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県南へ、そして県代表へ【島学#11】/離島の小学校三年目の学び編 11

2004年7月。
落雷騒ぎもようやく落ち着き、学校にはいつもの日常が戻ってきた。
その一方で、島で続けてきた取組は、少しずつ外へ向けて広がり始めていた。

1.県南へ走る

7月7日。
七夕だった。
しかし空は朝から厚い雲に覆われていた。

午前中の授業を終えると、県南の学校で行われる校内研究授業へ向かった。
この学校では県総合部会の授業協力者として関わっており、この日は6年生の総合的な学習の時間の研究授業と授業研究会が行われた。

途中、昨年度の「アワビいっぱい大作戦」でお世話になった水産研究所へ立ち寄った。
これまでは研究所のY先生に学校まで来ていただくことばかりだったが、自分が研究所を訪ねるのは初めてだった。
来週予定している子どもたちの見学について打ち合わせを行った。
現地で直接話をすることで新しい気づきも多かった。

そこからさらに車を走らせる。
島で連絡船を降りてから約2時間。
県内とはいえ、ほとんど県境まで来たような場所だった。

研究授業では、39人の6年生が地域の川をテーマに調べた成果を発表していた。
9つのグループが3か所に分かれて同時進行で発表する形式だったため、すべてを見ることはできなかった。
それでも子どもたちの発表からは、それまで積み重ねてきた学習の深まりが十分伝わってきた。

授業後の校内研修では、2学期の単元へどうつなげていくかについて意見を述べた。
夏休みには県総合部会の合同研修会で単元づくりをさらに検討する予定である。
その前段階として、授業協力者の立場から気づいたことを伝えた。

研修会が終わったあとも授業者の先生としばらく話し込んだ。

学校を出た頃には17時を回っていた。
当然、その日の島への最終便には間に合わない。
約2時間半かけて自宅へ戻る長い一日だった。


2.34度の公開授業

その2日後、市教育委員会の学校訪問があった。

新しく着任された教育長さんも来校されることになっており、市内の学校には「できるだけパソコンを活用した授業を公開してほしい」という通知が届いていた。

そこで公開したのは学級活動だった。
教材には「ネット社会の歩き方」を使い、ワークシートは校内LAN上であらかじめ作成しておく。
ところが実際に授業が始まると、電話回線を利用したインターネット環境では教材の表示に時間がかかってしまう。
子どもたちは画面が開くのを待ちながら学習を進めることになった。

教室の気温は34度近く。
汗を拭きながらの公開授業だった。
それでも、これが当時の離島の現実だった。

最新のICT活用を紹介するだけではなく、この環境の中で工夫して授業を行っていることも含めて見ていただけたのではないかと思っている。
公開授業の次の理科でも、星座の学習にプロジェクターと天文ソフトを活用した。

午後には教育委員会の方々が中学校へ向かわれ、自分も同じ船の3便で本土へ渡って、市総合学習部会へ向かった。

会議には少し遅れてしまったが、夏季研修会の取りまとめについてだけはお願いをして帰ってきた。


3.県代表になる

暑い日が続く中、県総合部会の仕事も佳境を迎えていた。
夏季研修会の参加者を各郡市から取りまとめていたが、まだ4つの郡市から返事が届いていない。
市の水泳検定の取りまとめも始まる。

「そろそろ催促しないとな。」

そんなことを考えながらメールを確認していた時だった。
学校宛てに届いた一本のメールに目が止まった。

学校ホームページが、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)の県代表に選ばれたという知らせだった。

全日本小学校ホームページ大賞とは、2003年から始まり、この年が2年目で県代表自体が選ばれるのは今年が初めてだった。
もちろん、エントリーしていたわけではない。
事務局が日本中の学校ホームページを勝手に検索して、各県の代表校が選ばれるというものだったらしい。

評価規準は、単に見栄えが良いだけでなく、「児童の様子が伝わるか」「地域に向けた情報発信が機能しているか」といった日常的な活用度が重視されるらしかった。
本校は本県で初の代表校だったらしい。
この賞のことは以前から少し意識してホームページを更新してきただけに、素直にうれしかった。

もっとも、自分では基本情報のページが十分整備できていないなと思っていた。

「まさか選ばれるとは。」

そんな気持ちの方が大きかった。

その日のうちに慌ててトップページを更新し、校章や校歌のページも追加する。
後回しにしていた部分を、一気に整え始めた。


次回に続く・・・👇

前回の話👇👇

◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇

約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。

この話は、離島の小学校勤務2004年度当時の日記をもとに、島の学校編では収まらないプロジェクトや情報教育、外部との関わり等について描いていきます。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。

マガジン離島の小学校三年目の学び編👇👇

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