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第1章『始動』ー第1節:静かな誘導 ― ノクティエル ―【ケンタウルスストーリーイベント】

前回のあらすじ

「……走るって、春日市をですか?」

私は、思わずそう聞き返していた
春日公園の芝生は朝露を含み、蹄が沈むたびに静かな音を立てる
ここが“走る場所”なのは分かる。だが、街を、だ

「そうよ」

迷子さんは頷いた。

「ケンタウルスになって走る。その姿で、この町の魅力を伝える。それが、この場所の意義」

理屈は分かる。分かるのだが――

私は自分の白い馬体を見下ろした。黒い斑点が朝日に浮かび、妙に現実感がある
競馬を見て憧れただけのはずが、いつの間にか“走る側”に立っている
この時点で十分おかしい

「……私は、観るだけ.で満足していたはずだが」

そう口にした瞬間、背後から柔らかな声がした

「それは、“走らない理由”があった時の話ですね」

振り向くと、一人のケンタウルスが立っていた
夜色を思わせる落ち着いた毛並み
切れ長の目と、静かな微笑み

「私はノクティエル。あなたと併走を許された者です」

許された、という言い方が少し気になったが
声は驚くほど穏やかだった

「併走……ですか」
「ええ。あなた一人では、この街は少し長い」

ノクティエルはそう言って、私の隣に自然に立つ
距離は近いが、圧迫感はない
むしろ、“最初からそこにいる”感じがした

「無理にとは言いません。ただ、ここから先の景色は、一緒に見た方がいい」

その言い方が、妙に引っかかった
選択肢を提示しているようで、否定される未来が想像できない

迷子さんが軽く手を叩く

「じゃ、説明するわね」

今回のコース

彼女は地図を示しながら、淡々と告げる

「春日公園を出て、住宅街を抜ける。緩やかな下りと、いくつかの小さな起伏。そして、ゴールは……」

視線が、遠くを指す

「JR博多南駅」

遠くの方で新幹線の音が、微かに聞こえた気がした

「駅……ですか」

「ええ。この併走は、“街をつなぐ”走りになる」

ノクティエルが小さく頷く

「ヴァイスノヴァさん、詳しい事は走りながら……」

「……分かりました」

私がそう答えると、二人は同時に微笑んだ

その瞬間、気づくべきだったのかもしれない
この併走は、始まる前から、もう整えられていたのだと

―それでも私は、おかしいと分かっていながら、蹄を踏み出した―


後編を第1章『始動』のレースBGMと共にお楽しみ下さい


走り出した瞬間、私は理解した
これは散歩でも、デモンストレーションでもない

―真剣勝負だ―

春日公園を抜けた直後、地面の感触が変わる
芝の柔らかさが消え、わずかな下りが続く
私は無意識に歩幅を調整し、蹄の接地を一定に保った

隣を見る
ノクティエルは、こちらとほぼ同じ速度で走っている
速くもなく、遅くもない
なのに、距離が縮まらない

「……一定ですね」

思わず口にすると、彼女は少しだけ首を傾げた

「崩さないだけです。あなたが乱れないように」

それが“配慮”なのだろう
だが、配慮としては過剰だ
私は呼吸を整え、あえて速度を上げた

住宅街に入る
緩やかな起伏が連続し、視界が微妙に上下する
私は無茶だと分かっていながら、さらにペースを上げた

おかしい
冷静であるべきなのに、どうしてこんなことをしている?

ノクティエルは……ついてくる
いや、正確には―先行している―

「そのまま行くと、後半で脚に来ますよ」
「……分かっています」
「なら、なぜ?」

問いに、即答できなかった
考えてみて気づく
私は“勝つため”に走っていない

「最後まで、同じ速度で行きたいだけです」

ノクティエルは、一瞬だけ目を細めた

「なるほど……」

彼女はほんのわずかにペースを落とした
その一拍が、私の呼吸を整える
気づけば、こちらが楽になっている

――誘導されている?

分かっているのに、拒否する理由が見つからない

新幹線の音が近づき、空気が変わる
ゴール(JR博多南駅)は、もう見えていた

私は、最後の無茶に出た
脚が重いと自覚しながら、前に出る

「無理をしますね」
「はい。自覚はあります」

ノクティエルは、突き放そうとしない
並ぶ
逃げ場を塞ぐように、優しく

ゴールが近づく
速度も、勝敗も、どうでもよくなる

――私は、気づいた

今は強制されていない
誰にも命令されていない

走り終えたとき、二人同時に脚を止めた
新幹線の音が、頭上を通り過ぎる

「どうでしたか?」

ノクティエルが尋ねる
私は、少し考えてから答えた

「……街が、思ったより長かったです」

彼女は、満足そうに微笑んだ

「それで十分です」

その言葉が、なぜか胸に残った

私は今日、選んだ
おかしいと分かっている道を……

次節へ


*この節の登場ケンタウルスはこちら


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