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「疼痛あり」の中身を見ていない

「右膝に疼痛あり」と書く。

患者さんが「痛い」と言ったため、疼痛ありと判断。
これも、間違ってはいない。

そして、たいていこう続く。
「疼痛のため、歩行練習中止」
「疼痛のため、可動域制限あり」。
痛いから、できない。
痛いから、やらない。
一見、筋が通っている。

でも、この「痛いから」で、
思考が止まっていないだろうか。

痛みは、他の曖昧語と少しちがう。
「感覚が鈍い」は放っておかれがちだったけれど、
「痛い」は、逆に強すぎる。
強すぎて、それ以上考えなくても、
すべてを説明できてしまう。

動けない、
可動域に制限を生む、
やる気が出ない、
ぜんぶ「痛いから」で片づくことがある。

痛みは、思考を止め、
いちばん便利な理由になりやすい。

だから、あえて、「痛い」の中身を見る。

同じ「膝が痛い」でも、中身はちがう。
動かした瞬間の、
ある角度だけに走る鋭い痛みなのか。
動かしている間、ずっと重くだるい痛みなのか。
体重をかけたときだけの痛みなのか。
じっとしていても、夜うずく痛みなのか。
これらは、原因も、意味も、
やることも、まるでちがう。

たとえば、ある角度でだけ鋭く走るなら、
その角度で何かが引っかかっているのかもしれない。
動かし方を変えれば、
痛みを避けて動けるかもしれない。

体重をかけたときだけなら、
支え方や荷重の部位を変える余地がある。

でも、じっとしていてもうずく、夜に痛む
——これは、動作の問題というより、
炎症が強いサインかもしれない。

だとしたら、無理に動かすより、
まず落ち着かせることが先だ。

まずは「痛み」に向き合ってほしい。

「痛い」を、いつ・どこで・どんなふうに、
まで分けると、「痛いから中止」の一択だったところに、
「避けて動く」
「支えを変える」
「今は鎮める」
という、別の道が見えてくる。
「痛いから、やらない」は、
実は選択肢を一つに狭める言葉になる。

そして、もう一つ大事なこと。
「痛いから動けない」のか、
「動けないことにしている」のか、という違いだ。

痛みは、こわい。
だから患者さんは、
痛みが出そうな動きを、先回りして避ける。

実際に痛いのではなく、
「痛いかもしれない」で動きを止めていることがある。
このとき、本当に手をつけるべきは、
痛みそのものより、その「こわさ」のほうかもしれない。
「痛い」の一語は、実際の痛みと、
痛みへの不安を、区別せずに包んでしまう。

だから、「疼痛あり」と書いたら、
そこで止まってはいけない。

今日の「問い」。
あなたの患者さんの「痛い」を、
こう問い直してみてほしい。
それは、いつ痛むのか。
動かした瞬間か、動作の途中か、
体重をかけたときか、それとも安静時か。
どこが、どんなふうに痛むのか。
そして、実際に痛いのか、痛むのがこわくて避けているのか。

「疼痛あり」を、
「立ち上がりで、右膝に体重が乗る瞬間だけ、
 鋭く痛む」まで言葉にできたら、
次にやることは「中止」ではなくなる。
痛みを避けて、どう動いてもらうかを、考えられるようになる。


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トト|理学療法士 × 教員 今後の執筆活動に役立てたいと思います。