映画『君の顔では泣けない』|心は身体に追いつくのか、心と身体は別物なのか| 髙橋海人に静かな地獄を見る
タイムトラベルものが好きだという話はよくしているのですが、それと同じくらい興味があるのが「入れ替わり」です。
映画では『転校生』『君の名は。』『鍵泥棒のメソッド』、ドラマでは『さよなら私』『民王』『天国と地獄〜サイコな2人〜』など名作、話題作が目白押し。あ、今クールは『リボーン』見てます!
上に挙げた作品もそうですが、世の中にある「入れ替わり」のドラマや映画は、ある一定の期間で(それほど長い時間はかからず)もとに戻るものが多いです。
そんな中で、なんと入れ替わったまま15年も経ってしまった男女を描いたのが、映画『君の顔では泣けない』。
あらすじはこちら。
高校1年生の坂平陸と水村まなみは、プールに一緒に落ちたことがきっかけで心と体が入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた二人だったが、"坂平陸"としてそつなく生きるまなみとは異なり、陸はうまく"水村まなみ"になりきれず戸惑ううちに時が流れていく。もう元には戻れないのだろうか。
しかし入れ替わったまま15年が過ぎた30歳の夏、まなみは「元に戻る方法がわかったかも」と陸に告げる…。
……辛い(涙)!!!
こんなに入れ替わりが戻らない設定は辛すぎる!辛すぎるけど、それが新しい。
「入れ替わり」作品の多くは、入れ替わった直後のドタバタ→お互いの状況に慣れてうまくやる→事件起きる→色々あって元に戻る、までがセットです。
それなのに、この『君の顔では泣けない』は、入れ替わりのドタバタは瞬殺で終了。高校1年生だった2人はあっという間に高校を卒業してしまいます。
……え、入れ替わったまま、もう3年近くも経っちゃったの?!もう3年も入れ替わったままなの?
そう、でもまだこんなの序の口。
彼女と彼はドラマの冒頭で、既に15年入れ替わった状態で再会してるのです。
入れ替わったのが、15歳。
入れ替わってから、15年。
もはや、元の自分として生きた年数と、入れ替わってからの年数一緒です。
なんなら、元の15年については最初数年の記憶はないわけなので、もはや入れ替わり後の人生の方が実質長いと言えるんじゃないかっていう、世にも恐ろしい状況。そんな世にも恐ろしい状況を、この映画では淡々と描いていきます。
昔から考えていたのですが、例えば本当に「入れ替わり」が起こった際、人は自分の心を身体とは別に独立して持ち続けられるのでしょうか?それとも、入れ物である身体に心が近付いて行くのでしょうか?
例えば『名探偵コナン』(突然コナンですいません、好きなんで)の場合、17歳だった工藤新一が薬の影響で小学1年生になってしまったわけですが、例えば頭脳はそのままだとしても長く子供の身体でいたら心は身体の方に合っていかないのかな?とずっと疑問に思っていました。
漫画の展開的にコナンくんはもちろんずっと同級生の蘭のことが好きなわけですけど(ここがブレるともうめちゃくちゃですからね)、例えば本当に身体が小学1年生になって、小学1年生として小学1年生の中で生活していたら、同じクラスの小学1年生の女の子のことを好きになることもあるんじゃないのかな、と思ったりしています。
東野圭吾の『秘密』は、奥さんと娘が事故に遭った後、生き残った娘の中に奥さんの心が入っていた、というストーリーですが、例えば心がアラフォー・アラフィフの女性だったとしても、娘の身体の中に入って何年も過ごしたとしたら、やはり娘の身体の同年代の人を好きになっていくことはあると思います。
上の2つの作品は、自分の外見と心の年齢に乖離があるとか、自分より遥かに若い子供の外見になってしまって身体と心に乖離がある状態ですが、『君の顔では泣けない』は性別も入れ替わってしまうのが最もネックになります。
これが同性同士の「入れ替わり」だったとしたらもう少し話は簡単(でもないかもしれませんが今よりは簡単)だったと思います。
本来は女性なのに15歳のある日突然男性になる。
本来は男性なのに15歳のある日突然女性になる。
なんて残酷な「入れ替わり」。
1ヶ月くらいだったら大騒動後に笑い話にできるかもしれないですが15年は無理ですよ。
もう前世の記憶を持ったまま別の人生を生きてるようなもんです。
映画では、芳根京子と髙橋海人が入れ替わるのですが、芳根京子(入れ替わり後は髙橋海人)は比較的すぐ心が身体に慣れているように見えます。彼女を作り、なんと初体験までさっさと済ましてしまいます。芳根京子に入れ替わった髙橋海人を通じて本来の家族とも定期的に交流し、なんとなく順調そうに見えます。
一方、髙橋海人(入れ替わり後は芳根京子)は入れ替わり後の性別も家族もうまく受け入れられず、前の家族とは会うこともできず、そして他人となってしまったことで自分の父親の葬式で泣くこともできず、鬱憤が爆発。髙橋海人と芳根京子は喧嘩してしまい、それまで定期的にお互いの状況を報告し合っていた2人は会わなくなってしまいます。
印象的だったのが、終盤「もしかしたら戻れるかもしれない」と髙橋海人(もとは芳根京子)が言い出した時です。
入れ替わり直後から比較的すぐに男性である髙橋海の身体に馴染んでいたように見えた彼女が、実は男性になった自分の身体にとんでもなく違和感を持ち、ずっと嫌で嫌で仕方なかった、どうしても戻りたいと訴えたのです。
一方、既に結婚して子供もいる芳根京子(もとは髙橋海人)は、もう元に戻らなくてもいいと言う。
うまくやっているように見えた彼女の方が、ずっと辛そうに見えた彼よりも入れ替わりを受け入れられていなかったというところが悲しい。
どれだけ馴染んで見えても、楽しそうに見えても、その人の本当の悲しみや苦しみは外からは決してわからない。
結婚して子供を持つことが夢だった髙橋海人(もとは芳根京子)の絶望を、静かな地獄を、初めて垣間見たように思いました。
どうしても本来の身体に戻りたい彼女のことも、今の身体に馴染んでもう戻らなくていいと思う彼のことも、どちらの気持ちも想像できて辛い。
心が身体に追いつく人もいるし、心がずっと独立している人もいる。それはもう仕方のないことだと思います。

結局2人は戻ったのか戻っていないのか、見た人に委ねられているラストでした。
どっちでもいい……!
もはやどっちでもいいよ涙!!!
どちらになったとしても完全なハッピーエンドはありえない。たとえ戻れたとしても彼は夫と子供を失うことになり、彼女は既婚で子供がいる状態になる。
もはや何が1番幸せなのかわからない。
それでも、戻ったか戻ってないのかもうどっちでもいいけど、どうか、どうか、芳根京子が、髙橋海人が、どうか幸せになってくれ!!!と祈りたくなりました。
おしまい。
さあ、めくるめく「入れ替わり」の世界をどうぞ。
1982年に公開された青春ファンタジーの名作『転校生』を、大林宣彦監督がセルフリメイク。
昔、ミニシアターに1人で見に行ったなぁ。
2014年にNHKドラマ10で放送された、永作博美主演のドラマ。岡田惠和が描く「入れ替わり」。
私もこの主人公たちと同じくらいの年齢になったのか……!
めちゃくちゃ面白い!
内田けんじ監督好きです。
また撮ってくれないかな、とずっと思ってます。
