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忘れられない患者さん|目が見えない人

※患者さんの名前は仮名です


目が見えない人


私が2年目の時。
呼吸器病棟で勤務していた時のお話です。


安本さんは、弟さんと2人暮らしをされていた60代の男性で、目が見えませんでした。

私が働いていた病棟では、肺がん疑いの方は1泊2日の検査入院のあと外来で結果説明をし、
その後再度入院して治療を行っていました。

しかし、安本さんは目が見えなくて通院が大変なこと、ご家族のサポートが難しいことからそのまま入院継続となりました。

目が見えないのに、ご自分でトイレにも行くし、ごはんも食べます。私の顔も見えないのに、名前も覚えてくれました。

検査の結果、安本さんは肺がんで、すでに骨にも脳にも転移していました。
入院している間に痛みがひどくなり、少しずつ動けなくなってきました。

病状説明(IC)は、安本さんがベッドに寝たまま、先生と私の3人で行われました。

告知された時、安本さんは気丈に
「やっぱりな。ところで先生、治療はどうなる? 親父も肺がんだったから、どんな感じかイメージはついてる」
と話されていました。

けれど、先生が退室されてから、
「ナツさん、どうしようかな。困ったな。あいつらのこと、どうしような」
とつぶやかれました。

目が見えない安本さんには、私が悲しい顔をしていても伝わらないので、手を握って
「一緒に考えましょう」
と言うことしかできませんでした。

安本さんは弟さんと同居。
妹さんは東京に住んでいました。
ご兄弟はみなさん独身だったので、安本さんを支えてくれる人は、本当に弟さんと妹さんだけでした。

「弟と住んでいるけど、迷惑はかけたくない。両親はもう亡くなった。もう1人妹がいるけど、もう何年も連絡をとっていない」

そんな話を聞いていると、
「ああ、お兄ちゃんなんだなあ」
と、言葉の節々から伝わってきました。
きっと、弟さんにも妹さんにも、やさしいお兄ちゃんだったのだと思います。
だから、弱いところを見せたくないのだとも感じました。

告知後、弟さんから妹さんに連絡が入り、東京から来院されました。
廊下ですれ違ったとき、思わず声をかけてしまうくらい、安本さんにそっくりでした。

妹さんは、ご両親のことで安本さんとトラブルになり、
疎遠になっていたそうです。
けれど、病気のことを知るとすぐに来てくださり、
それからほぼ毎週来てくださるようになりました。

私のことも覚えてくださり、妹さんには
「最近はこんな治療が始まりました」
「こんな副作用が出ています」
と毎回お伝えしていました。

暑い時期に入院してきた安本さんでしたが、
紅葉が散る頃には、ご自分でトイレにも行けなくなってしまいました。

抗がん剤治療を行いましたが、効果はあまり見られず、副作用だけが残りました。

毎日「気持ち悪い」と苦しむ安本さんは、機嫌が悪い日が増え、
「もうあっち行け!」
とどけられることもありました。

しかし、そのあと必ずナースコールをしてきて、
「さっきはごめんな。俺にはナツさんしかいないのに」
と、泣きながら謝られました。

ちょっと怒りっぽいけれど、豪快に笑う安本さんが私は好きで、よく一緒にお話しました。



この頃、2人部屋から個室へ移動し、先生からご家族に鎮静のお話がありました。

酸素化も悪くなり、ずっと苦しそうな安本さんを見てきた弟さんと妹さんでしたが、
すぐには決められませんでした。

妹さんは
「まだ話したいことがたくさんあるのに」
とおっしゃっていました。

鎮静すると、すぐに亡くなるわけではありません。
ですが、眠っている時間が長くなり、これまでのように話ができなくなります。

2週間悩まれて、鎮静が始まりました。

妹さんはお仕事を休んでご実家に泊まり、
毎日病院に来てくださるようになりました。

おだやかに、笑って時間を過ごされ、鎮静されてからも私の足音がすると
「ナツさんが来た」
と、妹さんよりも早く気づいてくださることもあり、本当にうれしかったです。

ある日、病室に行っても名前を呼んでくれなくなり、残された時間が長くないことを知りました。

そのまま弟さんと妹さんに見守られ、翌日、安本さんは亡くなりました。

当時2年目で、日々の業務に追われており、
受け持ちとして安本さんに何かできたのか、今でも後悔が残ります。

はじめて最初から最後まで。
検査から看取りまで受け持ちができ、関係性を築けていい経験になりました。
これだけの期間受け持ちができることは、なかなかありません。

がんというつらい現実に向き合う安本さんを、私は支えてあげられたのかな。
きっと、支えられていたのは私のほうでした。

ご家族とこんなに密に関われたことも含めて、私にとって大きな学びになりました。

安本さんとたくさんお話しできたからこそ、
私は患者さんとお話しするのが大好きな看護師になれたのだと思います。

忘れられない、大切な患者さんの1人です。



改めましてこんにちは、ナツです。
このnoteを見つけてくださってありがとうございます。

私は12年目の看護師です。
呼吸器内科・呼吸器外科・コロナ病棟・外来などを経験して、
今は育休中に、看護師向けのGPTを作っています。
▼自己紹介として、簡単にこれまでの経歴をまとめました

▼このnoteの案内図はこちらにまとめています

他にも忘れられない患者さんのお話、書いています。

▼「肉のタレ作らないかんから帰る」と言っていた人

他にも色々な方の看護のお話を集めたマガジンです。


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