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第3回 バットとバレーと、あの頃の先生たち。【ふエ#14】/ 教師と運動のかかわり 3/3

「秋の連続投稿チャレンジ」3回目!
限定グッズに当たるかはさておき、今回は“運動記録”の最終回として、少し昔の職員スポーツ文化を振り返ります。
授業も忙しいけれど、放課後も夜も、なぜかグラウンドや体育館にいたあの頃。
今となっては信じられない“先生たちの熱中時代”のお話です。

第2回はこちら👇


1. 放課後のグラウンドが、職員室より熱かった

私が小学校教諭に採用された当時、学校現場ではバレーボールとソフトボールが定番でした。 なぜかこの二つだけが「先生のスポーツ」として根付いていたのです。

当時は、市内の学校対抗で教職員大会があり、くじ引きで対戦相手を決め、試合日程を調整するのが体育主任の仕事。 もちろん私も初任でその役を任されました。 授業を終えた放課後、電話でグラウンドの確保や天候の相談をしながら日程を詰めていきます。 雨が降れば延期。しかも翌週。もちろん,ソフトボールの年だけですが。 スケジュールのやり繰りだけでも、立派なマネジメント力が試されました。

試合の練習は、なんと校内研修の時間に行っていました。 「これも研修のうち」というわけです。 ソフトもバレーも9人制。男女問わず、なんとかチームを編成して試合に臨みました。 メンバー交代も体育主任の仕事。試合中は、審判の笛と同じくらい神経を使いました。

それでも、グラウンドで声をかけ合ううちに、普段は寡黙な先生方が少年のような表情を見せる瞬間がありました。 管理職の先生が本気で打席に立つ姿も。 そんな姿を見ると、教職員チームの“本気度”が伝わってきて、熱が入ったものです。

一度だけ、市の代表としてソフトボールで県大会に出場したこともありました。 夏休みの照りつける太陽の下で汗を流したあの日の感触は、いまも手のひらに残っています。 私はどちらかといえば、ソフトボール派。 打って走る爽快感が、忙しい日常を少しだけ解放してくれました。


2. 先生も保護者も、同じユニフォームの仲間だった

次に待っていたのが、PTAのソフトボール・バレーボール大会です。 男性保護者はソフト、女性保護者はバレー。 もちろん、先生も誰かは選手として出場します。

まず5月の日曜授業参観の日に、地区対抗の親睦大会。 午前中は授業、裏では試合が進行中という、まるで二重構造の学校行事。 午後からの授業参観を終えるというスケジュールでした。

低学年の保護者が上手だと、PTA担当の教務の先生や役員がすかさず声をかけます。 「今年の代表チームにどうですか?」 これが“PTA版ドラフト制度”。 7月の市PTA大会に向けて、選抜チームが結成され、夜の練習が始まります。

私も選手の一人として参加していました。 日中は授業、夜は練習試合。今思えば、かなりハードな日々です。 日曜の大会当日は、通知表作成の貴重な時間を返上して出場。 学校には,この日のためのユニフォームもありました。 負けても線審や塁審を務め、終われば打ち上げ。 「朝から晩まで学校関係の一日」――まさにフル稼働でした。


3. 後衛限定の男たち──ミックスバレーの掟

やがて、天候に左右されるソフトボールは廃止となり、 代わって始まったのが「ミックスバレーボール大会」。 男女混合9人制、しかも男性は後衛限定・スパイク禁止,常時出場は3人までという特別ルール付き。 この制限が逆に盛り上がりを生みました。

コロナ禍で一時中止になりましたが、また現在も長く続いていると話を聞きます。 私が教頭をしていた頃は、運営側として試合調整や練習試合の段取りも担当しました。 市のPTA会長がいる学校では、その校の教頭が事務局として大会当時の運営を担う決まりで、これがなかなか大変。 私も1回だけ担当することになり,会場の市立体育館の予約から始まり,来賓等への連絡,賞状等の準備などすることがいっぱいでした。 それでも、保護者と共に汗を流す時間は、どこか懐かしい温もりがありました。


4. 夜のグラウンドで出会った、“父親たち”

夜の練習試合(特にソフトボールの時)に集まったお父さんたちと話していて驚いたのは、「子どもの担任が誰かわからない」という人が結構多かったことです。 仕事が忙しく、学校行事に来られない保護者も少なくありませんでした。

私自身も、家庭訪問や授業参観、懇談などでお母さん方とはある程度顔見知りでしたが、正直なところ「お父さんがどんな方か」はほとんど知らないままでした。 グラウンドに立って初めて、「ああ、この人があの子のお父さんなんだ」と気づくことが多かったのです。

それでも、ボールを追いながら少しずつ会話が生まれる。 「あ、○○の父です」「あ、先生、うちの子の担任でしたか!」 そんな出会いが、翌日の学校を少しあたたかくしてくれました。

試合の勝ち負けよりも、顔の見える関係をつくること。 それが、PTAスポーツのいちばんの価値だったのかもしれません。


5. 今、あの頃を思う

今では、働き方改革の流れもあり、こうした「放課後・夜のスポーツ」はすっかり姿を消えたのかもしれません。 けれど、思い返せばそこには、先生たちも保護者も“人間らしく関わる時間”が確かにありました。

授業でも、運動会でもない場所で、笑い合い、汗を流す。 その中に、地域と学校がひとつだった時代の空気が息づいていた気がします。

私自身は学生時代に陸上競技をしていて,こういった球技はあまりしてなかったので,この時に学生時代にやっておけば技術的な面も含めて,役に立ったのになあと痛感しました。 でも,こうやって続けているとそれなりには上達していったように感じます。

何よりも,バットを握り、バレーのボールを追い、夜の体育館やグラウンドで交わした会話のひとつひとつが、今の自分の“教員観”の礎になっているように思います。

――ソフトボールとバレーの時代。 あの頃の私たちは、本気で走って、本気で笑っていました。


(了) (シリーズ完結:「教師と運動のかかわり」第1回〜第3回)

第1回はこちら👇


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