【“好き”って、つまりどういうことかと言いますと――】第5章 「つまり、まだ間に合うということです」
第5章テーマは、ゲインロス効果(Gain-Loss Effect)
ゲインロス効果は【人は、相手の態度が「一貫している」よりも、「変化する」ほうに強く反応します。特に“マイナスからプラス”への変化は、印象アップに繋がりやすい】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第5章 「つまり、まだ間に合うということです」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
放課後の図書室には、二人の呼吸音しかない。窓の外でゆれる木漏れ日が、机の上に落ちていた
「――あの、今日って、放送室…使っていいんでしたっけ?」
颯太が、教科書をめくる指を止めずに聞く
「はい!事前申請は三日前に提出済みで、先生のハンコも――えっと、はい、ここですっ」
バサッ
美琴が鞄から取り出したのは、A4の資料ファイル。しかも中には放送室使用願、機材チェックリスト、配線図、そして今日の“台本”まで完璧にまとめてあった
「まるで卒業式の進行表だな……」
「違います。これは、恋の最終確認です」
颯太は、思わず笑った
放送委員の活動で、卒業式前に「三年生を送る放送会」がある
美琴は、その“番組進行”をなぜか立候補した。しかもなぜか、**台本はすべて「一人称視点の回想形式」**で書かれていた
「タイトルは…『好きになった日の、放送記録』……って、これ大丈夫?」
「ギリギリ自主企画です!校則にも抵触しません!」
つまり、放送機材を使って、過去の恋を“生放送”で朗読するらしい
ただしその朗読内容、なぜか“今”の二人のこととリンクしていて、完全に公開告白だった
「…最初はね、声が優しいなって思っただけなんです」
そう朗読しながら、美琴の声がわずかに震える。隣にいる颯太が、黙って聞いている
「でも、長い話を遮らずに聞いてくれて、短い言葉で返してくれて――それが、すごく、嬉しかったんです」
彼は無言のまま、マイクの調整をしている。顔が少し赤い
「私、ずっと説明ばかりしてて……“感情”が、うまく言えないんです。でも、だから、たぶん、今ここにいます」
それは、まるで“未来の自分”が読む手紙のようだった
放送が終わった瞬間、美琴は小声で言った
「今のは、仮定法過去完了です。“もし、あのとき好きになってなかったら”っていう……」
颯太がそっと返す
「でも、好きになったんだろ?」
美琴は一瞬固まり、顔を真っ赤にしたあと、言った
「し、資料に戻っていいですかっ!?」
鞄をゴソゴソし始めた彼女の手元には、次の“台本”が見えていた。
表紙にはこう書かれていた
**『そして、もしもの話じゃない未来の話』**と
式場の控室で、美琴は額に手を当てていた
「……大失敗でした」
「いや、あれはもう名放送だったって」
颯太が笑いながら、ネクタイを緩める
「“好きになった日を再現放送する”って発想も、アーカイブに残す気満々の台本も、もう全部おまえらしいよ」
「記録は大事です。後で見返せますし、法的証拠にもなりますし」
「えっ、裁判前提なの?」
美琴は真剣だった
文化祭の日から半年、二人は正式に付き合い始めた。
……ただし、美琴が言うには
「“告白”とは“契約締結”ではないので、“口頭確認”だけでは不十分です」
ということで、**契約書(交際同意書)**を2部作成した
しかも、日々の感情の変化は「パラメータ表」で管理
喜び度、照れ度、不安度、そして“安心レベル”がグラフになっていた
「この安心度が70%を超えたので、私は“プロポーズ受諾の検討”に入りました」
そして今日、式当日
「でも……やっぱり私、間違えてたかもしれません」
美琴が呟く。白無垢姿で、鏡を見つめながら
「好きって、ちゃんと“確認してもらう”ものじゃなくて、“信じる”ものかもしれないのに……私は、全部証明しようとしてた……」
控室が静かになる
その沈黙を破るように、颯太が立ち上がった
「じゃあ、やろう」
「……なにをですか?」
「“式中に逆告白”」
――そして本番
神主の問いに、ふたりが並んで立つ
「それでは、新郎・新婦、互いに誓いの言葉を――」
その瞬間、颯太が振り向いて言った
「俺は、おまえの“好き”を証明しなくても、信じる。……だから、俺も“好きだ”って、証明できないけど、今、言う」
美琴の目がまるくなる
「えっ、今!?ここで!?今って……今の“今”ですか!?」
「そう。これ以上に“正式な契約の場”はないだろ?」
「……ま、負けました」
「いや、勝ち負けじゃなくてな」
「では、“引き分け”ということで」
式が終わったあと、ふたりで控室に戻る途中
美琴がこそっと囁いた
「……でも、やっぱり証拠は欲しいので、あとで放送録音データ、頂けますか?」
「……式、録音してたの?」
「はい。私が人生で一番“ゲイン”した証明になるので」
そんな彼女の手には、ちゃんと新しい台本があった
タイトルは――
『次の“好き”を録音しておくために』
以上で、【“好き”って、つまりどういうことかと言いますと――】の物語はおしまいです
この物語に登場する恋愛心理学の正しい使い方を知りたい方
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