【惚れさせて、振ってやる!】第4章 「非日常の揺らぎ」
第4章テーマは、グルエン移行(Gruen transfer)
グルエン移行は【大規模商業空間の意図的な動線・環境設計により、来店者が方向感覚や目的意識をゆるめ、つい衝動的な選択をしてしまう現象】というものです
しかし、心理学に沿いながらも「冷静に考えるとおかしい行動」になる場合もあります
それでは、第4章 「非日常の揺らぎ」をお楽しみ下さい
前回のあらすじ
――私は、決めた
隆司を攻略するためには、家にこもってばかりではダメだ。あの男が拒絶する「三次元」を、真正面から突きつけてやる必要がある
つまり――学校へ行く
朝、鏡の前で深呼吸を繰り返す。久々に袖を通した制服は、私が配信で誇る完璧な容姿をさらに際立たせていた。髪は艶やかに整え、リップも自然に
普段なら絶対に気合いを入れすぎていると笑われそうな仕上がり。でも今日だけは違う。戦場に赴く騎士の鎧みたいなものだ
校門をくぐると、すぐにざわめきが広がった
「え、あれ天城さんじゃない?」
「……天城さんってあんな美人だったっけ!?」
「やば、アイドルかと思った」
耳に届く声が、一つ一つ私の背中を押す。胸を張って廊下を歩くたび、注目の視線が突き刺さる。まるで舞台のセンターに立っているみたいだ
そして教室の扉を開けた瞬間――空気が止まった
「……」
みんなの視線が一斉に私に集まる。小さなざわめきが波紋のように広がり、息苦しいほどの熱気に変わっていく
だが、一人だけ
その空気にまったく反応しない男がいた
御宅隆司
机に突っ伏したまま、半分眠そうな声でつぶやく
「……三次元? どうでもいいお……。俺の脳内ヒロインが正妻なのだ……」
この空気の中で、それを言い切る胆力。尊敬を通り越して呆れる。だけどだからこそ、私は燃えるのだ
私は深呼吸をひとつして、彼の隣の席に腰を下ろした
その瞬間、教室の空気がまた一段とざわつく
「うそ、天城さんが御宅の隣に!?」
「なんであの二人……」
視線の嵐。私の心臓は高鳴る。これこそ、非日常の舞台装置
「……隆司君、プリントありがとうね」
自然な笑顔を作り、彼に声をかける
冷静に考えれば、これは異常だ。不登校の美少女が久々に登校したかと思えば、教室で最も孤立したオタク男子の隣に腰を下ろし、わざわざお礼を言うのだから
「……フヒヒww な、なんだお……。ただの紙切れに礼とか……草……」
顔も上げずにぼそぼそ返す隆司。でも、その声はほんの少しだけ揺れていた
私は気づいた。彼の中で、揺らぎが始まっている
周囲のざわめき、非日常の熱気、そして――私が隣で笑いかけているという現実
それらが重なって、彼の頑なな心にヒビを入れていく

私は机の下で拳を握りしめていた
――この瞬間を逃すわけにはいかない
教室のざわめきは続いている
「天城さんが御宅の隣とか奇跡かよ!」
「やばい、これは事件だ」
ひそひそ声が波のように押し寄せる。
でも、私にとってはどうでもいい。狙うべき相手はただ一人
「ねえ隆司君。今日の授業、楽しみだね」
わざとらしく声をかける
「フヒヒww……俺みたいな社会不適合者w 授業とかオワタ……」
相変わらずの調子。でも、机に突っ伏したままの肩がピクリと動いたのを見逃さなかった
私はさらに畳みかける。プリントをそっと差し出し、にっこり笑って言った
「これ、ちゃんと大事にとってあるんだよ。隆司君のおかげで助かったの」
「……ぐふっ。お前……マジで礼言ってるのかお? 紙一枚に……?」
「紙じゃないよ。私にとっては特別なんだから」
冷静に考えれば、滑稽極まりない。不登校美少女が教室デビューして、汗だくオタクにプリントのお礼を真顔でする。周囲から見れば「芝居でもしてるのか?」と思われるレベルだろう
でも私は本気だ
隆司はゆっくり顔を上げた。目の下にはクマ、前髪は目にかかっているけれど、その奥の瞳が一瞬だけ私をとらえた
「……尊い。三次元で尊さを感じるとは……脳が震える……」
小さくつぶやく彼の声は、ほんのわずかに震えていた
私は心の中でガッツポーズ
非日常のざわめきに包まれた教室で、彼の心が揺らいでいる
さらに追撃するために、私は席を少し寄せた。肩がかすかに触れる距離
「わっ、ちょ……! 近いお! 三次元接触イベント発生ww これはバグなのだ!」
「ふふっ。バグでもいいじゃない。私にとっては大事なイベントだから」
真剣な顔でそんなことを言う私も、きっと相当おかしい。だけど、そうすることでしか彼の世界に入り込めないのだ
授業が始まっても、教室の空気は落ち着かない。先生が黒板に書くたび、後ろの方で誰かが小声で騒いでいる
でも、私の意識は隆司の横顔だけに注がれていた
ノートを取るふりをして、彼の視界に映るように小さな字で書く
「ありがとう、隆司君」
彼はチラッとこちらを見て、すぐに目を逸らした。でも、その耳は赤く染まっていた
私はその反応を見て、確信した
隆司の中に、小さな揺らぎが芽生えている
それは、教室という非日常空間だからこそ生まれた一瞬のひび割れ。だけど、その隙間に私は確かに入り込んだのだ
チャイムが鳴る。授業が終わると同時に、教室中がまたざわついた
「やっぱり天城さんってすげえ……」
「御宅、羨ましすぎだろ……」
私は椅子から立ち上がり、隆司に笑いかけた
「じゃあ、またね。次の時間も隣だよ」
「……フヒヒww なんなんだお前……。三次元、めんどくさいはずなのに……尊すぎて草……」
私は歩きながら、窓の外に目をやった
青空が広がっている
心の奥で、そっとつぶやいた
「――揺らいだね、隆司君。次は、もっと大きく揺らしてみせる」
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↓最後に、第4章のイメージ楽曲をお楽しみ下さい↓
