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西へ動いたプロジェクトI 【島ICT#14】/離島のデジタルデバイド編

2003年2月7日のメールを受け取った直後、「プロジェクトI」は西へ向かった。
県を横断し、無線と中継の現場を見に行くところから、次の動きが始まった。

本シリーズの背景(初めて読まれる方へ)

今から20年以上前の2002年4月。
連絡船が頼りの離島の小学校に、一人の教師が赴任した。
島では、家庭でも学校でも、インターネットは日常的に使えるものではなかった。
そうした制約の中で、教師は総合的な学習の時間を通して、学びを島の外へ、そして島の人たちへ届けようとした。
ICTは目的ではなく、手段だった。

やがて、学びを支えるために、島の通信環境そのものをどう整えるかという問いに向き合うことになる。
プロジェクトI(アイ)と名付けたこの取組で目指したのは、学校だけでなく、地域全体が情報へアクセスできる環境をつくることだった。
それでも、たとえ究極のゴールに届かなくても、そこへ向かうための「足がかり」だけでも残せたらいい。

これは、その過程で積み重ねられた、小さな試行錯誤の記録である。

※なお,地名・人名等は一部仮名としている。
これまでの記録は,離島のデジタルデバイド挑戦マガジン

前回の話👉 子どもを主語にしたICT化──プロジェクトI【島ICT#13】/離島のデジタルデバイド編


1 内定という追い風の中で

2003年2月7日。
マイタウンマップ・コンクール農林水産大臣賞の内定を知らせるメールが届いた。
正式発表はまだ先だが、内定である以上、結果が覆ることはまずない。
胸の奥で、静かに確信のようなものが固まっていった。

その一方で、「プロジェクトI」の一年目は、まさに大詰めを迎えていた。
地域へどう届けるか。
そのための環境整備を、止めるわけにはいかなかった。

その週には出張があり、金曜の夜には本土の自宅に戻っていた。
だが土曜の朝は、島から帰るときと同じ時刻に家を出た。
向かったのは、県西。
高速道路を使って一時間あまり。
県東にある自宅から、ほぼ県を横断する移動だった。


2 県西の現場で見た「現実の強さ」

県西地域は、全国でもトップクラスの情報教育先進地として知られている。
先日も、県の朝のローカル放送で特集が組まれ、その活動ぶりが紹介されていた。

二名の教育情報化コーディネータが、地域全体を支えている。
その中でも当時全国に10名ほどしかいなかった1級を取得している方がいた。
私も準2級までは取得したので,その困難さ・レベルの高さは身をもってわかっていた。
現場を支える人がいる。
その強さは、外から見ていてもはっきりと伝わってくる。

車に積んだ機器

この日は、地域の小学校駅伝大会をインターネットで生中継するという。
私は完全部外者だったが、見学がてら手伝わせてもらえることになっていた。
実際にお手伝いできたことは、コードを引っ張る程度だった。
だが、インターネット中継の現場を見るのは初めてだった。

屋外無線LANを使い、近くの小学校へ映像を送る。
まさに、自分が島でやりたいとしていることと重なっていた。
現場には、コーディネータ以外にも、映像を受ける側の小学校の教員、グラウンドでリポーター役を担う教員が集まっていた。

中継が終わったあと、地域のネットワークセンターを案内していただいた。
昼食もご一緒させてもらった。
短い時間だったが、現場で動いている人たちの空気を、肌で感じることができた。


3 日曜の寄り道と、無線の記憶

翌日の日曜。
三便で島に戻るため、昼頃、自宅を出た。

少し早めに家を出て、途中で実家に立ち寄った。
目的は、アマチュア無線のハンディ機を取りに行くことだった。
新任の頃、講習を受けて取得したものだ。
山間部の学校に勤務していた時期には、車で通勤しながら、知り合いの教員と無線で話していたこともある。
ちょうど道上洋三さんのラジオを聞いていたときである。

前日の西での中継現場で、小電力トランシーバーが使われているのを見て、思い出した。
もし今週、プロジェクトIの設置を行うなら、連絡手段として役に立つかもしれない。
携帯電話でも連絡は取れる。
だが、無線の方が気兼ねがなく、何よりお金がかからない。

業者からは、注文した品を発送したというメールが届いていた。
必要なHUBも、すでに購入してある。
今週中に、いつでも工事に取りかかれる準備は整っていた。
問題は、PCのセットアップまで手が回るかどうかだった。

締め切り仕事も抱えている。
それでも、できれば今週中に形にしたい。
そんな思いで、島へ戻った。


4 放送室から始める準備

内定メールが届いて、10日後、正式発表まであと3日。
無線LAN用のパーツが届いた。
箱を見た瞬間、気持ちは一気に設置へと向かった。
すぐにでも取り付けたい。
だが、現実はそう簡単ではなかった。

西の駅伝大会中継で使われていた指向性の強いビームアンテナ。
自分もこれを発注していた。

仕事は山のようにたまっていた。
前日の欠航の影響も重なり、この日はいつも以上に忙しかった。
設置作業に入る余裕はない。
そう判断せざるを得なかった。

それでも、あらかじめ予定していた放課後の放送室の片づけだけは行った。
ここには、学校側のサーバーとなるPCを置く予定だ。

片づけの途中で、短波放送が受信できるラジカセが出てきた。
中学生の頃、海外の日本語放送を聴き、ベリカードを集めていた記憶がよみがえる。
BCLと呼ばれていた、あの頃の空気。
ほんの一瞬、手が止まった。

それはさておき。
まずは、文集を仕上げることが優先だった。
そのあとで、PCを接続し、アンテナ設置前のテストを行う。
プロジェクトIは、思い通りには進まない。

それでも、確実に前へ進んでいる。
その感触だけは、はっきりと残っていた。


次回へ続く👇

これまでの島のデジタルデバイド編マガジンはこちら👇👇


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