読書感想 書いてはいけない/森永卓郎 ジャニーズ問題とテレビという権力
森永卓郎さんはテレビやラジオの業界に25年以上勤めていたが、その最中にけっして触れてはいけないタブーが3つあった。
①ジャニーズの性加害
②財務省のカルト的緊縮主義
③日本航空123便の墜落事件
テレビの業界人であれば、誰でも知っている話である。しかしこれを口にしたら、その瞬間、メディアに出られなくなる。それだけではなく、世間から猛烈な非難を浴びることになる。場合によっては逮捕され、裁判でも負ける。
みんな知っている。だからこそ、メディアで仕事をし続けるために、この3つには誰も触れない。
はじまりは1999年10月。『週刊文春』にて14週にわたってジャニーズ喜多川による性加害追求キャンペーンがはじまった。これに対してジャニー喜多川とジャニーズ事務所は発行元の文藝春秋を名誉毀損で訴訟した。その裁判が2003年に判決が下された。
判決はジャニー喜多川による性加害を認める……というものだった。
問題点は2つ。
①少年らはジャニー喜多川の強姦を拒絶するとデビューできなくなるなどの抗拒(こうきょ)不能な状態にあった。
②少年らは捜査機関に申告することも、保護者に事実を打ち明けることもできなかった。
ジャニー喜多川による性加害問題は今ようやく大騒ぎになったが、事件そのものは20年前にすでに「決着」していた。しかし――警察はジャニー喜多川を逮捕しなかった。テレビ・新聞のマスコミも一切騒がなかった。なぜならジャニーズ事務所は絶大な「権力」を持っていたから。その権力に、誰も逆らえなかった。テレビも、新聞も、警察も……。文字通りに芸能界を支配する絶対権力だった。
それにしてもジャニーズは不思議だった。ジャニーズタレントの若者たちは、総じて真面目、努力家、人間性も豊かだ。好意的な若者たちなのは間違いない。
しかし、かといってそこまで格好いいか……というとそうでもない。森永卓郎さんは大学で生徒を指導しているが、その生徒の中にジャニーズタレントよりも遙かに美男という生徒が時々現れる。しかしそういう美男子学生を追いかけようという女性はいない。女性たちが注目するのは、テレビの向こう、ステージのスポットライトが当たる少年たちのほうである。しかも、歌やダンスもまだ未熟……という少年ほど夢中になって追いかける。
おそらく女性たちは、少年の未熟さに母性的なものを刺激される。母親的な感性で夢中になっていく。
そういった感覚を、ジャニー喜多川も持っていた。ジャニー喜多川は少年たちから「タレントとしての才能」を見ていたわけではなく、自分の性的嗜好と合うか、少年が性犯罪のターゲットになりそうかどうかを嗅ぎ分けていた。その感性がたまたま女性たちの嗜好とシンクロしていた。それが結果的に、ジャニーズ事務所が次々と少年アイドルを発掘できる力となっていた。
しかしいくら素材が良くても、成長してもらわねばならない。その仕掛けも作られていた。
ジャニーズJr.のファンクラブ年会費は2500円。デビュー後になると4000円。デビューしたてのジュニアは安く設定されていた。ファンはジュニアの中から自分の好みを見つけ出し、自ら支援して育てていく。ジュニアも支援を受けると、場数が増え、次第に成長していく。そこで「自分の手で育ててきた」という一体感が生まれてくる。
タレントにとって「場数を踏む」ということは重要な意味を持つ。どんなに優れた才能を持っていたとしても、「経験」がなければ成長することもない。経験さえしっかり積めば、そこそこの才能であっても、時とともに成長していくものだ。
普通の事務所タレントはそこで躓いてしまう。ドラマに出演するためには何度もオーディションを受け、何十回も落ちて、やっとチャンスをつかめる。経験を積む機会がなかなか得られない。
ところがジャニーズとなると、実力が身についていない時から、「事務所の力」でオーディションをスキップできる。ドラマ、映画のチャンスも豊富だ。テレビ出演は一度決まると、途中降板はまずない。ジャニーズタレントになることには、タレントにとっても利益があった。そして成長が見えやすいからこそ、支援しているファンから見ても実感が掴めやすいわけである。
ジャニーズ事務所が絶対的な力を持っていた証は、退所したタレントを業界から干す……ということが簡単にできてしまうことにあった。
例えば2017年、国民的スターだったSMAPメンバーの稲垣吾郎、草薙剛、香取慎吾の3人がジャニーズ事務所から退所した。以降、この3人のテレビ出演は激減した。
もちろんこの3人の人気が急に衰えたというわけではない。あれだけの一時代を築いた3人だ。しかしジャニーズ事務所から抜けた途端、テレビから姿を消した。
2019年、公正取引委員会はジャニーズ事務所に対し、「退所したSMAP元メンバー3人の番組起用を妨げるような働きかけがあった場合、独占禁止法に繋がる」と警告を出した。
この時は公正取引委員会は具体的な証拠を掴むことができなかったために注意喚起にとどまった。
そのジャニーズを少しでも批判すれば、テレビの業界から消される。
2つ事例を挙げよう。
1つめは音楽プロデューサー松尾潔だ。
イギリスBBCでジャニーズ喜多川の特集報道が放送され、それを受けて週刊文春も特集記事を組んだことで、ようやく日本国内でも騒動になりかけた頃、藤島ジュリー景子社長が謝罪動画と文書を公開した。しかしまだ事実を曖昧にし、実際になにがあったか調査しようという動きを見せなかった。
これに対し、松尾茂は、事実認定をしていない、第三者委員会も設置しない、引責辞任もしない……それはいかがなものか、と指摘した。そのことをラジオ番組で発言すると、その2日後にスマイルカンパニー(松尾茂所属のタレント事務所)創業者の子息で、現社長の小杉周水から「会いたいと」連絡が入った。それで会うと、
小杉「メディアやSNSでジュリーさんやジャニーズ事務所の名前を出すのは良くないです。ご自身の発言力、影響力を考えてください」
松尾「え、口にしちゃいけないの? なにそれ、皇室なの」
小杉「皇室ですよ」
それから小杉は「事務所を辞めてもらうかも知れない」と言った。その翌月、松尾潔はスマイルカンパニーとの契約を解除した。
2つめの事例は、駒井千佳子のとある“ミス”だ。
駒井千佳子は芸能リポーターで、ジャニーズ関連の会見にはすべて顔を出す、ジャニーズ擁護派だった。
2020年8月、ワイドナショーでジャニーズ事務所の山下智久が女子高生と飲酒し、そのまま“お持ち帰り”したことが報道された。この件について、ゲストコメンテーターの乙武洋匡は「文春オンラインが報道した段階では、テレビは一切報じなかったのに、自粛の処分が発表された途端、一斉に報じ始めたことは、ジャニーズへの忖度ではないか?」と批判した。
乙武は駒井に意見を求めると「テレビ局のほうが忖度しているんだと思います」とうっかり答えてしまった。
この直後、駒井千佳子のテレビ出演が激減した。「病気説」「事務所をクビになった」説が噂として流れることだ。ほんの一言、「ジャニーズへの忖度があった」ことを発言しただけで、テレビから消された。
私の意見 テレビという絶対権力の世界観
本の紹介はここまで。今回は短めです。実際の本でも「ジャニーズ問題」を取り上げた部分はさほど長くはなく、どちらかと言えば第2章「ザイム真理教」に話を繋げるための前置きのような位置づけになってとなっています。
ここで区切ったのは、今回はこのお話しをネタに「自分語り」をしようと……。「本の内容を知りたい」という人はここで読み終えても問題ありません。
さて、ジャニーズ問題。
2023年、イギリスBBCのニュース番組で採り上げたことを切っ掛けに、ジャニー喜多川の生前の性加害が明るみとなり、社会問題化した……という話だが……。
私は以前にもこの件を採り上げたが、この時の騒動には大きな違和感があった。
まず、「みんな知ってたでしょ」。
私がこの件を知ったのは2000年初頭の頃。たぶん私がこの問題を知ったのは2002年頃の元ジャニーズタレントによる裁判の時だったと思う。テレビや新聞はこの裁判は一切採り上げておらず、私はたまたま手に取った雑誌で知った。当時のジャニーズファンをやっていた知人に「これ本当?」と聞くと「みんな知ってるよ」と嬉々として語ってくれた。ファンなら知ってて当然。ジャニーズ基礎知識の一つで、裁判になるよりもずっとずっと前から、知っていて当たり前の話だったそうだ。
ところが2023年、改めて大手メディアが採り上げたという段階になって、なぜかジャニーズファンが「知らなかった」と驚きの声を上げる。そればかりではない。報道関係者の多くが、ジャニーズタレントと深い付き合いのある人までもが「知らなかった」と証言した。
……いやいや、待て。知ってただろ。
私は芸能ニュースにはまったく興味がなく、どんだけ世の中が大騒ぎしても無関心(私の興味は映画、ゲーム、アニメだけ)なのだが、こんな私でも知ってた。それを、情報の最前線にいるはずのマスコミがそろいもそろって「知らなかった」……なんて言うのは。
知らないはずはない。状況が「ヤバい」と察して、「知らなかったフリ」をしているのが本当でしょ。もし本当に知らなかったというのだったら、そう証言した人はジャーナリストとしての資格はない。ジャーナリストは最前線で情報の分析をしなければならないのだが、その能力がない……という意味だから。
2023年9月、ジャニーズはマスコミを入れての会見を開催し、そこで一部のマスコミが大騒ぎをしていたが、私にはマスコミたちによる「私たちも知らなかったんだ!」と言い訳をするためのショーにしか見えなかった。

2024年終わり頃、いわゆる「フジテレビ問題」が世の中を騒がせることになる。【元SMAP・中居正広性加害問題】と称される事件が騒動となり、1月27日の記者会見は異例の10時間にわたるものだった。
これにも私は違和感があって……やっぱりマスコミのほとんどは「知ってた」んじゃないか。私の憶測では、このとき大騒ぎしていたマスコミの中には、「性上納」を受けていた人も実はいるんじゃないか。自分たちも立場がヤバいと見て、怒ったフリをしているんじゃないか……。中には本当に「知らなかった」という人もいるだろうけど、むしろ「知ってた」という人のほうが多かったんじゃないか。
ここからは2012年に出版された『タブーの正体』という川端幹人による本に書いてある内容から。
1999年頃、著者の川端幹人はある情報を手にする。その内容は、
TBSの編成局に出入りしていたある芸能ブローカーが男性アイドルや若手俳優、そしてTBS局員のために、乱交パーティを開催していたというもので、『噂の真相』の記事をキッカケにパーティに参加した女性の証言や、アイドル、TBS局員らが乱痴気騒ぎを繰り広げる写真が流出。テレビはさすがに報道しなかったが、スポーツ紙や週刊誌など、ほとんどのメディアが大々的に報道する騒ぎとなった。
と書かれている。本にはその乱交パーティに参加していたタレントの実名が挙げられているが、ここでは伏せておこう。
この報道には「TBSの編成局に出入りしていたある芸能ブローカーが」と書かれている。もっとも重要な人物と考えられるが、この肝心の人物の名前が伏せられている。しかし「外部の人間」であるわけがない。テレビ局やタレント事務所の外部の人間が、アイドルや女子アナをかき集めて乱交パーティを開催なんてできるはずがない。内部の人間、それも相当に権力を持った人物が主催していたと推測される。
私の推測では、アイドル事務所の中にはテレビに出ない、イベントもたまにしかやらない、そういう2軍や3軍のアイドルをあえて囲って、こういう乱交パーティの時に動員させていたんじゃないか……あくまでも推測だが。
テレビ局周辺では定期的にこうした乱交パーティが開催され、多くのタレントが参加していた。これは事実だ。こういったことを芸能ニュースを取り扱うマスコミが知らなかったわけがないし、ひょっとしたら“恩恵”に預かっていたマスコミも多くいたんじゃないか。いい思いをしていたから、あるいはそれが弱みとなって秘密を共有する同志となっていった……これも推測だが。
ジャニーズから少年接待を受けていたマスコミ関係者もいたはずだろう。なぜならそれがジャニーズの権力の源泉だったから。だからジャニーズに対し、あれだけ忖度していたんじゃないか。
とにかくもフジテレビだけが問題だ……とするのはおかしい。他のテレビ局もみんなやっていたはずだ。マスコミも参加していたかも知れない。今回の事件を「フジテレビ中居正広性加害問題」と名付けられたのは、「問題があったのはフジテレビと中居正広だけです」ということにして尻尾切りしようとした……というようにしか見えない。
次の話題に移ろう。
2008年8月の『週刊現代』にとあるジャニーズタレントが、大麻を吸引しながら女性2人と乱交した……というニュースが掲載された。記事はその女性の証言記事で構成され、デマではない証拠にそのジャニーズタレントが麻薬で「ラリってる」写真が掲載された。
本ではそのジャニーズタレントの名前も載っているのだが、ここでは伏せておこう。
問題のポイントはそこではなく、この報道は『東京スポーツ』と『サンデー毎日』が後追いしただけで、その他すべてのマスコミが沈黙した。それ以上に広がることはなく沈静化し、件のジャニーズタレントはその年の『24時間テレビ』に出演した。
この報道のポイントは、件のジャニーズタレントではなく、ジャニーズ事務所の「絶対権力」のほう。
本では同様の事件が列挙され、ジャニーズ事務所特有の異様さを語っている。
例えば2009年、押尾学が合成麻薬MDMAを服用。その時、一緒に吸引していた女性が急性中毒に陥り、死亡した。押尾学は保護責任者遺棄致死罪と麻薬取締法違反で逮捕された。マスコミによる大バッシングがはじまり、テレビから完全に姿を消してしまう。
同じく2009年酒井法子の夫が覚醒剤で逮捕されたときも、マスコミは執拗にその後を追跡し、報道し、強烈にバッシングした。
ところが、ジャニーズ事務所だけは対応が違った。最初にあげたTBS乱交パーティの件だが、実はジャニーズタレントも多数参加していたのだが、後追いした週刊誌のなかでジャニーズタレントの名前だけが綺麗に消え、その中の数人だけが名前を挙げられ、バッシングの対象にした。
これが「事務所の力」。
不祥事を起こしてもマスコミに報道されることもなく、バッシングを受けることもない。バッシングを受ける人、受けない人の差がどこにあるかというと、事務所の力。その中でもジャニーズは絶対的で、ジャニーズタレントによるありとあらゆる不祥事、刑事事件は報道から消える。もしかしたら逮捕も取り消せる。報道されてもファンから擁護される。
麻薬所持報道も、ごく一部の週刊誌がスクープとして取り上げただけで、広がることもなかった。闇に葬られた事件もきっとたくさんあっただろう。ジャニーズ事務所はその多くをもみ消してきたし、ジャニーズタレントであることはそういう恩恵もあった。中居正広性加害問題はそのジャニーズの権力の下で起きた事件だ。被害に遭った少年たちもいた一方、その権力を利用する者もなかにはたくさんいたのだ。
松尾潔さんが「ジャニーズ問題について口にするな」と言われたとき、「皇室ですか?」と尋ねると「皇室ですよ」という返事がかえってきた……。この国における皇室に次ぐ絶対権力がジャニーズ事務所だった。
ジャニーズ性加害問題の表面化、フジテレビの性上納事件は、テレビという絶対権力の在り方が変わる事件だった……と私は見ている。
日本の8割か9割くらいの人々にとって、「テレビ」は絶対的な価値意識の源泉だった。いま世の中で何が流行しているか? いまみんなが関心を持って議論していることは何か? そしてどのように結論させるべきか……こういった価値意識の全体をテレビがコントロールしていた。その影響力が低下し、いま、自分たちがやってきたシステムによって「自壊」を始めている。私はそのように見ている。
ここからは私の個人的な話。
もう何年も前になるが、私は暇な時期に、毎日図書館に通い、過去の新聞報道になにがあったかを調べていた。図書館に過去の新聞のまとめがあることに気付いて、暇つぶしと次回作準備をかねて通い詰めて読むことにした。
戦中からはじめて、戦後の混乱がどんなものだったか、新聞から知ることは多かった。昔の朝日新聞が「猥談」を多く載せていたことも意外だった。小学校でSMプレイをやっていて近所住人に通報されたとか、SMプレイで全身縛ったところで嬢に財布を持ち逃げされたとか……。
途中まで興味深く読んでいたのだが、私の記憶の範囲内に入ってくると、急になにかがおかしいことに気付いた。
例えば1977年ごろから子供たちの間に流行になったビックリマンシール。新聞では「子供たちの間で金銭をかけての賭博が流行している」という紹介だった。
なんだこれ? そんなのやってないし、自分の周囲でやってたという話はまったく聞かない。
やがてファミコンが発売になったが、新聞の採り上げ上げ方はさらに奇妙になっていく。
「ファミコンをすることによって次第に現実と非現実の区別がつかなくなり、現実の死を軽く扱うようになっていく……」
一介の新聞記者が偏見まみれでこう書いたのではなく、権威ある精神分析医がこう書いていた。
1986年、アイドルの岡田有希子が自殺した。精神を病んでいたが事務所は対応せず、事務所に呼び出されたが一瞬の隙を突いて屋上から飛び降り自殺した。この事件についても、ファミコンと関連付けして報道された。
「岡田有希子さんの自殺も、ファミコンの影響が関連していると見られる。スーパーマリオを繰り返し続けることで、現実との死との境目が曖昧になり……」
本当にこんなことが書いていた。これが当時の“有識者”たちが考えた分析だった。誰も岡田有希子さんがどんな心理状況にあったのか分析すらしない。チャンスだ、とばかりにファミコン叩きに繋げていた。
(「アイドルの自殺」の問題は、芸能事務所の在り方に関する根深い問題であるはずだが、そこは無視された。話が「ファミコンの問題」にすり替えられてしまった。これが後々のジャニーズ事務所問題にまで繋がってきている)
80年代に入ってからの新聞は、私から見るとファンタジーだった。私自身の記憶とまったく違う。新聞の中で空想の「若者」が作り上げられ、その対象を叩く……ということがえんえん繰り広げられてきた。
例えば1990年代、イラクとクェート間の戦争が起き、アメリカが介入する「湾岸戦争」が勃発した。当時の子供たちは、その報道映像を見て、「テレビゲームみたいだ!」……と言ったことになっている。
言ってねーし。
私が言ってない、というだけではなく、私の周囲の子供たちも誰も言ってない。朝日新聞が採り上げたこの「子供のコメント」は事実なのか。朝日新聞記者の空想ではないか。というか、戦争の問題を採り上げる記事のなかに、なぜ子供のコメントを載せるのか。
とにかくも、この時代、子供たちがこういう発言をした……ということが大人たちのバッシングの対象になり、ここでも「最近の子供はファミコンのやりすぎで現実と非現実が……」という何度も繰り返された有識者のコメントが載ることになる。
これが問題と感じるのは、数十年後、「事実」になる可能性があることだ。私の記憶に照らし合わせると、この時代の新聞報道は違和感だらけだ。しかし数十年後、この時代の「新聞の偏向」を知らない後の人が読むと、事実だと思い込むはずだ。「新聞が嘘をつくはずがない」と信じて読むはずだから。新聞に書いていたあれは「嘘」です。今のうちに、はっきり明言しておこう。新聞に書いてあることには、むしろ本当のことの方が少ない。
戦後50年分の新聞記事をずっと追いかけてわかったことは、新聞に書かれていることの半分以上が嘘。自分の記憶と関連する80年代以前の報道も、果たしてどこまで本当だったのか……。読めば読むほど怪しくなってくる。そこで私は、新聞に書かれていることの中で、間違いなく事実と認定できる部分――「○○で事件が起きた」「○○が逮捕された」……という事実報告の部分のみを信じることにして、それ以外の記述については(過去の報道内容も)“参考程度”に捉えることにした。
過去の新聞報道を見てわかるように、新聞はファミコンが登場した当初から、ゲーム文化を異常なほど嫌い、ありえないほどのバッシングを繰り広げてきた。新聞ばかりではなく、これにテレビも追従した。任天堂が別に何かしらの事件を起こしたわけでもない、不祥事を起こしたわけでもない。それなのに、冷静に客観的に見て、奇妙なほどバッシングを繰り広げてきた。
理由はすこし考えればすぐにわかる。ゲームは「視聴率」を奪う存在だからだ。子供たちがゲームに夢中になればなるほど、テレビの視聴率が奪われていく。視聴率が奪われるとスポンサーが離れていく。テレビの天敵だ。だから文化が目覚め始めた最初の時期に、テレビは何が何でもゲームを潰しておきたかった。
ではゲームと一緒に、新聞・テレビが漫画・アニメ文化を嫌悪し、バッシングの対象としてきた理由はなんだろうか? ゲームと文化的に近いところにあったからか?
私の現在の推測は、テレビ・新聞を中心とする文化の外にあったからだ。
テレビ・新聞の界隈にいる人々は、潜在的に「自分たちこそが文化の中心でありたい」という欲求を強く持っている。いま日本人が何に関心を持っているのか、どんな話題を交わしているのか……テレビ・新聞はそれをコントロールできる立場にあり、ここから常に「自分たちがコントロールできる存在」でありたい、という欲求を持つようになった。
若者がいま何に関心を持っているのか、何を好んで、何を嫌っているのか……それも自分たちでコントロールしたい。「いま若者たちの間でこれが大ブーム」といいながら、自分たちが宣伝で売り込みたいものを本当のブームにしたい。自分たちが紹介したアイドルに若者たちが夢中になり、自分たちが応援するスポーツに子供たちが憧れを持つ。新聞・テレビは、若者がどんな文化観を持つのか、その主導権を持ちたい。事実として、80年代頃まで若者の行動・思想意識のほとんどはテレビ・新聞が完全なる主導権を持っていた。
しかしアニメやゲームはその文化観の外からやってきた存在だ。若者がそっち方向に流れていくと、テレビ・新聞からすると自分たちの主導権を失うことになる。実に厄介だ。
だからアニメとゲームを叩く。アニメやゲームを好きになろうという若者を貶める。よくよく考えれば、過去にテレビ・新聞がやってきたことは「人権問題」の疑いすらある。ある特定の文化観を「みんなで叩け!」と号令をかけ、社会的な弱者を意図的に作ったからだ。「文化的な分断」が意図的に作り出された。この件について、新聞・テレビはもっと追求を受けてもいいはずだ。
2025年の最近、テレビを付けると、どのチャンネルもどの時間も、野球選手の大谷翔平の話題ばかりだ。確かに大谷翔平は優れた選手で、現役でありながら偉大な功績を積み上げている最中だ。でもテレビの大谷推しは大げさすぎる。あそこまで繰り返し大谷翔平ばかり持ち上げるのは、自分たち発のヒーローが久しぶりに登場したから。同時に、テレビはもはや自分たちから新しい文化の発信者になれない……という末路をいま見ている最中である。
そもそも日本のテレビはCIAの主導によって誕生した……という話がある。私にはその話が事実か虚構かわからない。それに現在のテレビ制作者たちとはなんら関係がない。
しかしはっきり言えるのは、テレビは長らく日本人の文化・価値意識の主導的存在だった。日本人の多くが、テレビが発信するように考え、発言する。そういう時代が戦後から2000年代までずっと続いた。
私の親は、団塊世代で生まれたときから現在まで、ずっとテレビとともにあったという世代だ。話題にすることも、考えることも、ぜんぶテレビに依存し続けた。例えば中国問題について、中国人がどこかで何かしら問題を起こした、という報道に接しても「日本人は昔はもっと悪かったんだ」と擁護する。ところが最近、こういう中国人擁護をしなくなった。なぜならテレビでも中国人擁護をしなくなったからだ。
一種のソフト・マインドコントロール状態だ。テレビが意見を変えたら、自分も意見を変える。その変わる瞬間、自分がその以前どんな意見を持っていたか、なぜ変化したのか……ということには考えが至らない。そこに「テレビでこう言ってたから」ということには思い至らない。それくらいに、自分自身とテレビが一体化している。私の親は、今も毎日何時間もテレビを見続けている。団塊世代はそういう人が多い。
テレビはこんなふうに、日本人の大多数のものの考え方までもコントロールしてきた。
「俺たちが中心だ! 俺たち以外の文化が広まるのは許さん!」
テレビ関係者は口にはしないが、絶対に心の底でそう考えていたはずだ。
話の流れが悪くなるが、どうせ自分語りだからこの話もしよう。
2024年度の報道の自由度ランキングを見ると、日本は70位である。G7の中でも最下位。日本の前後を見ると、68位東カリブ海諸国機構、69位コンゴ・ブラザビル、71位コモロ、72位アンドラとなっている。どの国も様々な政治的要因で報道の自由がない、場合によっては高いリスクが伴う国である。政権批判すると場合によっては投獄や拷問もあり得る。
あれれ? おかしいなー☆🤪
日本のマスコミが政権批判をして逮捕された……という話を一度も聞いたことがない。
マスコミが卑怯なのは、「何に対して報道の自由がない」のか名言しないことだ。普通の解釈を書くと、「政権批判ができるか否か」であって、まさか自由に芸能ニュースが書けないから報道の自由がない……そういう意味で言っているとは誰も思わない。
マスコミは大企業批判もできない。日本の大企業の多くが官僚の天下りを受けていて、そこで特別な恩恵を受けている。自分たちの意見が政治に通りやすくなるし、情報も降りやすくなる。そこで深い繋がりができているので、大企業の問題になると、手が優しくなる。マスコミが任天堂のようなゲーム会社に対しては居丈高に振る舞うのは、任天堂がそういった天下りやら経団連への献金やらもやってないからだ。
芸能ニュースに話を戻すと、日本は長らく芸能界のもっともブラックな部分は知っていてもニュースにすることができなかった。2023年のBBCにジャニーズ問題が採り上げられたことも、どの報道機関もはじめ積極的に報道しなかった。まず週刊誌で発表して、ジャニーズが干渉してこないことを確かめて、他の週刊誌が、本当にジャニーズが何も言ってこないか恐る恐るという感じでやっとテレビで……と、とても時間がかかった。こんな腰の抜けたジャーナリスト、世界でも日本だけだ。
で、誰も攻撃してこない、以前のように権力行使がないとわかると、今度は居丈高になってジャニーズを叩く。それが日本のマスコミ。あれは単に、叩けるから叩いただけ。叩けば数字が稼げる……と思っての行動だ。実に品がない。
報道の自由がないというか、自分たちが腰抜けすぎて報道の内容を決められない……が本当ではないか。
テレビは報道内容も自分で決めることができない。他の局も報道するかどうか、いつも横を見ながら報道する。報道しても大丈夫とわかると、狂ったように叩き始める。中学生のイジメのようだ。
いつだったか、どこかの局がテレビで「速報」を流したことがあった。しかし誤報だった。それを他の局が確認せず、「あの放送局で速報が出たぞ! すぐにうちでも速報だ!」という感じでテレビ東京を除く全局で同じ内容の速報が流れてしまった。
日本のマスコミは情報のチェックもしないのか。
いや、話はそっちではなく、自分で報道する内容を決められない。他がやっているから、自分でもやる。他が騒ぎ始めたから、自分たちも騒ぐ。それがマスコミのスタンスだ。
石破茂総理大臣が2025年3月14日、自民党の若手議員に商品券を配った……ということが報じられ、問題になった。
私はこの報道を、ある種の興味を持って見ていた。
というのも、まずこの報道が朝日新聞支持率調査の直前だったこと。次に、この報道が出たその日に、自民党の麻生太郎・岸田文雄・茂木敏充の3人が会合した。ということは、この3人はそういう報道がある……ということを知っていたわけだ。それで今後を話し合うために集まった。
ここからわかるように、この報道にははっきりと「仕掛け人」がいて、番記者の誰かに「こういう話があるよ。ニュースで書いていいよ」と指示を送ったわけだ。それを聞いた記者が喜んで記事にした……という流れだ。記者も仕掛け人に利用されたわけだ。
(もしかしたら「石破総理、党の新人に商品券を配りませんか」と進言した人もいるんじゃないだろうか)
聞いた話をそのまま記事に書くというのもどうかしているし、その内容も自分で決められないというのもどうかしているし……。でもこれが日本のマスコミのクオリティだ。
ちょっと違う視点から話を掘り下げよう。
2024年頃から、アイドルで女優の橋本環奈にまつわるゴシップ記事が騒がしくなった。引用すると引用元の週刊誌からお金を取られるので、詳しくは書かないが……。
あの記事、その通りの意味で受け取っている人はどれだけいるだろうか?
実は芸能界には定期的に特定のタレントを「態度が悪い」「傲慢だ」とバッシングする慣例がある。
なにか変な感じはしないだろうか? まずいって「証拠」がない。最近なら、特定の誰かがパワハラを受けているなら、証拠音声を取ったりするだろう。殴られたというなら、アザのできた体の写真を掲載するものだろう。そういうものすらない。というか、「あのタレントは態度が悪くなった」というのは客観的に証明しづらい報道だ。
過去にもいろんなタレントの似たようなバッシング報道があった。こういった記事が出てきた途端、干されたタレントもいる。
私はこの手の記事の本当の意味は、その特定のタレントに向けた「お前、調子に乗るなよ」という意味だと解釈している。
そのタレントが売れっ子になって、立場が強くなり、自分の意見を言うようになった、明らかなおかしな企画や脚本に対し、「これはおかしくないですか」と物申すようになった……そこで一般の人々を巻き込んでバッシングさせ、「お前調子に乗るなよ」と押さえつけよう……というのが本当の目的ではないか。
(橋本環奈さんの場合、某NHKのクソみたいな脚本に「どうにかなりませんか?」と言ったんじゃないか……これは想像だけど)
過去にいろんなタレントが標的になっている。例えば池上彰もあるとき、「傲慢になっている」という記事が出た。記事内容を見ても、肝心の「何に対して意見をしているのか」といった部分がぼかされている。その人間の地位を貶めることが目的……のようにしか見えなかった。
私は池上彰の番組を見ていないが、彼の主張がおかしくなったのは、あの記事が出た以後じゃないだろうか。検証してみると面白いかも知れない。立場を強くなったタレントの地位を落とし、自分たちのコントロールしやすいようにする……ああいった記事はそのための儀式なのではないか。
声優の花江夏樹もあるとき、週刊誌で「傲慢だ」とバッシング記事が出たことがある。内容は、「自分たちの取材を拒否した。天狗になっている」というものだった。
しかし花江夏樹は声優。タレント業界の約束事は関係ない。花江夏樹はTwitter上で記事の引用とともに天狗のお面の画像で茶化した。これには週刊誌記者も苦笑いしかなかった。そしてこのことを切っ掛けに花江夏樹が業界から干されることもなかった(仕事量も一切変わらなかった)。アニメの業界は、テレビタレントの業界と約束事もしきたりも違うのだ。それを理解してなかった週刊誌記者が恥をかいただけで終わった。
2024年2月頃、声優の中村悠一も文春砲の標的にされた。その内容というのが珍妙で、「ゲーム実況動画の中で、女性キャラクターのパンツを覗いた」という内容だった。それを見ていた自称・ファンが「失望した」というが……。
内容がしょーもない。『わしゃがなTV』でいつもやっているノリだ。それで、長年追いかけているファンが「失望した」と?
この事例から、週刊誌で登場する「関係者」「自称ファン」の大半が記者の頭の中にしか存在しないファンタジーだとわかる。
後になって、「なぜ急に中村悠一が標的にされたのか」考えてみた。最近、特に有名になったからか? いや、私はこう考えた。もしかすると中村悠一さん……テレビの取材を断ったのではないか?
それで「俺たちの取材を断るなど許さん!」と文春に攻撃させた――そういう経緯じゃないか。これは私の想像だけど。花江夏樹さんが週刊誌で攻撃された事例を考えると、そういうことじゃないかと。
(2025年7月14に追加部分)
しかし週刊誌で書かれるようなことが、芸能界の権力に関係することなんてあるのだろうか。
どうもあるらしい。北野武監督の『首』の制作中、一時お蔵入りの危機に直面していた。制作費が足りず、Netflixから出資を募ろうとしたが、そこに北野武が介入してきて、「俺にもっとギャラよこせ!」と言ってきた……。
この週刊誌報道について、北野武側がはっきり否定。真実は「KADOKAWAが不公正な契約を突きつけてきたから」で、それについて北野武が「NO」を突きつけた。すると事実をゆがめられた内容が週刊誌に載った。KADOKAWAに反抗したから、自前の記者に北野武を貶めるための記事を作らせた……というのが本当の経緯だったらしい。
北野武は自分が持っているメディアで反論した。しかしかつての時代では、こんなふうに反論することすらできなかった。
おそらくは、タレントの立場が強くなり、発言するようになると、週刊誌が地位を貶めるための記事を書き、そのタレントを大人しくさせる……。その主導を誰がやっているのかわからないが、芸能事務所や週刊誌は時に一体となって企みを持つこともあるのだろう。
そういう内部的な繋がりを考えると、やはりジャニー喜多川性加害問題を「知らなかった」というのには違和感がある。
現在はTwitterや個人のサイトがあり、反論ができる時代になったが、かつての時代は週刊誌で報道されるとそれが真実になる。信じた一般大衆が大騒ぎをする。それを鎮めるために、形だけでも謝罪をして、活動半径を自粛しなければならない。そういうことはいくらでもあったのだろう。
現在でも、自分発のメディアをちゃんと持たないタレントは、こんなふうに攻撃されると我が身を守るすべがない。事務所の意向で、自分発のメディアを持てないタレントもいる。事務所がタレントに自前のメディアを持たせないのは、「自分が発信者になる」という「権力」を持たせないためだろう。
2000年代以後。インターネットが登場し、新たな文化がその中で生まれようとしていた。アニメやゲームはあくまでもエンタメだが、インターネットはそこから一歩進んで、思想・政治的な発信者となり得る新しいツールだった。
新聞・テレビは猛烈にネット批判を展開した。インターネットが原因で新しい種類の犯罪が増えている。また少年犯罪が……インターネットの影響だ!
するとネット側が反抗してきた。新聞・テレビは慌てたはずだ。今までアニメやゲームのバッシングをして、直接的に反抗された経験は一度もない。アニメとゲームの地位を恒久的に貶めることには成功した。同じ事がネットに対してもできると信じていた。だができなかった。それどころか、テレビ・新聞がこの50年間やってきたことが徐々に暴かれて、逆風に立たされることになる。2000年代以降、じわじわとだけど、日本人の文化意識の“反転”が始まった。
話は2025年代の現在に戻る
この国は戦後から80年、ずっと新聞・テレビが思想的に主導する世界だった。ジャニーズ事務所の問題、フジテレビの問題は、そのテレビの権力が決定的に凋落する、象徴的な事件のように感じた。
しかもそれが、今まで自分たちがやってきた「メディアスクラム」のやり方で崩壊する。今までは自分たち以外の“誰か”に向けられたやり方だった。それがまさか自分たちに向くとは、想定もしていなかっただろう。自分たちで研ぎ澄ませたナイフが、自分たちに向いた瞬間だ。
あの会見に集まったマスコミの一人一人に、思想などはない。私は日本のマスコミを、遠くからずっと観察してきた。そこで得た結論は、日本のマスコミには知能らしい知能はなく、ただ動物的に、反射的に動いて大騒ぎするだけだ。普通、マスコミといえば情報の分析なんかをするものだが、日本のマスコミにはその能力は明らかになく、ただ烏合の衆として集まって騒ぐだけ。そのように訓練された存在である。ある意味、「肥やしにたかるハエ」のようなものである。

テレビの世界では、渦中の人物を中心において、群がるマスコミが叩く様子を見せる……そういう画作りをやってきた。それがニュース映えするとあちらの世界の人々は信じていたし、そういうお祭り騒ぎを見ていると、一般人もマスコミが作る気分に飲まれて、その相手を叩くようになる。テレビに出てくるマスコミとは、そういう訓練だけしかされていないような連中だ。頭の中に脳みそが入っているのかどうかも疑わしい。集まって大騒ぎするだけの連中だ。
その牙が、うっかり自分たちに向いちゃった……というのが今回の2つのジャニーズ騒動。
それがわかっていたから、私は「ああ、これはテレビ権力の自壊だな……」と思って見ていた。はっきりとした「終わりの始まり」を見た瞬間だった。
でも正直なところ、私はこれで色んなものがよくなると思っている。
例えば映画。日本の映画は、事務所の力があまりにも強く、映画監督にキャスティング権がほぼなかった。事務所が引き上げたら、映画制作の予算が出なくなるからだ。それで、明らかに下手くそなジャニーズタレントが主演をやる……日本映画は長らくそういう状態だった。
それがなくなる。
アニメの界隈だと、劇場アニメは集客を見込んで、声優経験のまったくないアイドルにやらせる……ということが多かった。2000年以後のアニメ映画は、主演声優があまりにも下手くそすぎて、それが致命的にクオリティを下げていた。クリエイターがどんなに頑張ってシナリオを書いて、気合いの入った作画をやっても、声優が下手くそすぎて気持ちが入らない……そういう作品ばかりだった。しかもアイドルを声優に起用したからってぜんぜん売れてない。ああいったタレント起用は宣伝費から出るので、通常の声優を起用するよりも数倍のギャラが支払われる。なのに興行収入に繋がらないから、何かしらの詐欺のようだった。
最近は、声優自身が注目されるようになった。もともと“裏方”の人間をあんなふうに持ち上げるのはどうか……という意見はあるが、しかし声優の地位が上がったおかげで、最近の劇場オリジナルアニメはどこかの知らんアイドルではなく、声優がちゃんと勤めるようになった。テレビタレントの地位がいい感じに落ちて、声優の地位が上がってきたおかげである。
途中にも書いたけど、私は基本的に映画とアニメとゲームしか興味がない。テレビでやっているようなドラマはクオリティが低すぎて、とてもじゃないが見ていられない。10代の頃、あんなショボいドラマをどうしてみんな喜んでみているんだろうか……と不思議だった。あれはテレビという絶対権力を背景にした人気だった。
最近は海外ドラマのいいものが出てきて、比較されるようになった。そこでごく普通の人も「日本のテレビドラマの低質さ」に気付くようになった。いい傾向だ。テレビが人工的に作った流行とかではなく、クオリティ自体を見るようになった。これは大きな意識変化だ。
私がこれまで見てきた経験でいうと、新聞・テレビは日本の文化や精神性にとって、明らかに有害なものだった。その中でも極めて問題だったテレビが自壊している。これは私個人的にではなく、国全体によって良い影響をもたらすだろう……と考えている。
どうせなら、もっと徹底的に壊れてもらいたいものだ。もう二度と、過去にあったような権力機構に戻らないように。
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