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my イラスト その1(戦車…)

my イラストです(高校時代描いた画です)
当時、漫画とも、「Gペン」等が主役の時代に、それらを使いこなせず、鉛筆(シャープペンシル)や、製図用「ロットリング」(一定の太さの線が引ける)で描いていました。自分のイラスト集を創ってみたくて描いた、ちょっと異色ですが、戦前のいろいろな戦車のイラストです(上は近代最初・最古の戦車です)

T-34 / 76 中戦車 (ソビエト 1940)
第2次大戦における最優秀戦車として戦車史上有名です。主砲には当時としてはかなり強力な 76mm口径砲により抜群の攻撃力を誇り、防御面においても、構造的に優れた厚さの装甲は強力でした。全体に軽量なので、最高速度等機動性も優れ、バランスのよくとれた総合性能で、本車を上回る戦車は当時、主敵のドイツには無かったのです。1944 年からは一層強力な 85mm 口径砲を搭載した強化型「T-34 / 85」(下掲図)が生産されるようになり、1950 年の朝鮮戦争では北朝鮮軍の主力戦車として活躍し、戦後も含めると、10万両以上が生産されたと言われます
T-34 / 85 中戦車 (ソビエト 1944)
上掲T-34 / 76戦車を、砲塔(上部)ごと主砲を強化した改良型です。格好はイマイチ感ですが、バランスに優れ、2025 年の現在にも稼働し、戦うことがでくる機体があるそうです
M26 パーシング  重戦車 (アメリカ 1944)
1942 年頃まで、ドイツ戦車隊に対し苦戦中だった米軍も、新型中戦車「M4」が大量投入され戦況は逆転しました。しかし、ドイツも強力な対抗新型戦車を開発・投入したので、再び苦戦を強いられるようになりました。そして、対策車としてこの「M26」を開発しました。ドイツ戦車を確実に撃破し得る高性能 90mm 口径砲を搭載し、重装甲・重防御でした。実戦投入は 1944 年秋頃からで、終戦までに約 200 両が欧州戦線に送られました。優れた戦闘性能を発揮することができました。後の戦争も経て改良が進み、「M48」'パットン'戦車や、1980 過ぎまで主力であった「M60」戦車(現在アメリカ主力の最新M1戦車の先代)のベースとなりました
四式中戦車 (日本 1944)
太平洋戦争初期、日本軍主力の「97式」を中心とした日本戦車隊も、対米戦で、より優れた「M4」中戦車が投入されると劣勢となりました。それに対して「97式」をベースに「97式改」、「1式」などが作られましたが性能的に不十分で、十分に対抗し得る「4式」中戦車が試作されました。主砲には 75mm 口径砲、そして十分な装甲を備え、最高速度 45 km/h の機動性も十分なものでした。しかし戦局の悪化のため、「1式」、「3式」等の中庸な戦車の生産が、本土決戦に備えて優先されて終戦となり、わずか 6 両が完成したに過ぎませんでした
ティーガー2 (キングタイガー) (ドイツ 1944)
第2次大戦中に実戦投入された最強の戦車とされています。ただし、重量は 70トンと重すぎて機動性は低く、故障等すると牽引回収もできず、放棄されることも多かったそうです。1944 年にまとまった台数が投入されて、連合軍に与えた精神的効果等も含め、運用上は優れた戦車とされます。ただし、生産は 1944 年 1 月からで、時すでに遅く、戦局の悪化で、「キングタイガー」と怖れられた本車も生産が進まず、484 両が完成されたに過ぎませんでした。下は、生産性を高めるため、砲塔の形が異なる量産型です
ティーガー2 (キングタイガー) ヘンシェル砲塔型 (ドイツ 1944)
まとめたイラスト集の表紙画です
IS-2 (スターリン2型) (ソビエト 1944)
第2次大戦では、上述のソビエトT-34中戦車が質・量とも大活躍しましたが、ドイツが対抗して投入した「タイガー」、そして上掲の「キングタイガー(ティーガー2)」等の重戦車には敵いませんでした。それらドイツの強力な戦車に対抗した、大口径 122mm 砲を備えた優秀な重戦車です。ベルリン攻防戦での終戦までに多数投入され、最後のドイツ戦車隊を壊滅させました
マウス (ドイツ 1944)
民間自動車「フォルクスワーゲン」「ポルシェ」などで有名となった、かつてのフェルディナンド・ポルシェ博士がヒトラーの意向(趣味?)に沿って開発した超々重戦車です。重量は 188トンにも及び、砲塔(上部)だけでも後述の「パンター」戦車丸1両分の重さです。操縦性を優先し、複雑な電気駆動方式(エンジンで発電機を回し、その出力でモーターを回して走る)を採ったため、エネルギーロスが多く、大きな割に最高速度は 20 km/h と大変低く、「マウス」という名はまるで皮肉のようでした。2両の試作車が完成しましたが、このような実戦の要求を無視した戦車が量産されるはずもなく、開発は 1944 年 6 月に中止されました
パンター (ドイツ 1943)
上述のソビエトの名戦車T-34シリーズに苦しめられたドイツが、T-34の調査結果も参考にして(一時はT-34を殆どコピーしようという考えもあったそうです)含めて量産した、ドイツの戦争後期の高性能主力戦車です。たいていの連合軍戦車を撃破でき、性能バランスも優れていました。本機種のみで約6千両が生産されましたが(下掲の4号戦車は約8千両)、他車種(総計2万両に満たない)を合わせても、戦中の連合軍総数 10万両以上にはまったく及びませんでした
IS-3 (スターリン3型) (ソビエト 1945)
上掲のIS-2の後継改良型で、第2次大戦戦勝記念パレードで知られた点で、正しくは第2次世界大戦の戦車ではありませんが、同大戦発の最強・最高の戦車ということで揚げました。高性能面で、よく上掲のドイツ「キングタイガー」と比較されますが、車内の狭さ、携行弾薬量の少なさ、操作のしずらさ等の問題点はありますが、性能としてうまくまとまっている点で本戦車が上だと思います。戦勝パレードで初めて目にした連合軍戦車関係者は、戦争が終結したにもかかわらず、本戦車を凌駕できる重戦車(たいてい出来の悪い大型、鈍足戦車となった)の開発に奔走しました
4号戦車 G型 (ドイツ 1942)
試作を繰り返した後、実用できる性能のD型が 1939 年に登場しました。当初は威力の低い主砲を備えた支援用戦車でしたが、第1次大戦後のドイツの第一級戦車でした。しかし、独・ソ戦開戦直後出現したソビエトの、上掲「T-34」に対し、劣っていることがわかり、これを挽回すべく、主砲を対戦車用に強化した上画のG型を登場させました。その後、さらに本型中最多で高性能な主砲搭載のH型等も 1943 年から量産され、信頼性等が評価されて総計で 8,000 両以上が生産されました。事実上、第2次大戦全期間の主力を務めたドイツの名戦車です
E-100 (ドイツ 1945)
1943 年中頃、ドイツ陸軍兵器局が、生産効率向上のため、多種雑多な戦車を少機種精鋭に統合しようとしたする「Eシリーズ」戦車計画の6車種のうち、最大の超々重戦車です。上掲の「キングタイガー」に似た機構を持ち、「マウス」に迫る重量級でした。強力な 170mm 口径の主砲を備え、140トンもの重量で機動性は低く、画のクローラ(キャタピラ)の各幅は1mもありました。「マウス」と同様、他の「Eシリーズ」戦車とともに戦局の悪化で開発は中止されました
T-28 (アメリカ 1945)
上掲のドイツ超々重戦車「マウス」や重防御要塞等に対処するため開発された重量 86トンの重戦車です。強力な 105 mm口径の主砲を備えていましたが、自由に旋回する「砲塔」はなく、砲身はほぼ車体前方にしか向けられない「駆逐戦車」型でした(車体の向きを旋回させれば砲の向きは変えられますが)。設計がまとまった頃には第2次大戦が終結して主要目的がなくなり、わずかな試作車が造られたに留まりました(あまり有名でもない試作だけで終わった凡庸な戦車ですが、元写真がよかったので描いてみました)



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