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人生の意味が分からない時に考えたい“役割”という視点。この世界が「ゲーム」だとしたら?

さて、僕のnoteや過去のInstagram(誤検知で凍結されたけど!)の投稿などでよく書いていますが、

↓6年間真面目に運営していたInstagramが凍結された理由。
気付かないうちに「人生詰む」かもしれない、新時代のSNS運営上の警告!

「この世界を『ゲーム』として捉えれば、凄く分かりやすくて、楽に生きられる」とおススメしています。

これは、元々僕がこの世界(社会)のルールに馴染めなかったことから来る「世の中を客観的に見る視点」もあるし、

「覚者(悟りを開いた人)」の話やインド哲学などでも、「この世界はリーラ(戯れ、遊び)である」と言われています。

◆この世界は終わりのない「アトラクション」

そして、この世界は「遊園地」のようなものであり、人生のイベントは「アトラクション」みたいなもの。

「楽あれば苦あり 苦あれば楽あり」

メリーゴーランドのように楽しめるものもあれば、ジェットコースターやお化け屋敷のように怖いものもある。

なぜあのわざわざ「怖い」ことをしに行くのか?
それは、怖い思いや自分の思い通りにいかないものを体験することで、その後の「開放感」や「安堵」を感じるため。

実は人生もそうなんです。

私たちの「自我」というのは、「問題発見機」でもあり、「ゲーム創作機」でもあります。

↓こちらの記事でも書いたように、私たちは「退屈しないため」にここに居ます。

もしあなたが今、「不安」「怖い」「どうしようもない」という状態になっているなら、

「私は今何を体験するために、こんな状態なのか?」
「私の今のミッション(アトラクション)は何なのか?」

という視点から世界を見てみると、意外と簡単に「答え」が見つかるかもしれません。

そして、あなたが見ている世界は、必ずあなたの「思い込み」が反映されています。

その「思い込み」を外せば、「ああ、世界ってこんなにも優しかったんだ」と気づくことになります。

↓「一瞥体験」で気づいてしまった、不要な「思い込み」を外して、「本当の世界」を楽しむ生き方↓

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