離島の小学校編 第0回 プロローグ(後編)― 離任の日と9年間の歩み
後編にあたって
前編では「特別な勤務制度」との出会いから、校長室での内示、そして異動が決まるまでの経緯を振り返りました。今回の後編では、9年間を過ごした学校を去る日、そしてそこで積み重ねてきた思い出を綴ります。
和菓子プロジェクトの熱気がまだ残る中での異動。別れと回想を経て、いよいよ離島勤務へと歩みを進める場面です。 (※本文中の一部地名や商品名は仮名にしています)
離任式の日
そして迎えた修了式。9年間勤めた学校で子どもたちと過ごす最後の日となりました。春休みにも出勤はありますが、子どもたちの前に立つのは今日が最後です。6年生はすでに卒業しているため、在校生だけの修了式。そのあと離任式が行われ、私も転勤する教員のひとりとして名前を読み上げられました。
体育館に静かな緊張感が漂う中で、自分の名前が告げられると、子どもたちの視線が一斉にこちらに向けられました。その表情に、驚きや寂しさがにじんでいたように思います。その視線を受け止めながら、胸の奥にじんわりと熱いものが広がりました。
結果的に、6年生の学年団は全員が異動となりました。卒業生が中学校に顔を出しても、担任団の誰も残っていない──そんな状況に、少し寂しさを覚えました。それでも「次の舞台に進むときが来たのだ」と心の中で自分に言い聞かせ、深く一礼しました。
9年間の思い出① 行事と課外活動
9年間の思い出は数え切れません。前半は体育主任として、毎年の運動会を通して全校をまとめあげることに力を注ぎました。学年を超えて子どもたちが一体感を味わえるようにと工夫しながら、教師たちとも知恵を出し合った日々です。600名を超える児童を動かす経験は、私にとっても大きな財産となりました。
また、課外活動として陸上クラブを立ち上げ、朝の時間を中心に指導を続けました。練習は地道で厳しいものでしたが、子どもたちは意欲的に取り組み、その中から全国大会に出場する子まで育ちました。かつての国立競技場へ一緒に足を運んだことは、今も懐かしい思い出です。全国大会に届かなくとも、日々の練習を重ね、最後の大会でベストを尽くした女子リレーチームもいました。結果にかかわらず、彼らがグラウンドで力いっぱい躍動する姿は、今も鮮やかに心に刻まれています。

9年間の思い出② 葛藤と模索
一方で、この頃から「自分の本道とは何か」と考えるようになりました。市の教職員組合の事務局長を務め、誰かが担わなければならない役割なのだと考えていました。課外活動として立ち上げた陸上クラブでも、子どもたちが力をつけていく姿を見守るやりがいがありました。しかし、それらはいずれも限られた場面での関わりにとどまります。
やはり、担任として日々の授業を通じ、クラスの子どもたち全員と向き合うことこそ自分の本道ではないか──その思いが次第に強くなっていったのです。そこで、自分の得意とする情報機器の活用を授業に取り入れようと考えました。その後、研究大会が行われることが決まり、情報・視聴覚主任となって学校HPの立ち上げに関わったことは、以前お話ししたとおりです。
さらに、大学院に籍を置いていた2年間も、たびたび学校に顔を出して研究のための授業を行いました。学びの場と現場をつなぐ貴重な時間でした。職場の懇親会にも必ず参加しました。オープニングで同僚と漫才を披露して場を盛り上げたこともあります。加えて、PTAのソフトボール大会に出場するため、大学院在籍中にもかかわらず夜の練習に呼ばれて駆けつけていました。
だからこそ、「また必ず戻ってくるだろう」と思いました。たとえ同じ学校ではなくても、この地元に。そして新しい経験を積み、一回り大きくなって戻ってこよう──そんな気持ちで校門を後にしたのです。
その2〜3日後,ついに初めて島へ渡る日が来ました。
島の小学校編01へ続く
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