もう台風はこりごり【島小③#17】/離島の小学校編Season3 17
2004年も10月に入り、島にも少しずつ秋の気配が見え始めました。
ところが、この年の空模様はなかなか落ち着いてくれません。
「またか。」
天気予報を見るたび、そんな言葉が口から出る日が続いていました。
1.遠足で体験した大きな揺れ
10月7日、全校児童4人と一緒に遠足へ出かけました。
朝7時の連絡船で本土へ渡り、今回は初めてジャンボタクシーを利用します。
補助席を使わなければ8人乗りでしたが、途中で何かあったときのことも考え、私は自分の車で後ろからついていくことにしました。
最初の目的地は、できたばかりの県立防災センターです。
館内には防災について学べるさまざまな設備があり、押しボタンで答える3択クイズに子どもたちも楽しそうに挑戦しました。
そして、いよいよ地震体験です。
阪神・淡路大震災と同じ震度の揺れを体験すると、分かっていても怖いものがあります。
関東大震災の揺れも体験しましたが、こちらは揺れている時間がとにかく長く、「まだ続くのか」と思うほどでした。
その後はお菓子工場を見学し、県立の体験施設へ移動して昼食をとりました。午後はプラネタリウムです。
団体予約をしていたので、プログラムには学校名まで表示されていました。説明も私たちに合わせてくださり、南の魚座が出てきたところで、係の方が子どもたちに尋ねました。
「みんな、お魚は好きですか?」
なぜ魚なのだろうと思っていると、事前に学校のホームページを見てくださっていたそうです。
朝7時の船で島を出て、すべての日程を終えて島へ戻ったのは17時過ぎでした。
街の学校であれば、朝はいつもの時間に登校し、遠足から帰ってくるのも14時か15時くらいでしょう。
島の子どもたちにとって、遠足は船に乗るところから始まり、船で帰ってくるまでの長い1日です。
2.イカとラーメンと、また台風
10月に解禁されたアオリイカ釣りも続けていました。
ところが、根掛かりを外そうとしているうちに竿が折れてしまいました。
これはかなりショックです。
仕方がないので翌日はシーバスロッドにエギをつけて代用してみると、250グラムほどのアオリイカが1杯釣れました。
これで今シーズンは合計7杯です。
そんな夜、テレビで「ラーメン発見伝」という番組を見ていると、無性にラーメンが食べたくなりました。
「ラーメン、食べたいなあ。」
ところが、当然のことながら島にはラーメン屋がありません。
食べたいと思ったところでどうしようもなく、テレビの中のラーメンを眺めるしかありませんでした。
そんな平和なことを考えていた翌日の金曜日、今度は台風22号が近づいてきました。
しかも、やって来るのは3連休の週末です。
土曜日の朝には最接近する予報で、防波水門が閉まれば連絡船は当然欠航します。
これまでの経験では、台風が通り過ぎてもすぐには波がおさまりません。
「これは月曜日まで帰れないかもしれないな。」
そう覚悟して学校へ向かいました。
ところが朝、校長先生から声を掛けられました。
「今日は私が残るから、3便が出たら帰りなさい。」
児童の授業も早めに終えることになっていました。
時間年休を取ることにはなりますが、今日帰れるのと、連休最後の月曜日になってようやく本土へ戻れるのとでは大違いです。
ありがたく、その言葉に甘えることにしました。
あとは3便が出るかどうかでした。
3.あと15分で船が出る
3便は15時15分発です。
欠航になるなら、30分ほど前には放送が入るだろうと思いながら、学校で待っていました。
14時45分、電話が鳴りました。
漁協からです。
「3便、15時に出します。」
出航時刻が15分早まっています。
あと15分しかありません。
慌てて荷物をまとめ、雨の中を港へ走りました。

何とか連絡船に乗り込んだものの、港を出ると海はすでに大きくうねっています。
本来なら欠航になっていても不思議ではないような海でした。
おそらく、連休前に本土へ帰る教員のことも考えて、何とか船を出してくださったのでしょう。
大きく揺れる船に身を任せながら、それでも何とか本土へ戻ることができました。
これで連休は自宅で過ごせます。
「もう台風はこりごりやなあ。」
本当に、そう思いました。
4.今度の名前は「トカゲ」
ところが、数日後。
携帯電話にまたメールが届きました。
当時、島で勤務するようになってから、携帯電話の気象情報サービスを契約していました。
台風や地震が発生するとメールで知らせてくれるので、船でしか行き来できない島ではよく確認していたのです。
画面を見ると、
「台風23号発生」
また台風です。
しかも、今回のアジア名は「トカゲ」。
台風にはアジア各国が持ち回りで名前をつけていて、日本は星座の名前を担当しているそうです。
それで今回は「トカゲ」でした。
名前だけ聞けば、どこかかわいらしくもあります。
しかし、日にちがたつにつれて、そのトカゲはまったくかわいくない姿になってきました。
テレビでは「超大型の台風23号」と繰り返しています。
10月19日、夕方の3便が島へ戻ると、防波水門が閉められました。
翌日の連絡船は全便欠航です。
今回、一番気になったのは停電でした。
島で停電すると、電力会社の人が本土から来なければ復旧できない場合があります。
台風が去っても船が動かなければ、すぐには来てもらえません。
携帯電話を充電し、パソコンも充電しておきます。
念のため米も炊いておきました。
電気が止まればパソコンを使った仕事もできなくなるので、その夜は学校に22時頃まで残りました。
できる仕事は、今のうちに片付けておこうと思ったのです。
外では風が少しずつ強くなっていました。
5.超大型のトカゲの中で
翌朝6時、暴風警報が発令されました。
子どもたちは自宅待機となり、その後、臨時休校が決まりました。
私は学校で、2日後に予定されている市のへき地教育研究会で提案する資料を作っていました。
外では風と雨の音が次第に激しくなっていきます。
そして14時30分頃。
突然、電気が消えました。
「やっぱり来たか。」
覚悟はしていましたが、校舎の中は昼間とは思えないほど暗くなりました。
パソコンも止まり、外からはものすごい風と雨の音が聞こえてきます。
1時間。
2時間。
いつ復旧するのか分かりません。
ところが17時前になると、それまで鳴り続けていた風の音が少し静かになりました。
その頃、突然電気が戻りました。
テレビをつけてみると、ちょうどその時間、島のあたりを台風の中心が通っていたようです。
しばらくすると、今度は吹き返しの風が強くなってきました。
途中でもう一度停電しましたが、今度は10秒ほどで復旧しました。
電気が戻ったところで、再びパソコンを立ち上げます。
結局、市の研究会で使う資料がひととおり完成したのは21時でした。
今年は、本当に台風の多い年です。
さすがに、これで最後にしてほしいと思っていました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く。👇
前回の話👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
このシリーズでは、当時の日記をもとに、島での仕事の大変さと、その中にあるささやかな温かさを綴っていきます。
3年目2004年度の、Season3のお話です。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
離島の小学校編Season3👇
離島の小学校編Season1👇👇
離島の小学校編Season2👇👇👇
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