【ふエ#2】“熱中時代”からマイタウンマップへ──つながりが生んだ挑戦
前回からの続きです。学校のHPを作るために,個人的にサイトを立ち上げたという話でした。↓
学校生活から離島での挑戦へ──広がっていったテーマ
最初はホームページビルダーで作成し、やがてCGIを使って掲示板(BBS)を設置しました。全国の先生方や教育に関心のある方から書き込みをいただき、交流が広がっていったのは大きな励みでした。当時のリンク集のページを見てみるととても懐かしい内容がありました。このBBSの経験は、後の和菓子プロジェクトで子どもたちと職人さんを結ぶオンライン交流を設計するうえで、とても役立ちました。
日記の内容は、当初は学校生活や文化を一般の方にも知ってもらいたいという思いから始めました。匿名性を保つため、サイト名は教師を志すきっかけとなったドラマ「熱中時代」から取り、ハンドルネームは「北野広大」としました。
記念すべき最初の日記は1998年3月13日で、4年生の担任として行った「席替え」について書いたものでした。単なる座席の入れ替えですが、そこには「子どもたちにどんな出会いをつくるか」「学級の雰囲気をどう変えるか」という担任としての小さな仕掛けや思いが込められていました。今振り返っても、なぜこの題材を最初に取り上げたのか、当時の自分らしさが表れている気がします。
その後は、学校でのコンピュータ活用やメディア教育の話題へと広がり、さらに大学院進学後は研究や講義内容、総合的な学習の取り組みについても発信するようになりました。2001年の現場復帰後には和菓子プロジェクトの進行状況や学校での出来事を紹介し、2002年から2004年の離島勤務時代には、日々の暮らしや地域との交流、総合的な学習の新しい挑戦を綴りました。この時期はほぼ毎日更新しており、今振り返ると「よく続けたなあ」と自分でも驚きます。

手動更新からブログへ──時代と共に進化
運営方法も時代とともに変わっていきました。
○ 1998年〜 ホームページビルダーによる手動更新
○ 2001年7月頃〜 「ハイパー日記システム」導入
(同じ日付の過去日記が並ぶ、いわば“五年日記”形式)
○ 2003年12月頃〜 Movable Typeによるブログ化
特に「ハイパー日記システム」は強く印象に残っています。過去と現在が並んで表示される仕組みは、当時としてはとても画期的でした。とりわけ3年間の離島での教育活動や生活を記録していたときには、「この日にこんなことをしていたけれど、今はこんな風に取り組んでいる」と、自分自身の成長や周囲の環境の変化を実感でき、それが大きな励みにもなりました。
“熱中時代”が次の挑戦を導いた
結局サイトはいつ閉じたのかは、はっきりと覚えていません。
この「熱中時代」を通じて、日本各地の教育関係者や一般の方と交流が生まれました。掲示板や日記で交わされたやりとりは、孤独を和らげるだけでなく、新しい発想を得るきっかけにもなりました。SNSがない時代のオンラインでのつながりが、実際の教育実践を後押ししてくれた場面も少なくありません。
こうした活動の積み重ねは、和菓子プロジェクトから始まる実践を「マイタウンマップコンクール」に応募することへとつながっていきます。コンクールのことについては、また別の機会に詳しく紹介します!
(熱中時代—教師のネット挑戦記 全2回 完)
マイタウンマップ・コンクールとの出会いはこちら(全2回)👇👇
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