台風に揺れた島の夏【島小③#12】/離島の小学校編Season3 12
2004年の夏休みは、台風に振り回される日が続きました。
本土の自宅にいても、日直で島へ渡る日が近づけば、まず気になるのは連絡船です。
船が出るのか。帰ってこられるのか。
その心配を抱えたまま、夏休みの島通いが続いていきました。
1.日直のたびに船を気にする
7月下旬、私は日直のために1便で島へ渡りました。
終業式以来の島だったので、ずいぶん久しぶりのような気がしました。
子どもたちは夏休みに入っていましたが、教員は交代で日直を担当するため、本土の自宅から島へ渡る日があります。
この日、気になっていたのは台風10号でした。
勤務を終えれば、翌朝の1便で本土へ帰る予定です。
しかし、台風が直撃するかどうかに関係なく、南の海からうねりが入れば連絡船は止まります。
欠航は時間の問題でした。
問題は、それがいつになるかです。
じたばたしても仕方がないので、最悪の場合は島に残ることも覚悟しておくしかありませんでした。
翌朝、1便は何とか出ました。
私は無事に本土へ戻ることができましたが、船員さんに聞くと、「2便までは出るだろうけど、3便は怪しい」とのことでした。
後で聞いた話では、その日は2便から船が止まったそうです。
島の中学生たちは、市の陸上大会のために前日から本土へ渡っていました。
3便が出なければ、しばらく島へ帰れないことになります。
連絡船の中では、漁協の組合長さんとも少し話をしました。
話題はウミブドウの場所が台風で大丈夫かということでした。
水産関係の方からは大丈夫だろうと聞いていたので、次の登校日に子どもたちと見に行こうと思っていました。
ただ、その登校日もまた、船が出るかどうかに左右されることになります。
2.大雨の本土から、揺れる船で島へ
8月最初の登校日は、午後からの全校登校日でした。
私は本土の自宅を出て、2便で島へ渡るつもりでした。
ところが、出発してまもなく教頭先生から連絡が入りました。
「2便が止まりました。」
台風は去った後でした。
1便は往復で出たそうですが、2便は欠航になったようです。
本土では記録的な大雨でした。
車で移動していても、バケツをひっくり返したような雨が降ってきます。
ところが、島は曇りだったそうです。
雨の降り方は違っていても、海はやはり荒れていたのでしょう。
それでも、翌日は日直です。
何より、その夜には親子釣り大会も予定されていました。
結局、私は3便で島へ渡りました。
3便もかなり揺れました。
船に乗っている間は、ただ無事に着くことだけを考えていました。
3.台風の合間の親子釣り大会
その夜、毎年恒例の親子釣り大会が行われました。
家族対抗の釣り大会ですが、中学生や島の方々もやって来るので、港はけっこうにぎやかになります。
教員もそれぞれ一緒に参加しました。
私はルアーを使って、カマス狙いに挑戦しました。
結果は3匹。
大漁とは言えませんが、自分としては十分楽しめました。
保護者の方の中には、いつものサビキではなく、凝った仕掛けを使っている方もいました。
聞けば、アナゴ狙いの仕掛けだそうです。
ところが、その仕掛けにかかったのはアナゴではありませんでした。
なんと、ウツボです。
港にいたみんなが思わずのぞき込みました。
台風の合間にようやく集まれた夏の夜に、思いがけない大物が釣り上がったのです。
船の心配をしながら島へ渡ってきた日でしたが、港にはいつもの島の夏が戻っていました。
4.また台風、また欠航
安心したのも束の間でした。
台風10号の後には、台風11号が発生しました。
日直を終えて本土に戻った後に台風が来る流れは、前回と同じです。
ニュースでは、台風10号で被害のあった山あいの地域が映っていました。
若い頃にへき地勤務をしていた場所だったので、画面に地名が出るたびに気になりました。
さらに8月中旬には、台風15号の影響で、ついに日直の予定だった日に島へ渡れなくなりました。
私は本土の自宅から島へ向かうつもりでしたが、連絡船が欠航となり、自宅待機になりました。
この夏の登校日がらみは、本当に台風の影響ばかり受けています。
翌日も登校日で、本来ならば私が2日続けての日直の予定でした。
その時、島には前日の日直の先生が残ってくれていました。
3便が出るかどうか分かりませんでしたが、もし出るなら、翌日の登校日に備えて全員の先生が島へ渡ることになります。
結局、その日の3便も欠航になりました。
私は翌朝1便で島へ向かうことになりました。
つまり登校日当日です。
登校日は予定どおり行います。
島に残っている先生と電話で相談し、1時間目は全校の活動をお願いし、2時間目に学級活動をすることにしました。
夏休みの学校なのに、頭の中はいつも台風と船のことでいっぱいでした。
5.夏休み最後に待っていた大停電
8月の終わり、今度は台風16号が通り過ぎていきました。
夜10時頃には雨も上がり、少し風は残っていたものの、本土の自宅の周りは静かになってきました。
ただ、今回の台風は大きく、暴風域に入っている時間がかなり長かったように思います。
翌日は夏休み最終日、最後の日直です。
私は本土から島へ渡る予定でした。
島では土曜日から水門が閉まっているという連絡も入っていました。
船が出るなら1便で行きたいところですが、3日間止まっていた連絡船がいつ動くのかは分かりません。
さらに、台風18号も後を追うようなコースで近づいていました。
週末に本土へ戻れるかどうかも怪しくなってきます。
運動会の用具を買うなら、この週末しかありません。
船が動くかどうかで、仕事も生活も予定が全部変わってしまいます。
翌日、2便から連絡船が動くという連絡がありました。
私は本土から島へ向かいました。
連絡船に乗る前、コンビニで航空券の支払いをしようとしましたが、ここでも台風の影響なのか、機械がうまく動きません。
時間に間に合うかどうか、ひやひやしながら店員さんが復旧させるのを待ちました。
港へ行くと、船には3日分の新聞や荷物が積み込まれていました。
連絡船は、まだうねりの残る海を大きく揺れながら進んでいきます。
島が近くなると、急に船が減速しました。
窓の外を見ると、濁った海に流木や草がたくさん浮いています。
スクリューに巻き込まないように、ゆっくり進んでいたのでしょう。
ようやく昼頃、島に着きました。
港に降りてすぐ、島は停電中だと聞かされました。
昨夜の9時頃からで、まだ復旧していないそうです。
宿舎へ行ってみても、当然、電気はつきません。
冷蔵庫の中は霜がついていたせいか、思ったほど温まってはいませんでした。
とりあえず、食料を入れて、私は学校へ向かいました。
学校も同じでした。
職員室は少し薄暗く、冷房のスイッチも入りません。
暑さの中で、ただ耐えるしかありませんでした。
もちろん、パソコンも使えません。
電話も使えません。
電話が使えないのは、島の通信が電源を必要とする仕組みだったからだと思います。
携帯電話も同じようで、漁協の上にあるアンテナの電源が落ちているのか、本土からの電波をわずかに拾って、表示が1本立つ程度でした。
さらに、水道も心配になりました。
水道水は電気ポンプでくみ上げているので、タンクにたまっている分がなくなれば出なくなるという話を聞きました。
花に水をやっていた手が、思わず止まりました。
仕方なく、紙でできるアンケート調査の整理などをしながら復旧を待ちました。

午後4時頃、突然、電話の子機のランプがつきました。
やっと復旧です。
この3時間は、とても長く感じました。
すぐにチャイム用の時計を直し、校舎の時計も合わせました。
翌日の運動会関係の資料を作るためにパソコンを起動したのは、午後5時を過ぎてからでした。
電気が戻ると、止まっていた学校が少しずつ動き出しました。
船が止まり、電気が止まり、電話も水道も不安になる。
夏休み最後の島で、電気がライフラインなのだということを、あらためて思い知らされました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回に続く。👇
前回の話👇
◆本シリーズについて(初めて読んでいただく方へ)👇👇
約25年前の2002年、船が生活のすべてを左右する離島の小学校に赴任しました。
予定通りにいかないことが当たり前の中で、学校と暮らしが地続きの毎日を過ごしていました。
そんな環境の中でも、子どもたちに自信をもたせたいと考え、総合的な学習の時間に取り組んでいました。
このシリーズでは、当時の日記をもとに、島での仕事の大変さと、その中にあるささやかな温かさを綴っていきます。
3年目2004年度の、Season3のお話です。
※本文中の地名・固有名詞は一部仮名としています。
離島の小学校編Season3👇
離島の小学校編Season1👇👇
離島の小学校編Season2👇👇👇
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