【あなたのくれたスイーツが、今日も苦い】第3章 「最初は、小さなひと口から」
第3章テーマは、フット・イン・ザ・ドア・テクニック
フット・イン・ザ・ドア・テクニックは【小さなお願いから始めて、徐々に大きな要求を受け入れさせる心理テクニック。最初の要求が簡単だと、人はそれを断りにくくなり、後のお願いにも応じやすくなる】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第3章 「最初は、小さなひと口から」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
「……というわけで、試食用の紙コップに、この“とろろようかん”を、ひと口だけ」
紙コップを差し出した瞬間、なぜか目の前のしのが少し後ずさった
「高嶺さん……わたし、甘味の試食は好きですけど、それ、なんで“ぬめり”が……?」
「とろろです。山芋のとろろとようかんの融合。繊維質と甘味、驚異のコラボです」
「なるほど、驚異ですね……(目そらし)」
完璧なスルーを受け流しながら、僕は冷静を装った
目的はそこじゃない。これは“第一歩”だ
さかのぼること三日前。僕はふと思った
――しのさんに、もっと長く話をしてもらうにはどうしたらいいか
そこで導き出した答えが、「お願い→達成→成功体験→次のお願い」の流れ。つまり、まずは“断れないお願い”から
いきなり「一緒にスイーツを開発してください」とか言ったら、警戒される。だから僕は、こう言った
「アンケート、お願いできますか?」
しのは「え? もちろんです」と笑顔で答えた
内容は“おにぎりに合うスイーツとは”という、一見バカバカしい設問。だが、目的はそこではない
話すきっかけを作り、彼女の意見を引き出し、自然と一緒に考える流れを作る――その先に、“共同作業”が生まれるはずだった
「やっぱり、梅とあんこって似てません? どっちも赤いし、ちょっとすっぱいし……」
「いや、しのさん……あんこ、すっぱくは……」
「気のせいかな? でも似てる気がするんですっ」
あまりに強引なロジックだったが、楽しそうなので黙って頷いた
そして今日、紙コップスイーツ作戦。彼女に“ちょっと手伝ってる感”を持たせつつ、少しずつ距離を縮める計画
「じゃあ、試食は今は遠慮しときますけど、アイディア出しは一緒にやりたいかもですっ」
……成功だ
「おにぎりにスイーツって、絶対アリですよね。たとえば、いちご大福おにぎりとか」
「具がいちごですか?」
「はい、まわりのもち米はそのままで♡」
それ、もはや“おにぎり風スイーツ”なのでは……?
「そうだ、来週って“おにぎりの日”ですよね。ちょうどイベント作れそう」
おお、記念日がこんな自然に入ってくるとは。天の助けか。
「よし、“おにぎりスイーツフェア”やりましょう!」
しのが両手をパッと上げた。あれ、僕、流れに完全に飲まれてる?
「あと、ポスターは高嶺さん担当でお願いしますっ」
「え、僕が……?」
「だって、高嶺さん、手帳に“この人はイチゴと味噌を混ぜたがる”ってメモしてたでしょ?」
「えっ、なんでそれ知ってるんですか!?」
「この前、落としてたページ、拾ったら……全部しっかり読ませていただきました♡」
バレていた……! 味覚傾向メモ帳が!
「高嶺さん、ほんとにわたしの味の研究してるんですね。なんだか、愛を感じちゃいます」
愛ではなく観察ですが……いや、もう訂正する気力もない
「じゃあ、わたしも全力でおにぎり作りますね!」
――僕のお願い作戦は、想定以上の方向に爆走し始めた
翌朝、登校中にスマホが震えた。
《試作品第1号できました!今から持っていきますね♡》
その3秒後、路地の角からエプロン姿のしのが現れた。笑顔。手にはタッパー
「試食、お願いしますっ!」
「……あ、朝ごはん……?」
「はいっ!“ミルクあんこ鮭おにぎり”ですっ!」
思わず立ち止まる。何だその情報量。甘いのか、しょっぱいのか、魚なのか
「ご飯に練乳混ぜると、ほんのり白くなって可愛いんですよ〜」
いや、たぶん問題は色じゃない
「……ちょっと、駅前で座って食べませんか?」
すでに断る選択肢は用意されていなかった
ベンチで受け取ったおにぎりは、見た目だけは普通。いや、ちょっと照りがある
ひと口
あんこの甘さ→鮭の塩気→練乳のねっとり→そして米
味覚の世界旅行が始まった。
「……すごく、“攻めてる”味です」
「ですよねっ♡」
なぜこんなに満足そうなんだろう
「高嶺さん、わたしのこと、研究してましたよね?」
「……まぁ、はい」
「じゃあ、わたしも高嶺さんを観察します。共同研究ってことで!」
それ、つまり僕は今、実験対象……?
数日後、くすの木に貼られたポスターには、でかでかとこう書かれていた
『“おにぎりスイーツフェア”開催!挑戦者求む。試食係:高嶺 悠真』
なぜ名指し!?
「高嶺さん、頼もしいパートナーって、口コミで広がってきてますよ」
「どこ経由ですかその口コミ」
「うちの常連さんと、あと学校の家庭科部とか♡」
地味に広がってる!
「わたしね、気づいたんです。お願いって、どこか勇気がいりますよね。でも、断られないって思うと、つい調子に乗っちゃう」
はい、まさに今、乗ってる側です
「でも、高嶺さんは全部受け止めてくれるから……私、どんどんお願いしたくなっちゃいます」
「……僕も、それ、思ってたところです」
「えっ?」
「お願いって、距離を縮める道具なんだって……思ってました。でも今は、もうちょっと違ってて」
彼女は、首をかしげた
「しのさんにお願いされるの、ちょっと嬉しいんです。自分に期待してくれてるって、分かるから」
「……わ、なんか、それ、ずるいです」
「え?」
「そんな風に言われたら、またお願いしたくなっちゃうじゃないですか」
しのは、ほんの少し顔を赤らめて笑った
フェア当日
僕は、もはや自分が何をしているのかよく分からなくなっていた
目の前には、10種類のおにぎりスイーツ。たくあんショートケーキ、マシュマロ昆布巻き、味噌バタークッキーライス……地獄の並盛り
「高嶺さん、笑って!」
「いや、口がしびれて……!これは……味覚が……!」
「“それでも受け止めてくれる味覚男子”って、ポスターに書いたんです♡」
やめてくれ、それは名誉でも何でもない
でも――ふと気づくと、周りの客たちも笑っていた。僕を見て、しのを見て
そしてしのが、ふと囁いた
「わたし、本当にお願いして良かったって、思ってますよ?」
……ああ、たぶんそれだけで、今日の全部に意味があったんだと思う
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