていたのです。
総合的な学習の時間になると、荷車を引いて橋を渡り、みんなで流木を集めに向かいました。
「これだけあったら十分や。」
最初はそう思いました。
ところが、荷車に積めるのはほんの少しだけです。
「これ、何回運ばんといかんのやろ。」
みんなで苦笑いしました。
そのときです。
見慣れないトラックが止まっているのが目に入りました。
普段、この島でトラックを見ることはありません。
たまたま崖崩れの復旧工事が行われていて、本土から船で運ばれてきた工事用のトラックだったのです。
「お願いしてみようか。」
思い切って声をかけると、
「ええよ。学校まで運んであげる。」
返事は、あまりにもあっさりしていました。
トラックは何度も学校まで往復してくださいました。
学校へ着けば、今度は子どもたちが流木を抱えて運びます。
汗をかきながら積み上げられた薪の山は、自分たちだけでは決してできなかった山でもありました。
3.海水は、海から運ぶしかない
燃料が集まると、今度は原料です。
もちろん、島の周りは海です。
でも、どこの海水でもいいわけではありません。
お父さんにお願いして漁船を出していただき、島の南側まで海水をくみに行くことにしました。

冬になると、南側は比較的波が穏やかです。
目の前には、どこまでも青い太平洋が広がっています。
透き通るような海を見ながら、
「これなら、いい塩ができそう。」
誰からともなく、そんな声が聞こえてきました。
ところが、本当に大変なのは港へ戻ってからでした。
90L入りのポリバケツを2つ、リヤカーに積みます。
港から学校までは歩いて5分ほど。
たった5分なのに、水が入ったポリバケツは驚くほど重く、坂道では思うように前へ進みません。
「せーの。」
みんなで声を掛け合いながら、一歩ずつ学校を目指しました。

もちろん、これで終わりではありません。
薪も海水も、一度運べば十分というものではなく、その後も何度も運び続けました。
ふと考えると、不思議な気持ちになりました。
ウミブドウを育てる夢を壊した台風が、今度は流木という燃料を島へ運んできてくれたのです。
自然は時に厳しく、時に思いがけない力も貸してくれるものでした。
4.子どもたちの準備、教師の準備
子どもたちと一緒に流木を運び、海水をくみ、リヤカーを押して学校へ戻る毎日が続いていました。
その一方で、私にも進めておかなければならない準備がありました。
製塩所で見せていただいた「塩ボーメ」です。
海水の濃さを測るための大切な道具でした。
最初は通販で注文するつもりでしたが、送料も時間もかかります。
結局キャンセルし、タウンページで県内の取扱店を探して問い合わせることにしました。
本土に帰った際に立ち寄ったのは、お店というより小さな工場でした。
ようやく手にした塩ボーメは、大きな体温計のような形をしています。
「これで、製塩所と同じように測れる。」
そんな安心感がありました。
もう一つ気になっていたのは、子どもたちが作った塩を販売できるのかということでした。
そこで、管轄の財務事務所へ電話をかけてみました。
ところが、担当の方もこうした問い合わせは珍しかったようです。
「これから継続して販売されるのですか。」
「商売として続ける予定ですか。」
次々と質問され、私も少し戸惑いました。
「いえ、小学校の総合的な学習の時間で、子どもたちが取り組む活動なんです。」
そう説明したものの、なかなかイメージが伝わりません。
今思えば、学校が子どもたちと塩を作り、それを販売するという相談自体が、ほとんど前例のない話だったのでしょう。
最終的には、一時的な学習活動として取り組むのであれば問題なさそうだということが分かり、ほっと胸をなで下ろしました。
子どもたちは塩づくりの準備を進め、私はその挑戦が最後まで続けられるよう、教室の外でも少しずつ準備を整えていました。
5.まだ火もついていないのに
小屋ができました。
薪も集まりました。
海水も運びました。
でも、まだ火は入っていません。
それでも、不思議なくらい毎日がわくわくして楽しかったのを覚えています。
子どもたちは、自分たちでお願いをし、自分たちで運び、困れば周りの人に助けてもらいながら、一つずつ前へ進んでいました。
塩づくりは、鍋の中だけで生まれるものではありません。
その前に流した汗も、何度も頭を下げた「お願いします。」も、きっと全部、この島の塩の一部になっていくのだと思っていました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回に続く👇
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本シリーズは、離島の小学校で実践した総合的な学習の記録です。
本作は2004年度、赴任3年目の取組を扱います。
島の人たちのために,ウミブドウを栽培し,お祭りで食べてもらうつもりでした・・・。
しかし、この年は,台風の襲来が多く,実践にも大きな影響がありました。
マイタウンマップ・コンクールで内閣総理大臣賞を受賞した感動の実践「塩物語」です。
「お魚天国海辺のデジタル図鑑」から始まる離島の総合実践3部作の最終作です。
総合実践のvol2、お魚天国デジタル図鑑編(マガジン離島の総合的な学習の時間①)👇👇
総合実践のvol3、アワビいっぱい編(マガジン離島の総合的な学習の時間②)👇👇👇
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